Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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産声は泣き叫ぶ、「わたしはいったいなにものか」


violet zero Ⅶ

コギトの研究、実験は進んでいた

 

少しずつ、少しずつ

 

カルメンの死後も、カルメンの意思を引き継ぐような形で、何人もの人間がこの研究に取り組んだ

 

カルメンの死後、コギトの投与実験が再開された

 

しかし、エノクやカルメンの死を鑑みれば、誰もが進んで実験に参加しないのは明白だった

 

ただ、一人を除いて

 

 

 

xxxx年xx月xx日

 

外郭・研究所

 

「調子はどう?ジェバンニ」

 

点滴のルートや心電図モニターのコードに繋がれたベッドの上

 

ジェバンニと呼ばれた男は、問いかけてきた女性に返答をした

 

「まぁまぁだエリヤ、今日は比較的いいようだから

左腕くらいなら動かせる」

 

エリヤ、という女性は笑顔を向け、バイタル値をバインダーに挟んだ書類に書き込んでいく

 

コギトの研究、実験は進んでいた

 

ジェバンニの協力により、人体がどこまでコギトに耐えられるか、その使用可能容量のための実験が続いていた

 

普段は寝たきりのジェバンニだが、この日は調子が良さそうであった

 

ベッドのギャッジを上げ、本を読んでいる

 

「なんの本を読んでるんですか?」

 

エリヤが問う

 

「さぁ…ジャンルがよくわからない

切ない恋愛のようでもあり、憎悪にまみれた復讐譚でもあり…」

 

「へぇ、おもしろそう!また今度私にも貸してね!」

 

朗らかな笑顔を見せたのち、エリヤは部屋を後にした

 

残ったのはジェバンニと、電子機械の規則的な音と、本のページを捲る音のみとなった

 

その本は、以前カルメンが薦めてきたものだった

 

カルメンとジェバンニは昔馴染みでもあった

 

だからだろう、カルメンを救うという言葉により、ジェバンニはこの実験に参加することを決めた

 

なにも感じず、なにも考えず…ジェバンニが虚無のまま本に書かれた文字列に目を通していると、不意に部屋の扉が開く音がした

 

遊びに来る友人がいるわけでもなければ、お見舞いに来るような家族もここにはいない

 

ジェバンニはエリヤが引き返してきたものだと思っていた

 

「どうしたんだエリヤ、なにか忘れ物でも…」

 

そう声をかけながら視線を上げると、そこにいたのはやる気に満ち溢れた女性ではなく、小さな女の子だった

 

青緑の髪色をした、齢六歳前後の子供

 

その子はジェバンニのような患者服を着ており、ジェバンニを見ては驚いた様子で困り顔をする

 

「…」

 

ジェバンニは疑問に思った

 

彼は過去、このような子どもを見かけたことがないからだ

 

「…君、どこから来たの」

 

「…あっち…」

 

子どもは廊下奥へと指をさす

 

ジェバンニの病室へ通じる道は一本道なので、来た道を指しているだけだった

 

「……名前は?」

 

「…レイン」

 

やはり、ジェバンニには聞き覚えの無い名前だった

 

新しく外郭から保護した子どもだろうか、だとしても今の研究所に子どもを保護する余裕なんてないはずだとジェバンニは考える

 

「レイン…俺はジェバンニ、よろしく…する必要もないとおもうが…」

 

「じぇ…ば…じぇ…ジェニー」

 

「ジェバンニ」

 

レインという幼子は、ジェバンニの名前を聞くや否や、彼のベッド元までやってきた

 

「ジェニー、病気…?」

 

「だから…やれやれ

病気じゃないけど、病気を治す研究をしてる

俺はそのお手伝いだ」

 

「お手伝い」

 

「そう、お手伝い」

 

「えらいねぇ」

 

そう言われて、ジェバンニは困惑した

 

これは、偉いものなのか

 

確かに実験に進んで協力したが、カルメンが救われるためだと思って参加したに過ぎない

 

誰かに感謝はされたが、褒められるなんてなかった

 

