Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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Nightmare of the sunsetⅤ

 

それから実技試験対象の会社を訪れても細かい情報を得られないまま、一日目は終了し

 

二日目の昼

 

「どうやら昨日の男以外にも二人脱落しているようだな」

 

今朝方運営から連絡が届き、二次試験参加者十三人中三人が試験継続不可能として棄権となったことを通達された

 

生存は定かではないが、考えることはどいつもこいつも同じようでイナは溜息をつく

 

「悠長に調べ物をしておるとすぐに刃の切っ先が向きそうだな、童」

 

「そうですね」

 

と呑気に返事をしながらも、イナはアルガリアから貰ったノートパソコンを使い情報を整理していた

 

行方不明となった男は、いつものように会社に向かいその日の仕事を終えて退社した

 

そして、家に帰る事無く行方を眩ませた

 

裏路地では「よくある」話であり、会社側としても代理が戻るまでの穴を埋め合わせする腹積もりなのだろう

 

その役職が欠けているから必要なだけであり、誰も男本人を必要としていない

 

それはこの試験も同じ

 

「試験内容」としか見られていない男のことを、イナは憐れに感じる

 

「…」

 

だからだろうか、自分に重ねて見てしまうのは

 

母の道具として使われていた頃の記憶が脳裏を掠める

 

それを振り払うように頭を振り、ノートパソコンにマップを広げる

 

「次はどこに向かうんだ?」

 

「交友関係はあまりない方だと伺っているので、必然的に絞られてきます

次はここで話を聞いてみましょう」

 

そうしてイナがピンを刺したのは、とある古い一軒家だった

 

 

 

洗濯物の暖簾を潜り抜け、湿っぽい空気を吸い込む

 

空は曇り始めており、どうにも雨が降り出しそうだった

 

石の塀を横切り、欠けた階段を数段降りれば…目指す目的地に辿り着く

 

「ありました」

 

小さな、小さな一軒家

 

古びた建物に挟まれながら、薄暗い影に覆われたその場所にイナは近付く

 

「ここが男の離婚した妻と子供が住む家か

一軒家に住めるだけ良いではないか」

 

「元々奥さんの実家か何かなんでしょう」

 

イナは玄関隣のインターホンを押し、古臭いベルの音を聞き届ける

 

暫くして、家の中から物音が聞こえてくる

 

ひとまず人がいることに安堵しながらも、警戒を怠らずにイナはその横開きの扉が開く様子を眺めていた

 

「…あら、どちら様でしょう」

 

出てきたのは少し老け気味の女性で、困惑した様子でイナを見下ろしている

 

「こんにちは、突然すみません

私はイナと申します

少しばかり聞きたいことがありまして」

 

「まぁ、礼儀正しい子ね

私はコーラルと申します

それで……聞きたいことって何かしら?」

 

コーラルと名乗った女性はそう言って首を傾げる

 

何も知らない様子から見るに、自身の元旦那がどうなっているかは聞かされていないようだった

 

「はい、実は…貴方の元旦那さんについてなんですが」

 

「…」

 

女性はそれを聞いて、僅かな微笑みを消し去った

 

離婚の理由はイナの知るところではないが、少なからず良い意味で離婚することは無いだろう

 

気分を害してしまったことに申し訳なさを感じつつ、イナもイナで試験の為と踏み込んで質問を続ける

 

「実は貴方の元旦那さんが、行方不明で…」

 

「…行方不明?」

 

「はい、それで少しでも情報が欲しくて…突然押しかけたことについてはすみません

お詫びと言ってはなんですが、手土産もあるので…どうかお話を」

 

「まぁ、立ち話もなんですし…中へお入りください」

 

コーラルは柔らかい微笑みを携え、イナを家の中へ誘う

 

予想以上の好感触に、イナは驚嘆する

 

しかしこれは返ってチャンスだと思い、「お邪魔します」とだけ言い家の中へと入っていく

 

イナが屋内の敷居を踏みしめた瞬間、玄関の扉はゆるりと閉じた

 

「こちらが居間です、ご自由にお寛ぎください

私はお茶をご用意しますね」

 

コーラルはイナをとある部屋の前まで案内しては、廊下の奥へと消えていく

 

家の周りが囲まれており日が差さないこともあり、家の中も薄ら暗い

 

イナはそのまま居間の扉に手を掛け開く

 

居間は特徴のない普通の空間で、机と椅子と、お飾りに花瓶がある

 

窓はカーテンにより隔てられ、外の様子も見えない

 

白熱灯の電気が居間を照らしており、誰かが椅子に腰掛けている

 

それは体格からして大人の男で、居間の扉が開いたことで広げた新聞から顔を上げる

 

