Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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FamilyⅤ

 

あの後、ボロボロになりながらも店に戻ってきたローランの口に熱々の天津飯を突っ込みながらも、イナはアルガリアのことを案じていた

 

ローランに事情を尋ねれば、「気まぐれに帰った」のだと言う

 

さすがにローランとアンジェリカの交際を認めてはいないのだろうが、ローランを殺めてしまえばアンジェリカがどう思うかくらいアルガリアも理解しているだろう

 

それ以降、アルガリアは何も手出しをしてこなかったのだから

 

結局あの時も、アルガリアと仲直り出来なかったとイナは何度か溜息を吐いた

 

無二からは「あんな色男なんぞ忘れてしまえ」などと苦言を呈されるも、やはりイナにとってアルガリアは師なのだ、無下にはできなかった

 

平穏に時は流れ、イナの業務は探し物の仕事から治安維持の仕事へとグレードアップした

 

近隣のネズミを始めとしたゴロツキに制裁を与え、市民の安全を守る仕事はイナにとってもやり甲斐のある業務だった

 

そんな、新しい年の明けたある冬の頃

 

「…私が、出張ですか?」

 

チャールズ事務所の代表から、新たな任務を与えられたのだった

 

内容はツヴァイ協会管轄事務所のフィクサーと協力し、巣の重役を護衛するとのことだった

 

尚、さらに付け加えるとその護衛任務はツヴァイ協会主催のフィクサー認定試験でもあるのだ

 

過去に与えられたどの任務よりも重要な内容に、イナは身を引き締めながらも強い返事で任務を受諾した

 

 

 

××××年2月10日

 

「それでは、行ってきます!」

 

必要最低限の荷物を持ち、イナはチャールズ事務所の玄関で他のフィクサーの面々に挨拶を済ませる

 

「イナもとうとう出張するようになるなんてね、ローラン寂しがってたよ」

 

「知っています、昨夜「忘れ物はないか?」とか「お前にはまだ早くないか?やめといた方が良くないか?」とか何度も繰り返して言われ続けたのですから

全く、ローランは過保護なんですから」

 

「ま、イナはローランにとって娘みたいなものだからな

まだ結婚してないとはいえ、家族も同然だろう」

 

アストルフォとオリヴィエと会話しながら、イナはその言葉に複雑な思いを抱く

 

「…私、ローランの娘なんですかね」

 

「どうした、急にしんみりとして」

 

「いえ、居候してる身とはいえ正式な養子縁組を結んでるわけでもないですし…私とローランって、一体なんなんでしょうね」

 

肩に掛けたエナメルバッグのストラップを握りしめ、イナは俯く

 

この五年間、正確には三年と少し…ローランの家に住み着き、チャールズ事務所に居座ったイナにとってローランは保護者とも言える存在だった

 

しかし、彼女はまともな出生ではなく、父と母の元で育ったものでもない

 

母となる魔女、無数に生まれる同一個体(じぶんたち)

 

イナは、人間が築き上げる家庭を知らない

 

世間一般で言う家族というものを知る由もなかった

 

「…ローランは、イナのことを大事な娘だと思ってるはずだよ」

 

俯くイナに、アストルフォは優しく声をかけながら頭を撫でる

 

膝を折って屈み、イナに目線を合わせながら諭すように柔らかな声で続ける

 

「でなかったらローランは君と一緒の家に住んだりしていないさ

二年間、イナがいない中でも君のことを案じていたくらいだからね」

 

「…」

 

「それに、俺達もお前のこと家族のように思ってる

俺的には、年の離れた妹のようなものだがな」

 

オリヴィエもイナを安心させるように肩に手を置き、言葉をかける

 

その眼差しは慈しみを携え、イナを見つめる

 

「だから無茶せず、無事に帰ってこい

都市では、何があるかわからないからな」

 

「帰ってきたらローランにただいまと言って、元気な姿を見せるんだよ」

 

二人の激励にイナは胸がいっぱいになりながら、強く頷いた

 

「…はい!それでは二人共、また五日後に会いましょう!」

 

「おう」

 

「行っておいで」

 

チャールズ事務所の玄関扉を開け、イナは事務所を後にする

 

事務所前の道路には事務所所有の車が停まっており、ローランが傍らで立ちながら一服していた

 

ローランはイナに気がつくと吸い終わりの煙草を携帯灰皿に放り込み、後部座席の扉を開けた

 

「どーぞお嬢様、足元にお気をつけ下さい」

 

「なんですかそれ」

 

冗談っぽく言うローランの言葉に笑いながらも、イナは後部座席へと乗り込む

 

助手席にはアンジェリカが座っており、イナの座る後部座席へと体を向けてはイナに袋を差し出す

 

「どうぞイナ、ヤックァです」

 

「ありがとうございます、いただきます」

 

イナは差し出された焼き菓子を一つ受け取り頬張った

 

「おいおい、これ事務所の車だから汚すなよ」

 

「そんなヘマしませんよ

ね、イナ」

 

もひろんれふ(もちろんです)

 

ローランは肩を竦めながら運転席に乗り込み、シートベルトを掛け車のエンジンを回す

 

いよいよ出発した車はチャールズ事務所前から移動し、裏路地の道路を進んでいく

 

「今回の任務は約四日間だったか?」

 

「はい、ツヴァイ直属フィクサー数名とその他のフィクサー数名で重役を護衛するんです

仔細は現地で説明されるそうですが」

 

「ま、イナの腕っ節なら護衛任務くらいどうって事ないだろ」

 

「もう、やめてくださいローラン

驕りは最悪の展開を導く必須要素なんですから」

 

散々驕りの危うさを身に染みて体験したイナは、護衛任務と言えど油断はしない

 

