××××年11月15日
血染めの夜事件が収束してから三ヶ月近く経つ頃
イナはチャールズ事務所からの承認も受け、晴れてチャールズ事務所のフィクサーの一人として加入し日々任務を遂行していた
上級フィクサーを何人も抱える上級事務所なだけあり、担当する任務はかなり難易度も高いものばかり…なのだが、やはり長く関わりのある事務所だからか、所長はまだ9級であるイナには比較的易しい任務を与えてくれる
ペット探し、人探し、落し物探し…捜索ばかりだがそれもまた仕事だとイナはどの任務にも真面目に全力で取り組んでいた
そんな、ある日の事だった
「イナ的にはどう思いますか、ローランのこと」
事務所に来て日も浅くなくなり、親しくなったアンジェリカと昼食を共にすることは何も珍しいことでは無かった
だがその日、やけに改まって神妙な顔でイナをランチに誘ったアンジェリカはカフェの席に座るや否や注文した品が届くよりも前にイナへ問いかけた
「…どう、とは」
「あぁごめんなさい、飛躍しすぎましたね
その…イナはローランと一緒に暮らしているじゃないですか、家族のように」
「まぁ…そうですね
ローランの家に居候させてもらってはいますね
もう五年も経つんですね〜…」
イナが懐かしさを感じていると、ドリンクが先に到着する
アンジェリカのブラックコーヒーに、イナの砂糖とミルクたっぷりのココア
飲み物を飲んで一息落ち着いてから、アンジェリカは再び話を切り出す
「ローランのことを公私共に知るイナだからこそ聞きたいんです
その…ローランって、ぶっちゃけどうなのかと
異性的に見て」
「…異性的に、見て?」
質問を受けたイナはキョトンと呆けた顔をした
話によると、血染めの夜討伐作戦からアンジェリカはローランを意識するようになったと言う
「ローランを庇って重傷を負いましたが、それはイナとの約束の他に…私がローランを守りたかったのもあったんです
その時に、彼の素顔も見せていただきました」
ローランはイナよりも先に自分の素顔を晒したのだ、多少悔しい気持ちもありながら「アンジェリカならいっか」とイナも相当彼女に絆されていた
「つまり…アンジェリカはローランが好き、と」
「わー!わー!ハッキリ言わないでくださいイナ!誰かに聞かれたら私…!」
「アンジェリカの方が騒がしいので誰かに聞かれてしまいますよ
にしてもそうですね…アンジェリカ、ローランで本当にいいんですか?ローランよりもいい男性なんていっぱいいると思いますけど」
イナはチャールズ事務所の面々を連想させる
アストルフォは穏やかで柔和な性格、堅実だし遊びもないであろうその忠実な性格は男女問わず人気を博しそうである
オリヴィエはアストルフォと比べ雄々しい部分が強く見目も悪くない、所謂ワイルドと言うジャンルだろう、面倒見も良く兄貴肌に近い性分だ
そして問題のローランだが…イナから見ても微妙だった
喫煙者、いびきは煩い、ガサツ、ズボラ、加齢臭がするなどなど…一緒に暮らしていると相手のあらゆる一面が見える
それはアンジェリカの知らない側面であり、アンジェリカはそんなローランの悪い所を見て幻滅しないか心配なのだ
「…確かに、ローランよりも素敵な人は都市に沢山いるでしょう
でも…私は、ローランがいいなって思うんです」
頬を仄かに赤く染めて微笑むアンジェリカは、正しく恋する乙女と呼ぶに相応しかった
「それに、本当にダメな人ならイナもローランに懐いていないでしょう?」
「…それは、まぁ」
喫煙者だがイナの前では絶対に吸わないローラン
いびきが煩いから個室を用意してくれたローラン
ガサツでズボラでも、一緒に家事をして笑い合えるくらいにはイナとローランは仲が良かった
「きっとイナは私以上にあの人の魅力を知っているでしょうから…ちょっと悔しいなって思うんです」
「え?アンジェリカが?」
「はい、私よりもイナの方がローランとの付き合いも長いですから」
「…でも、私もアンジェリカが羨ましいです
強いフィクサーだから、ローランと一緒に任務につけて…私も早く1級になりたいです
それに…アンジェリカは美人ですから、ローランもアンジェリカに迫られたらきっと骨抜きになると思いますよ
私がいるから、ローランはあまり女の人と深く関わったりしないので…」
「イナ…
ありがとう、そう言ってもらえて凄く嬉しいです
でも、ローランがモテないのはイナのせいではありませんよ
フィクサーには、あまり出会いもありませんから」
そんなふうに会話していると、注文したサンドウィッチが運ばれてくる
イナはハムエッグ、アンジェリカはツナマヨをそれぞれ受け取り、いざ食べようとイナはサンドウィッチにかぶりつく
ハムと卵のマリアージュにイナが満足げにしていると、アンジェリカが再びイナに問いかける
「そういえば、イナにはいないんですか?好きな人」
「ゲボッ」
飲み込もうとした際に投げかけられた言葉に、イナは嚥下を失敗して噎せ返る
「あぁ!す、すみません!ほらお水!」
アンジェリカに手渡された水を半分ほど飲み、イナは呼吸を整えた
「はぁ…ありがとう、ございます」
「大丈夫ですか?変なこと聞いちゃってすみません…」
「い、いえ…
……好きな人、ですか」
「ええ、イナも年頃の女の子ですしそういう相手、いないのかなーって」
うきうき、という擬音が浮かび上がってくるようなアンジェリカの期待の眼差しに、イナはたじろぎながら頭を働かせる
好きな人、というのは恋愛的に見てなのだろう
恋愛というものの正解がイナにはわからない、恋というものがどういったものなのか、わからないのだ
しかし、イナには一人存在する
一人、とカウントできるかは別として
もう五年も前になる、L社での記憶
AIのくせに人間らしい、死にたがりの機械
「…………」
「…その顔、いるんですね?」
「えっ、わ、私変な顔してます…?」
イナは慌てて自分の顔を触るが、そんな様子を見てアンジェリカはくすりと笑う
「顔、赤くなってるので」
「…へ」
指摘されて気がつく、確かに頬を中心として顔が熱い気がするのだ
「一体誰ですか?事務所の人ですか?」
「い、いえ…その、事務所に来るよりも前に出会った人なんですが…
…その、私の在り方に変化を齎してくれた相手、と言いますか…」
「へぇ…その方は今どこに?」
「…今はまだ会えません、でも、いつかきっとまた会いに行くと決めてるので」
そこまで言って途端に恥ずかしくなったイナは、食べてる途中だったハムエッグサンドウィッチを無言で食べ進める
「…いつか、会えるといいですね」
優しい言葉と共にアンジェリカも昼食を食べ始め、平凡なランチタイムは過ぎていった