この実験は、褒められるものではないからだ

 

「あのね、レインもね、毎日お手伝いしてるの」

 

「そう…

…偉いな、君も」

 

ジェバンニは動く左手でレインの頭を撫でた

 

「えへへ」

 

嬉しそうに笑うレインを見て、ジェバンニも顔をほころばせる

 

「ジェニーはいつもここにいるの?」

 

「そうだ、いつもここにいる」

 

「…ひとりで?」

 

「ずっとじゃないが…まぁほとんど一人だな」

 

「さみしくないの?」

 

「さみしい…というのはわからないな」

 

「…レインはね、いつもね、おかあさまといっしょなの」

 

おかあさま、というワードにジェバンニは納得する

 

なるほど、この子は研究員の連れ子だろう、と

 

以前、研究員の伴侶である妊婦がいたことは知っているが、レインの年齢を鑑みてもその子供ではないだろう

 

「今日はね、おかあさまの後についてきたの!でもね、とちゅうでね、迷子になっちゃって…」

 

「…そしたら、ここに着いてしまったと」

 

その問いかけに、レインは小さく頷いた

 

ジェバンニはその小さな頭に、再び左手を載せる

 

優しく撫でられたことで安心したのか、レインは泣き出してしまう

 

「うぅ…ひぐっ…」

 

「な、泣くな泣くな…えっと…」

 

どうにかレインを泣き止まそうとジェバンニは辺りを見渡す

 

趣味があるわけでもなければ、拘りがあるわけでもない

 

殺風景な部屋の中、子どもを楽しませられるものなんて置いていなかった

 

「…」

 

ジェバンニは考えた

 

子どもを引き取ってもらうために人を呼ぶのではなく、子どもを泣き止ませる方法を

 

ジェバンニはそこで、自身の膝の上に置いていたものに目をやった

 

先ほどまで読んでいた本

 

それは言わばカルメンの最期の贈り物でもあり、形見のようでもあった

 

まだ読んでる途中だし、結末も知らないが…ジェバンニは数秒悩んだ後、その本のページを一枚破り取った

 

そして、丁寧に折りたたみ…一つの形を作り出す

 

「ほら見てみろ、犬だ」

 

本のページで作った、折り紙の犬

 

ジェバンニはそれをレインに差し出す

 

するとレインは泣き止み、目を輝かせる

 

「ワンちゃん…」

 

「ほかにも…手裏剣、花、船…」

 

ジェバンニはどんどん折り紙の作品を生み出していった

 

丁寧に折っているからか、綺麗に形作られていくそれらは、まるで芸術作品のようだった

 

「わぁ…!すごい!ジェニーすごい!」

 

「まぁな」

 

しばらくして、気が付けばジェバンニはレインに折り紙を教えていた

 

何度も失敗しながら、ようやく一個目の紙飛行機が完成した時…部屋の扉が再び開く音がした

 

「レイン」

 

入ってきたのは、灰色の髪と紫の瞳が特徴的な女性

 

「…」

 

ジェバンニは、その女性が何度かカルメンと話していたのを見ていた

 

「おかあさま!」

 

レインは紙飛行機を持ったまま、おかあさまと呼んだ相手の元へ駆け寄る

 

「もう、ダメじゃないか、勝手に研究所内をうろついたら…」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

「…ヴァイオレット、アンタの子だったのか」

 

ジェバンニはレインを抱え上げた女性…ヴァイオレット、もといヴィオラへと声をかけた

 

「…そうだよ、ジェバンニ

いつもいつもコギトを打たれてご苦労様

帰るよ、レイン」

 

ヴィオラは労いの気持ちなんて一切感じられないその言葉を吐き出しては、そのまま踵を返して部屋から出て行く

 

その肩から顔を覗かせ、レインが手を振る

 

「じゃあね!ジェニー!またね!」

 

無邪気な笑顔を見送ると、その影は自動的に閉じた扉により遮られた

 

「…また」

 

ジェバンニは、見えなくなってから左手を小さく振っていた

 

 

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