Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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Nightmare of the sunsetⅦ

 

協力関係を結んだイナとゲルダは、謎の家から脱出するべく行動を開始する

 

問答無用で百足の拘束具を引きちぎったゲルダはそのままイナの百足も潰し、晴れて自由の身となった二人は暗くて湿っぽい空間を探索する

 

木材製の床はところどころ黒ずんでおり、カビか生えている

 

壁はコンクリート性なのか硬く、しかし建築から何十年も経っているせいか風化して脆く崩れそうであった

 

「それにしても暗いですね…なにか灯りでもあればいいのですが」

 

イナがそう零すと、不意に隣から仄かな光が現れる

 

それはゲルダが手に持つ小さなライターの火であり、光源のない空間はその光で一気に明るく照らされる

 

照らされた空間は質素な四方形を型取り、物置のように乱雑に物が積まれている

 

「何故ライターを?」

 

「必要だからだよ」

 

「何故必要なのですか?」

 

「うるせぇ」

 

ゲルダがライターに火をつけた途端、部屋の隅から微かな物音がした

 

そちらに視線を向けると、小さな虫達が壁や床の隙間から逃げ出していく様子が伺えた

 

「言っておくがオイルはそう多くない

照らし続けたらせいぜい一時間、二時間が限度だ」

 

「それまでに外へ出ないとですね…」

 

唯一、コンクリートの壁には木製の扉が設置されており、そのドアノブを固定するように百足が絡み付いている

 

「なんなんだこの虫共は…」

 

「あの、ドアまで燃やさないでくださいよ…?」

 

ゲルダはライターで百足を燃やし、百足は消し炭となって朽ちていく

 

そもそも百足程度で人間の手足や扉を拘束することは難しいはずなのに、何故こういった虫を使役するのだろうか

 

イナは考える、あの老人は…何者なのか

 

「おい、ボーッとしてんな

置いていくぞ」

 

「あぁ…すみません」

 

扉は鈍い音をたてながら開いていく

 

埃臭い物置から、黴臭い廊下へと出た二人は周囲を警戒しながら歩みを進める

 

「ゲルダは知っていますか?あのご老人を」

 

「…あたしはあのババアのことは知らねー

でも、この状況から見るに…恐らく、都市伝説の「家取り」なんじゃねぇかと思うが」

 

家取り

 

ここ最近、世間を騒がせている都市伝説であり、その事件は全て「一家惨殺」と報道されている

 

しかしそれは表向きの情報であり、裏では事件に巻き込まれた一家は不気味な程に満面の笑みを浮かべ並んで息絶えているのだ

 

惨殺と呼ぶにはあまりにも平穏に、薄気味悪い惨状なのだとか

 

(しかし…まさか、あのお婆さんが「家取り」だとは思いませんでした

無二は事件自体は二年前から存在していると言っていましたが…)

 

二年前、バスに乗り込んだ際に席を譲った記憶を嫌に覚えている

 

裏路地であそこまで高齢になってまで生き残る人間は珍しいからだ

 

あの老婆は十年前程の日付の写真を「一ヶ月前に撮った」と語っていた

 

書籍によれば人間は老いると記憶力が低下し忘れやすい、記憶が混濁しやすいのだと読んだことがある

 

恐らく老婆もその類なのだろうが

 

老婆の家族はこの一家ではないことは確かであった

 

(あのお婆さんは「孫娘がいる」と言っていました

しかし、この一家の子どものヨシュアは男の子です

過去の事件もそうですが…何故関係の無い家に入り込み、自分を一家の祖母として地位を得ているのでしょう…

一家の様子は正に洗脳ですが、一体どうやって?

そして、何故最後は笑顔にさせて殺してしまうのでしょう…)

 

イナが思考している最中、不意にゲルダが立ち止まる

 

「…どうしました?」

 

「静かに」

 

イナは黙って耳を澄ませる

 

すると、行先の廊下の奥から足音が聞こえてくる

 

「だ、だだダメじゃないか、客間で寝ていないと」

 

やけにふらふらとした足取りで、大きな影が姿を現す

 

それは今回の実技課題のターゲット、この一家の亭主

 

彼は異色の笑みを顔に貼り付け、手には木こり用の斧が握られている

 

頬を無理矢理釣り上げているように頬の筋肉は微かに痙攣し、手と足は左右同時に動き不自然な動作で二人へと近付いてくる

 

