Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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Blood footprintsⅡ

XXXX年XX月XX日

 

これは、夢です

 

黒い水底のように揺蕩う私の自我

 

まるで子宮の中にいるような暑くも寒くもない空間の向こうから、鎖が繋がっている

 

その鎖は私の首に巻き付き、喉を締め付ける

 

不思議と息苦しさは無く、私はただ見える右目で周囲を見渡します

 

そんな時、声が聞こえました

 

 

 

 

 

 

 

いやだ、いやだ

 

はなれたくない、もう二度とひとりになりたくない

 

どこにもいかないで、やだ、いやだ

 

いかないで、お願いだから、わたしも連れて行って

 

はなれないで、いかないで

 

わたしを置いていかないで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

XXXX年10月13日

 

視界いっぱいに広がる天井を見て、イナは目を覚ます

 

何か夢を見ていたような気がするが、今のイナには思い出せずにいる

 

ぼんやりとする頭のまま体を起き上がらせると、イナは自分の腹の上に黒い物体がいることに気がついた

 

その黒い物体は細長い蛇であり、その蛇はイナの左目…無の世界蛇、通称無二であった

 

「…おぉ、起きたか」

 

イナが起き上がったことにより無二は気がつき、頭をふらつかせながら持ち上げる

 

「その…なんだ…迷惑をかけてしまったな」

 

「いえ、迷惑だなんて…まぁ、止めてくれたのはアルガリアですし…」

 

「そうか……そう、か」

 

歯切れの悪い無二に違和感を感じながらも、イナはそのまま無二を肩に乗せベッドから降りる

 

寝室の窓を覆うカーテンを広げ、どんよりとした曇天の空を見上げる

 

「ひと雨降りそうですね」

 

「雨……そう、だな」

 

「もう、元気出してください

活気の無い無二はらしくありません」

 

覇気の無い無二の雰囲気に、空模様と同じようにその場が曇っていく感覚がする

 

そんな時、イナの寝室の扉からノックが響く

 

「起きた?朝ご飯用意できているけど」

 

「はい!今行きます!」

 

アルガリアが朝食に呼び出しに来ては、イナは目を輝かせ返事をして寝室を飛び出す

 

扉の向こうには、寝起き故にラフな服装のアルガリアが立っていた

 

「おはようイナ

…君も」

 

アルガリアはイナに朝の挨拶をし、次いでイナの肩に乗る蛇に向かっても言葉をかける

 

無二はアルガリアを一瞥しては、直ぐに視線を下げアルガリアから目を逸らした

 

アルガリアはそんな様子を気にかけることなく、イナと共にリビングへと向かう

 

イナは瞬く間に洗顔と歯磨きを済ませ、リビングの椅子に座り、机の上に並ぶホテルの朝食セットの前で手を合わせる

 

「いただきます!」

 

「いただきます」

 

続けざまにアルガリアも合掌し、二人の朝食は始まる

 

ホテルの給仕が運んできた朝食は格別に美味であり、イナは満足そうに頬張っていく

 

そんな様子を眺めていた無二が、徐ろに口を開いた

 

「…なぁ、小童」

 

「んむ?

……なんですか?」

 

無二に呼ばれたイナは口の中で咀嚼していたエッグベネディクトを飲み込み、無二の方に向き直す

 

無二は何度か躊躇ったように首を下げつつも、やがては決心したようにイナの方を真っ直ぐ見つめる

 

「…貴様は、今は子供の肉体だ

しかし成長は続いている、現に齢10程の小娘になっておる

しかし、都市…裏路地とは危険が隣り合わせの世界

更には、小僧から…ヴァイオレットから隠れ逃げ続けるには余りにも非力極まる

小童がどれほど、生存の為に高い戦闘能力を有して作り出されたとしても

ロボトミー社にいた頃が全盛期として、今やその半分にも満たない力である」

 

イナはそれを聞き、眉間に皺を寄せ少しばかり視線を下げた

 

自分がどれほど自分を過信していたのか、つい先日に痛感したのだ

 