その姿勢に感嘆を漏らしたローランに、アンジェリカは微笑んだ

 

「さすがイナ、もう立派なチャールズ事務所のフィクサーですね」

 

「まだ9級ですがね…」

 

「大丈夫、イナなら直ぐに昇級しますよ」

 

そんな他愛のない会話をしながら、車は駅へと向かう

 

そこはワープ列車の停まる駅とは違い、簡素で小さな駅

 

都市内を横行する普通列車専用の駅だった

 

「よーし着いたな」

 

車は駅近くの道の端に停まり、イナは荷物を背負い直して後部座席から降りる

 

「イナ、頑張ってください」

 

アンジェリカの応援に笑顔で応え、後部座席の扉を閉めたイナに、同じように運転席から降りたローランはイナに向かい合う

 

「…忘れ物はないか?」

 

「それ昨夜も三回聞いてますよね」

 

「あぁ、そう…だったか

まぁそこら辺の奴より力もあるのは知ってるが…その、不審者に気をつけろよ?

例えば鎌を持った青い男とか」

 

「ローランはアルガリアをなんだと思ってるんですか」

 

「……あー、なんだ、その」

 

歯切れが悪い時、ローランは何かを言おうか迷っている

 

それは羞恥からであることが多い

 

意を決したようにローランは息を全て吐き出して、イナを見下ろした

 

そのまま片手でイナの頭を力任せに撫で、イナの髪はあっという間に乱れた

 

「わ、な、何するんですか…!」

 

「まぁ、なんだ!俺としてもお前のことすっげぇ心配してんだよ!

…俺はまだ結婚もしてないけど、お前のことは…まぁ、家族だと思ってるからな」

 

その言葉に、イナは驚愕しローランを見上げる

 

微かに赤い耳を見て、相当照れてることが伺える

 

「…じゃあ、ローランは私のお父さん、って事ですか?」

 

「……まぁ、好きに受け取ればいいさ」

 

ローランはイナを眺めて思い出す

 

五年前、チャールズ事務所前で倒れていた薄汚れた小さな子供だったイナ

 

スミレの魔女からの非正規依頼のターゲットだったイナを匿い、家族同然に共に過ごした

 

都市の星である血染めの夜討伐に伴いイナの安全を考慮し、自身は不安しかない男の元へ預け毎日イナの身を案じていた

 

二年後再会したイナは背も伸び、いつの間にかフィクサー資格を取得していた

 

瞬く間の成長に、ローランは胸の内に込み上げてくる感情を飲み込んだ

 

「…気張ってこい、そして五体満足で帰ってくるんだ」

 

「はい、当然です」

 

お互いにニヤリと笑い、ローランはイナの背を軽く叩いて送り出す

 

「行ってこい!」

 

「はい!行ってきます!」

 

イナは駅へと歩きだしながらも、ローランの方を向いて大きく手を振る

 

そんなイナを我が子のように見守りながら、ローランはイナが駅の中へ入っていくのを見送った

 

「…大丈夫ですか?」

 

イナの姿が見えなくなってから、ローランは数十秒そのまま呆然と立ち竦んでいた

 

そんなローランの様子をアンジェリカが心配そうに車内から伺う

 

「…あ、あぁ…悪い

……子供の成長って、早いんだな」

 

「今から感傷に浸ってどうするんですか

ほら、私達も仕事があるんですから、戻りましょう」

 

「…その前に、一服いいかな」

 

「……お好きにどうぞ」

 

アンジェリカの許可を得て、ローランは本日五本目の煙草を口に咥え火をつける

 

煙を肺まで吸い込み、吐き出す

 

イナが帰ってきてからまた暫く禁じていたのだが、やはり不安が続くとつい吸ってしまうローランに、アンジェリカも慰めの言葉をかける

 

「まだ幼いながらに立派に自立している子ですから、きっと大丈夫ですよ

私達の時散々心配をかけたんです、二年も

だから今度は私達が信じて待っててあげましょう」

 

そんなアンジェリカの言葉にローランは短く返事をし、10分もすれば煙草も吸い終わる

 

ローランは再び吸殻を携帯灰皿に放り込み、運転席へと乗り込んだ

 

「悪いな、煙草臭いだろ」

 

「えぇ、でも、私はこの匂い嫌いじゃありませんよ」

 

アンジェリカのそんな言葉に気恥しそうなローランは、無言のまま車の発車させる

 

「…ねぇ、ローラン

イナが頑張ってる間なのも忍びないのですが、こういった機会もあまり無いのであえて提案するんですけど」

 

「なんだなんだ改まって」

 

少し進んだ先の交差点で赤信号で停車した際、アンジェリカはローランに話しかける

 

アンジェリカは暫く深呼吸を繰り返した後、照れ隠しなのか前を見たまま言葉を続けた

 

「…今夜、泊まってもいいですか?」

 

その言葉の意味を理解できないほどローランも腑抜けてはいない

 

聞いた直後は呆然としたが、すぐさまアンジェリカの方を振り向き鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をする

 

「…お前、それって」

 

「…………」

 

ローランに見つめられたアンジェリカの頬は次第に真白から仄かな赤みへと変化していき、表情もなんとか無表情を取り繕いながらも眉や唇が微かに震えている

 

「……信号、青ですよ」

 

見つめられるのに耐えかねたアンジェリカは震えた声で呟き、ローランは惚けていたせいで聞こえてなかった後続車のクラクションに慌てて車を発進させた

 

暫く車内は沈黙が続き、耐え難い空気感にアンジェリカが痺れを切らして問いかける

 

「…それで、どうなんですか」

 

「………………あぁ」

 

そんなアンジェリカの()()に、ローランは暫く呼吸を忘れながらも、短く返事を返した

 

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