「ハッ、あそこが客間ならいい布団でも用意してもらいたいな」

 

「ゲルダ、少し確認したいことがあります、耳を貸してください」

 

「あ?」

 

イナがゲルダに耳打ちをしている間にも、男は斧を引き摺りながら一歩、また一歩と歩み寄る

 

「…あたしは別に構わないが、いいのか?アイツは試験のターゲットだぞ」

 

「えぇ、きっともう…手遅れですから

このまま苦しませ続けるより、楽にしてさしあげましょう」

 

懊悩呻吟という言葉の通り、イナは苦しみを滲ませる表情をしながらも男へと視線を向ける

 

男はゆらりと斧を振りかざし、それは勢い良く二人へと降ろされる

 

「責任はお前が取れよ」

 

ゲルダは口の中から小ぶりのナイフを取り出し、男の手首を切りつける

 

男は変わらず笑顔のまま…手に握っていた斧を床に落とし、刃が突き刺さる

 

ゲルダは刃渡りの短いナイフで的確に男の手の靭帯を損傷させた

 

「チッ、得物殆ど盗られたせいでこんなもんしかねぇ」

 

ゲルダはそのまま男の首にナイフを突き刺し、抜き、突き刺してまた抜いた

 

男は倒れ、その喉に複数の風穴が生まれる

 

「…動かないな」

 

「いえ、きっと衝撃で混乱し停止しているだけでしょう

今のうちに()()()()()()

 

ゲルダとイナは男を俯せにさせ、イナは取り出したナイフで男の項から襟足部分にかけて切り開く

 

頚椎部分が開かれ、イナは指を差し入れる

 

冷たい肉と血の感触と骨の硬さ、そこに張り付いている神経から…蠢くモノを引き摺り出す

 

血に染まり赤黒い体を動かすそれは、蚓のような形をしている細長い虫だった

 

「気持ち悪ぃ…」

 

「これは恐らく条虫の類でしょう、私もできれば素手で触りたくありませんでした

条虫は寄生虫の一種で、血流に乗り脳や神経にまで寄生すると言われています」

 

「脳や神経…ってことは、こいつは寄生虫に操られてたってことかよ」

 

「恐らくは、家取りの能力でしょう

あの老婆はどうやら虫を扱うようですし、より高知能の寄生虫を使い一家を操る…」

 

イナはそのまま男の頭も切開する

 

頭皮の下には頭蓋骨があるのだが、男の頭蓋骨は小さな穴が幾つも開いていた

 

「骨すら噛み砕く程の虫…きっと中の脳もめちゃくちゃに食い荒らされているかもしれません

もしくは、寄生虫の卵が大量に植え付けられているか」

 

イナは手に持った条虫を握り潰す

 

既に手遅れ、と言うのは…とっくに男は脳も体の中も寄生虫により食い散らかされ支配されていたということ

 

だから、イナは男を寄生虫から解放することを選んだ

 

「この様子じゃ、他の人間もババアの虫に操られているってことだよな」

 

「その可能性が高いです

…卵が孵化する前に、燃やしてしまいたいのですが」

 

倒れ解剖された遺体には、何千…何万と知れない卵が体内に存在しているはず

 

それはいつ孵化するかもわからない為、処分したいのだが…

 

この家は基本木造建築であり、家そのものを燃やしてしまう可能性が高い

 

脱出経路を確保していない段階で家ごと燃やすのは愚策である

 

「跡形もなく潰すか?」

 

「労力がかかりすぎますし、寄生虫の卵など肉眼で確認しきれません

万が一潰しきれなければ面倒なことになると思います」

 

「…じゃあ、薬につけるか」

 

なにを言っているのかと疑問に思ったが、イナは直ぐに「妙案だ」と気がつく

 

ゲルダは先程の物置から持ってきた薬用漂白剤…中濃度のアルカリ性液体塩素を取り出した

 

「ゲルダ…貴方有能ですね!」

 

「ふん、褒めてもなにも出ねーぞ」

 

イナは液体塩素が浸透しやすいよう男の全身を開き、ゲルダは解体された男の肉体に振り掛ける

 

全身が液体塩素漬けになったところで、イナは虫に体内を侵食された男の苦しみに同情し、せめて男の魂が安らかに逝けるよう祈りを捧げた

 

「おい、先進むぞ」

 

「はい」

 

そしてゲルダに呼ばれるまま、再び二人は薄暗い廊下を歩いていく

 


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