二ヶ月前、イナが最後にローランと会話をした時のことだ
『二日前に血染めの夜の根城を特定した
一週間後、叩きに行く』
そう告げられ、イナは静かにローランとアンジェリカの無事を祈ったのだ
二年前のイナなら、自分も行くと駄々を捏ねた挙句無断単独で乗り込んでいたかもしれない
しかし、イナは精神面での成長を果たした
今の彼女に、ローラン達の為に出来ることは何も無い
だからこそ、イナは自分の牙を研ぐことに集中していた
そして…二ヶ月が経った現在
『___して、現在一家団体で惨殺されている事件が相次いでおり、ハナ協会はこの事件を「家取り」と名付け、都市伝説へとランクを上げ…』
イナは8区のホテルのスイートルームにて裏路地のニュースを見ながら昼食をとっていた
「あらぬ噂、都市怪談はごまんとありますが…都市伝説へと上げられるのならば相当ですね」
「この事件…二年も前から引き起こされておるのう」
「そうでしたか?」
「二年前までは年に一件、二件のみであったが…ここ数ヶ月で数が増えておる
協会がランク上げしたのがその証拠じゃ」
無二は小皿に入れられている金平糖を次々と飲み込みながら、テレビの方へ視線を向ける
その表情は蛇でありながら、そこはかとなく険しくなっているように伺える
「…無二、あまり無理なさらず」
「いや、妾も何時までも甘えておるわけにはいかぬ」
無二はALEPHクラスのアブノーマリティであり、人間の死がトリガーとなって凶暴化する特性を有している
その為、日常的に人間が死ぬ都市では常にその危険を伴わせている
アブノーマリティは自我の具現、本能の抽出…故意的に自分の特性を抑え律するアブノーマリティ等はそうそういるものではない
やはり無二は…無の世界蛇は、他とは違い何か特別なのだろうとイナは改めて考える
それを考えると、連なってロボトミー社のこと…未だそこにいるであろう職員やAIのことを思い出す
「…今何も出来ない悔しさは、この五年余りで痛いほど噛み締めました
少し早いですが、そろそろ…」
「そうじゃな
貴様の成長ぶりは目覚しい、そこはさすがあの小僧が作ったクローンだと認めざるを得ない
小娘が遺した遺産を短期間で全て扱えるようになるとは、妾も舌を巻く」
最後の一粒をその虚空内に飲み込んだ無二はイナの方へ這い寄り、定位置である首周りに留まった
「なので、予め手続きはしておいたぞ」
「えっ、その体で?どうやって?」
「企業秘密、というやつじゃ
妾は器用じゃからな」
そんな会話をしていると、リビングに備え付けられている内線電話から着信を告げるメロディが流れる
内線電話、つまりフロントからの知らせだ
イナは受話器を取り、耳に当てる
「2562部屋をご利用してくださってるイナ様ですか?」
「はい、そうですが」
「貴方様宛にお手紙が届いております
差出人はハナ協会から…お部屋までお届け致しましょうか?」
部屋に届いた便箋は、質素な白い封筒だった
その中にはかなりの書類が詰まっているのか、それなりの厚みをしている
「詰め込みすぎじゃろ」
「書類整理は得意です」
イナは鋏で封筒の端を切り、中から数々の書類を取り出す
まず一枚目には…「フィクサー認定試験受験願受領について」
大きなフォントで書かれたタイトルと、数枚がワンセットにされたその書類を見て、イナは口元が緩むのを自覚した
「このご時世、武器を持ちそう名乗れば皆フィクサーとなるが…やはり正面からの正規雇用が一番じゃ、独立はお先真っ暗じゃしの」
「無二、ありがとうございます、申請を出してくれて
これでようやく私も…」
「貴様の今の身体年齢は齢十二程であったか…まぁ、実年齢としては五歳かそこらとは言え、これで受かれば最年少記録も狙えるかもしれんな」
「さぁ、それはどうでしょう
ともかく、訓練と勉強を重ねていた私に死角はないでしょう
えーっと…筆記試験と面接の一次試験と、実技の二次試験ですか」
「一次試験は三週間後、その一週間後に合否発表が届き…それから二週間後に二次試験とな
長丁場になりそうよな」
「このくらい何ともありません
…が、慢心は大敵ですからね、もちろん直前まで勉強も特訓もしますよ」
「勤勉よなぁ、まぁそんな小童じゃし心配する必要はないかもしれんな!
この試験も勝ったものよ!フハハハ!」
「アハハハ!」
届いた書類を確認しながら、一人と一匹は高らかに笑う
傍から見れば不審者か精神異常者極まりないが、ここはホテルのスイートルーム、家主も外出中の為一人と一匹を怪しい目で見る輩はいない
(…まぁ、助かるよアルガリア
ありがとう、この子のために手続きを手伝ってくれて
フィクサーの上を目指せば、実力も名声も資金もつく
白…ヴァイオレットに対抗する術が手に入る
きっと…これで…)
三週間後、3区ビル内
フィクサー認定試験第四会場として利用されているそこは、見るからに屈強な男や不気味な女、得物を手に殺意を振りまく子どもさえもいた
「うわ…物騒な場所ですね」
イナはアルガリアが用意してくれた一見清楚なお嬢様のような、小綺麗なシャツとタイトスカートを着ている
眼帯を付けている点こそ普通の雰囲気とは違って見えるが、それでも試験会場に集まった受験者達の中ではかなり浮いているように見える
「面接もあるので外見は整えておかないとなんですけど…逆にこの人達は大丈夫なんでしょうか」
「ライバルが減ると思っておけ
して小娘、十三年前に廃止された都市条例違法時における処置内容はなんじゃったか?」
「条例違反発見者は直ちに頭へ報告し、条例違反者は如何なる理由であってもその場から移動することを禁ずる
また、その場に伏せ自分の頭を地面に100回叩き付ければ一時措置を認め厳重謹慎とする…でしたね」
「うむ、記憶力のいいお主なら問題ないな」
髪の裏から無二の耳打ちを聞き、出題に答えながらイナは示された自分の席へと座る
その横には、先程見かけた手にナイフを握り続けてブツブツと何かを喋っている少女がいた
「ッ…」
「……なんだよ、何見てるんだよ」
「いえ…」
ヒク、と顔が引き攣ったのがバレたのか睨まれてしまう
視線を逸らすも、少女は執拗にイナに絡んできた
「なんだ?ここはフィクサー認定試験会場だぞ、小綺麗なお嬢様の来る場所か?冷やかしに来たのか?あたしが病気だからか?馬鹿にしてるのか?あたしみたいな病人はもうこれしか道がないんだよ!」
ヒステリックに叫ぶ少女の訴えを聞き流しながらも、イナは少女の様子を観察する
7月、気温も上がり暑くなってきた最近ではあるが、少女は全身黒い長袖に身を包みフードを深く被っている
そして、チラホラと服の隙間からは薄汚れた包帯が覗く
「…」
「クソッ…おい、黙りかよ」
「そこ、もうすぐ試験です
厳粛に」
試験スタッフから注意を受け、少女は舌打ちをして荒々しく椅子に座り直す
数分後、試験管が入場し試験の流れの説明を受ける
そして各人に試験用紙が配られ…フィクサー認定試験が開始した