二次試験、実技
試験内容は、人探し
「4区に居住するとある中企業の第一責任者が一週間前から行方不明
会社の方は代理者が不在の為、捜索依頼が寄せられたのが三日前ですね」
「捜索依頼を後回しにする辺り都市らしいな
そして、都合よく試験内容に決められたというわけか」
イナ及び無二は、早速試験に取り掛かるため4区まで来ていた
試験期間は一週間、合格基準は聞かされていないが、見つけられれば合格は確実だろうと二人は踏んでいる
故に、まず人探しの基本である情報収集の為4区へと赴いた
「ここが行方不明者が住んでいるマンションですね
そこそこいいところじゃないですか」
やって来たのは敷居の高いマンション
廃れた裏路地の中でも一際綺麗な高層マンションの入口は、フロントの広さも十分にあった
「あの」
フロントに立つ警備員にイナは声をかける
警備員はイナを一瞥し、溜息を吐く
「なんですか」
「最近行方不明になったここの住人について聞きたいのですが」
警備員は嫌気が差したように眉を顰め、イナを見下ろす
警備する職柄とはいえ、その不遜な態度にイナは少し苛立つ
「残念ながら私は何も知りませんよ
その人が行方不明になったのは、仕事帰りですから」
「仕事帰り…つまり、夜間ということですか?」
「そうですね
その人はいつも朝7時30分、決まってマンションを出て大体夜8時に帰宅されます
たまにもっと遅い日はありますが」
朝7時30分に出発し、凡そ夜8時に帰宅
基礎的な情報だが、対象の一日のルーティンは貴重な情報となる
「そうですか、ありがとうございます
あと、行方不明者の近所の方にもお話を伺いたいので、入ってもよろしいですか?」
このマンションはフロント先のエレベーターからは関係者以外立ち入り禁止の状態であり、用がある人間は住民をインターホンで呼び出す必要がある
残念なことにイナにはこのマンションに友達もいなければ知り合いすらいない
「…まぁ子供だからいいか」
そう呟きながら、警備員はエレベーターの開閉ボタンを解錠し、エレベーターの扉が開く
一言余計な警備員に内心悪態をつきながら、イナは愛想のいい笑顔でエレベーターに乗り込んだ
行方不明者が居住しているのは十階、まずは十階から情報を集めることにしたイナは10のボタンを押した
「ああ、あの人?厳格そうな人だったな
ザ仕事人みたいな」
「お堅そうな人だったよ、遊んだことなさそう」
「挨拶はするけど愛想が悪くてね
休日はよくどこかに出掛けていたかな
場所?そこまでは知らないよ」
「昔は奥さんと息子さんと暮らしてたみたいだけどね、離婚したらしいよ〜
あ、それとここだけの話なんだけど、離婚の原因は浮気らしいんだ…しかも巣の重役!」
役に立ちそうな情報から、面白半分の噂話まで
聞けることはよく聞けたのではなかろうか、どんなに信憑性の低い話も真実なり得る可能性を秘めているのだから
「次はどこへ行くのだ?」
「会社の方です
認定試験の都合上話は通してあるそうなので、話を聞きに行きましょう」
イナはそう言いながらバスに乗り込む
公共交通機関に乗る機会は昔と比べ増えたもので、それでも周囲への警戒は怠ることなく座席に腰をかける
通勤ラッシュ時間はとうに過ぎているため車内はかなり空いており、乗客は10人にも満たない
それでも、突然バスジャックが起こるなんて可能性が余裕で転がっているのが都市というもの
それ故、イナはその気配に気がついていた
「おい」
野太い呼び声が、自分の座る座席の真横から聞こえてくる
イナは左目を眼帯で覆っている、それは左目に繋がるアブノーマリティの無二を隠す為のもの
だからイナは常に左側の死角をとられないようこの日も左側の座席に腰をかけていた
だから、声がしたのは右側の通路
イナは右目を動かし横を見やる
体格のいい男が、こちらを見下ろしている
「何でしょうか」
「お前、フィクサー認定試験参加者だろ」
先程会場にいた男だろう、こちらが視察していたように相手もこちらを観察し覚えていたようだ
「だからなんですか?」
「今回の認定試験は一次試験を通過した者が多い
邪魔者もその分多いということだ」
イナは今回が初参加であり、一次試験を通過した十三名が多い方なのだということを初めて知る
あれで多い方なのか、という驚愕こそあれ…男がその先続けようとしていることは察しがついている
「なるほど…まず潰しやすい者から潰しに来た、ということですか」
「話が早くて助かる
大丈夫だ、骨を一本か二本折るだけだからな」
そう言って男はイナに手を伸ばし、イナの腕を掴んだ
その瞬間、重い音がバスの車内に響く
その音に他の乗客も二人の方を見やる
太い物が折れたような音
唸る声
男は後ろへ後退り、よろめき向かいの座席に座り込む
「ぐ…ぁ…ッ!」
男は腕を抑えながら苦悶の表情で大粒の汗を額に流している
「一本二本、折るだけでしたっけ
ならもう一本…折りましょうか」
イナは掴まれた腕を左右にふらふら振りながら立ち上がり、先程とは逆に男を見下ろす
「おいおい小童、腕を折るなんてなかなかやるではないか」
「先に手を出してきたのはあちらです
ローランならこの程度では済ませませんよ」
「こッ…のガキ…!」
男は先程の冷淡な表情を崩し、血眼になってイナを睨みつける
それをイナは静かに見据え、男は内出血により青く腫れ上がった腕を下げては立ち上がる
そして、懐から大きな肉切り包丁を取り出してはそれを振りかぶりイナに襲いかかる
しかし男は怒りと痛みにより失念している
ここが、バスの中であることを
「ッぐ…!?」
バスは赤信号により一時停車し、男の体は慣性によりよろめく
イナはその動きを全て見切っては刃の軌道を避け、包丁を掴む男の手首に手刀で衝撃を与える
その瞬間に男の手から肉切り包丁は零れ落ち、それが地に落ちる前にイナが包丁を手に取る
そのままよろめいた男の足に自身の足を引っ掛け、男を倒したイナは肉切り包丁を男の首元に添わせる
「頭の弱い方ですね
見た目で人を判断しないことです、見た目が子供でもこうやって貴方を殺すことなんて容易いのですから」
男は首元から伝わる鉄の冷たさに呼吸を乱しながら、再び動きだしたバスの揺れすら認識できずにいた
『5区西口、5区西口に停車します』
バスの中にアナウンスが響き渡る
そして間もなく停車したバスは扉を開き、乗客を乗せようとする
イナはその瞬間、男の胸倉を掴み近くの扉へと投げ付ける
男はバスから追い出され、乗り込む客のいないバスはその扉を閉じた
拍子抜けの顔をした男はそのまま呆然とバスを眺め、イナは窓越しに男に笑いかけ手を振る
「本当に殺すわけないでしょう
私はそういうのもう辞めたので、ただの脅しです」
あの腕では試験の復帰は厳しいだろうと判断し、イナはそのままバスに乗り目的地へと向かい続ける