「10では心許ない

せめて14…否、15だ

15には晴れてフィクサーになれるよう、妾も隠し弾を曝す時が来た」

 

そう言うと、無二はゆるりとイナの影の中に潜り込み、姿を溶かした

 

「小童、自身の影に手を差し入れてみるといい」

 

無二の指示に従い、イナは自分の襟足付近に手を伸ばした

 

本来そこには、項と髪しか掴めるものはないはずなのだ

 

しかし…伸ばした先には髪の感触も項の感覚も無く、代わりに何か固いものを掴んだ

 

イナは恐る恐る後ろに回した手を引き戻す

 

腕を引き戻す()度に、掌にかなりの重量を感じ取れる

 

イナはそのまま、自分が握って引き出したものを確認する

 

しかしそれは、にわかには信じ難いものであった

 

イナの手に握られていたのは…拳銃

 

スライド式の、1kg程の拳銃だった

 

「…これは…」

 

「妾は何も、自ら影を通じて出入りしているだけでは無い

こうして、影を通じて妾の()()()へと手を伸ばすこともできる

 

妾の腹の中には、数多くの武具が蓄えられておる

まぁ、武具といっても小娘が扱えていた銃火器や刃物に限るがな」

 

イナが影から取り出した拳銃を見て、アルガリアも息を飲む

 

「…それ…そうか、そういうことだったのか…」

 

アルガリアの呟きにイナは気付かないまま、その拳銃を回して眺めた

 

すると、拳銃の銃身に何か文字が書かれているのに気がついた

 

「無二、この文字はなんですか?見たことも無い…文字?記号?」

 

イナの質問に、再び影から姿を表した無二は目を細めながら答えた

 

「それはルーン文字という

ルーンとは、その文字一つ一つに(まじな)いの効能が宿っておる

しかしそれはただの呪いではなく…魔術、というものだ」

 

「…まじゅ…つ…?」

 

「魔力というエネルギーを通すことで作動する装備のようなものだ

魔術とは神秘、奇跡…魔力を用いて行使する御業のこと

貴様らの言う、特異点に近いものだ」

 

無二の説明に頭がパンクしそうになりながらも、イナは理解しようと銃に観察する

 

イナがその銃に刻まれたルーン文字に触れた時、僅かに文字の一つが光を放った

 

「…!」

 

「まぁ、小娘と小僧の血を引くだけはある

小童、貴様の魔力量はさほど多くはないが、「ここぞ」という時の切り札に活用するといい

銃火器の武具は他にもあるし、ルーンを用いらずとも本来の役割はこなせる」

 

「…15になるまで、無二の中にある武器をあらかた使いこなせるようになればいい、そうですね?」

 

「そうすれば、フィクサーとしても問題なく活動出来るであろう」

 

イナは手にした拳銃を机の端に置き、マグカップに持ち替えては中に入ったミルクを一気に飲み干す

 

「よし!それでは日々鍛錬です!

アルガリアやアンジェリカ、ローランをも超えるフィクサーになってみせます!」

 

「ふーん…大きく出たね?俺を倒せる日を楽しみにしてるよ」

 

「5年後、協会に手続きをさせ正式なフィクサーになってからが本当の勝負である

都市で活動するとなれば、小僧も確実に何か仕掛けてくるはずだ」

 

「母様の情報網は恐ろしいですからね、もちろん用心します」

 

朝食を頬いっぱいに詰め込んでは飲み込み、イナはアルガリアに真っ直ぐ視線を向ける

 

「アルガリア、先日のような考え無しの行動はもちろん、無断の活動はしないようにします

そして、重ね重ね身勝手なのは承知の上でお願いです」

 

イナはテーブルに両手をつき、額をぶつける勢いで頭を下げた

 

アルガリアは目を丸くしながらもその様子を眺める

 

「…私を、弟子にしてください!」

 

そして、イナから出てきたその言葉に、アルガリアは涙目になりながら高らかに笑うのだった

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