XXXX年6月24日
だだっ広い空間に、重苦しくのしかかるような重音と劈くような高音が入り交じる
火薬の匂いは鼻腔を通り、僅かに流れる塵の風は目を襲う
肩口に響く衝撃に対し、人体は微動だにしない
「…的300m、20発中20発、中心半径10cm以内に命中しているね」
モニターを通して銃弾の命中ポイントを確認しては、男…アルガリアは足元を見下ろした
防音ヘッドホンを外し、小銃から手を離した少女は得意げに笑った
「当然です、二年間猛特訓したんですから」
片目を眼帯で覆う少女…イナは、立ち上がってアルガリアに向かい合う
その背丈はアルガリアの肩ほどにまで伸び、未だ伸び続けている段階である
「無二の腹の中…私の影と通じる異空間には、無数の銃火器やナイフが収納されています
それらを使いこなせるようになるまで、かなり時間がかかりました」
初めは大人の姿で生まれたイナにとって、今の子どもの肉体は筋繊維が違ってくる為、以前よりも弱体化している
そのマイナスに追いつく為、イナはアルガリアの手配の元無二が与えた武器を一通り完璧に扱う為に二年間修行を積み重ねてきた
「小銃、長銃、拳銃、機関銃に至るまで様々な種類があり、そのどれもにルーンが刻まれています
銃器の扱いは申し分無いとは思いますが、ルーンの方は未だ使いこなせていません…」
イナはそう言いながら、銃に刻まれた記号の羅列を撫でる
その記号達はルーン文字と呼ばれるもので、銃や弾丸、ナイフの刃にまで刻み込まれている
このルーン文字を活用すれば、銃器やナイフを媒体として多くの恩恵が得られるのだと言う
「銃を武器に出来るのは大きなアドバンテージだと思うよ
何せ、都市は銃の取り締まりに厳しい
弾丸は鉄を貫いてはいけないし、何よりその弾一発一発の税が高い…
それに引き替え、君が用いる銃はこの都市で造られたものじゃない、弾丸だってそうだ
だから税はかからないし、放たれた弾丸は消え物は残らない」
射撃場から出ては、アルガリアは長い廊下を歩きながらそう語る
この都市には一見意味が不明な規律が多く、それは銃の取り扱いにまで関わってくる
都市にフィクサーは数多く存在しているが、その中でも銃を用いる者は少ない
銃弾にかかる税が高いから、それなりに稼いでいる者しか扱えないのだ
「特異点にも似たようなこの力…無二様様です」
「あとはルーンの力を引き出せればのう
全く…親が親なら子も子、か
お主の中に流れる劇物が魔力の流動を堰き止めているせいで、回路に通すことも儘ならぬ」
イナの髪の隙間から、黒い蛇が顔を覗かせる
黒い蛇…無二は溜息を吐きながら首を振り呆れ、イナは頭を悩ませる
無二の言う魔術を行使する為、エネルギー操作の修練も積み重ねてきた
精神統一から始まり、呼吸や脈拍…血流さえ操り、神経を研ぎ澄ませ体内エネルギーの循環を切り替えさせる
しかしイナが二年かけて達成出来たのは、一本
体内の神経路にエネルギーを通せたのは、たったの一本のみ
「なけなしの一本では銃は愚か、ナイフのルーンさえ起動出来やせぬ
一文字でさえ届かぬのう…」
「うっ…わ、私にはわからない分野なのでそこは無二に任せますが…そこまであからさまに落胆しなくたっていいじゃないですか」
わかりやすく頬を膨らませ拗ねるイナは、アルガリアに続いて射撃場のあるビルを出て、出入口前に停る車に乗り込んだ
運転席には見慣れた男…エリックが待機している
「それじゃあホテルまでよろしく」
「アルガリアは?一緒に帰らないのですか?」
「俺はまだ仕事が残ってるから」
アルガリアは窓越しに微笑みイナに向かって手を振る
そんな挙動に対しイナも手を振り返す
そのままエンジンはかかり、車は発進していく
アルガリアを置いてイナを乗せた車は都市の裏路地を走る
「本日の射撃訓練は如何でしたか」
「パーフェクトです
次は500mに挑戦してみたいですね」
「はは、イナ様なら必ずや中心に命中させてみせるでしょうね」
エリックは乾いた笑みを零しながら、道の先を見据える
イナは普段よりもその雰囲気が仄暗いことに気がついた
「…エリック、何かありましたか?」
「えっ?
…いえ、大したことではありません…単純に、考えているだけです」
エリックは行き場のない苦痛を吐露するように、少しずつ語りだした
「我々は一体何処へ向かっているのでしょうね」
「…何処、とは?」
「都市に生まれ、都市で生き、毎日同じ時間に起き同じ仕事をして同じように眠る…一体何を目指しそれを繰り返しているのかと」
「…」
イナは思い出す
過去、自分も生きる意味もなく「生きたいから」という理由で仲間を足蹴にしてきたこと
絶対的な母からの命令としても、生きることに理由を見い出せずにいることは死とどう違うのか
自分に問い掛けてきてくれたあの言葉を思い出す
「まるで歯車のように、同じように回り続けて都市という大きな機械を動かしている…
ほんの小さなパーツで、すぐに替えがきく
それが私達なのでしょうね」
「…それは…」
イナには何も答えられない
自分だって、多くのクローンの中の一人に過ぎなかった
バグとエラーで母から直々に廃棄処分とされた
それはつまり、替えなどいくらでもあることだった
「…歯車として回り続けることで、都市は良くなるのか
歯が組み込む度に摩擦で擦り減り、私という存在は都市から廃棄されてしまうのでは無いのか…いろいろ考えてしまうのです」
エリックの深刻な悩みを聞き、イナは口を噤んだ
今の彼女に、彼の深い苦悩を払拭することなど出来やしない
「…はは、つまらないお話でしたよね」
「……いえ」
「さぁ、もうじきホテルに到着しますよ」
イナは車の窓の外へと視線を向ける
赤く燃える炎のような夕焼けが裏路地を、都市を焼いていく
その焼却されていくような様はイナに一抹の不安と焦燥感を駆り立てる
ローラン、アンジェリカとの連絡が途絶えて二ヶ月経つのだ