「おや、お客さんかな」

 

その顔を見て、イナは固まってしまう

 

なぜなら…その男は、今現在イナが試験として探している行方不明の男その人だからだ

 

「…これは、どういう」

 

「まぁまぁ、そんなところに立っていないで座るといい

ヨシュアのガールフレンドかな?アイツも隅に置けないなぁ」

 

数日前から行方不明とされている男は朗らかに微笑み、イナを椅子へと促す

 

イナは混乱しながらも、こんなに早く対象と接触できたことはラッキーだと思考を切り替える

 

「あの、突然家に帰らなくなり会社にも行かなくなったのは…」

 

「家?家ならここじゃないか」

 

「いや、そうじゃなくて…ここは貴方が離婚した奥さんの住む家で、貴方は4区のマンションに…」

 

「私がコーラルと離婚?ははは、面白い冗談だ

私達は夫婦生活十五年、一度たりとも喧嘩したことは無いよ」

 

「…?……??」

 

どうにも会話が噛み合わない

 

いや、と言うよりも調べた情報や事実と彼本人から聞かされる話が食い違っている

 

そんな空気に、無二も警戒を強める

 

「童、こやつ何かおかしい

一旦ここを離れる方が良い」

 

「そ…うですが、今対象が目の前に」

 

「あら、どうかしました?」

 

後退るイナの背後から声がする

 

咄嗟に振り向くと、トレイに湯呑みと急須を載せて持つコーラルが立っている

 

「さぁさぁ、早くお座りになってください

粗茶ですが、お口に合うといいけれど…」

 

「コーラル、彼女はヨシュアの友人かい?」

 

「いえ、どうやら貴方について聞きに来たようで…」

 

「ふむ…会社の知り合いの娘さんかな

しかしこんな子聞いた事ないな」

 

今イナの目の前で、離婚したと聞いていた夫婦が普通に会話している

 

男の性格も聞いていたものよりも柔和で、益々わけがわからなくなる

 

「…夫婦仲が円満なのは良い事ですが…

どうして会社に行かなくなったのですか?なんの連絡もせず…」

 

「会社かい?はは、私は気が付いたんだ

仕事よりも家族の方が大切だと

家族と過ごす時間は、何者にも変えられない幸福なのだよ」

 

至極真っ当なことを言っている

 

愛妻家として人々に評価されるであろうその言葉は、都市の中で生きてきた人とは思えなかった

 

「だからって、そんな…貴方を心配している人も…」

 

「そんな人はいないさ

まぁ、突然行かなくなったから仕事に穴は空いただろうが、それもすぐに埋まることだろう」

 

彼の言うことは的を得ている

 

それでも、拭い切れない違和感がイナの背後にまとわりつく

 

「……あらやだ

貴方、もうすぐ「お義母さん」が起きる時間よ」

 

「おお、もうそんな時間か

ヨシュアも呼ばないとな」

 

「お客さん、今からお夕飯の準備をするからどうぞ食べていって」

 

とても優しく迎えられているのに、イナは鳥肌が止まらず冷や汗を流す

 

この都市に、こんな風に優しく他人を迎え入れる家族がいるのか

 

もしかしたらいるのかもしれない、だとしても違和感に不理解が重なりイナの思考は煩い心臓の音に掻き消される

 

ふと、イナは壁にかけられたカレンダーを見る

 

日付こそ今日と同じ日が記されている…が、何か違う

 

その違和感の正体を探るべく注視すれば、その答えはいとも簡単に導き出せる

 

日付は今日と同じ日

 

しかし…年数は、今よりも十数年も昔を記している

 

先程男が読んでいた新聞を見れば、カレンダーと同じように月日こそ一致しているが年数が昔のものとなっている

 

普通に考えて、年数の違うカレンダーを飾るものか?

 

普通に考えて、十何年も昔の新聞を今読むか?

 

「おかしい」と感じるばかりの子の家の中を「危険」と判断したイナは、咄嗟に居間を飛び出し玄関へと向かう

 

玄関の扉に手をかけるも、扉は開かない

 

「な、なぜ…」

 

「閉じ込められたか」

 

鍵がかかっているわけでもなければ塞がれているわけでもない

 

それでもガチャガチャと音を鳴らしながら扉を開こうとイナは精一杯引っ張る

 

しかし…殴っても蹴っても扉は壊れない

 

イナの怪力をもってしても、だ

 

「ダメだよ、ウチにそんな乱暴しないで」

 

焦っているイナの背後から、そんな声が聞こえる

 

振り向くとそこには、イナと歳の近そうな男の子の姿があった

 

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