電車に揺られながら裏路地を横断し、イナは移ろい行く窓の外の景色を眺めながら緊張で早まる鼓動を鎮めようと深い呼吸を繰り返す
「協会や他事務所のフィクサーとの合同任務…緊張しますね」
「何を今更、L社にいた頃に比べればさほど緊張することもなかろうに」
無二はイナの影に隠れながら、イナが持たされたお菓子を盗み食いしている
「それはそうですけど…この任務に失敗するとチャールズ事務所の皆の顔に泥を塗ってしまいますから
行動には十分気をつけないと」
「巣の重役の護衛、なぁ…
任務成功、ひいては特別な活躍をすれば一気に昇級出来るかもしれんなぁ」
そんな無二の憶測に、イナは生唾を飲み込む
昇級すればチャールズ事務所の面々は褒めてくれるだろうか、そんな想像をしながらイナは再度気力を湧き上げる
そうして暫し電車を乗り継ぎ、目的の駅へと着いたイナは引き続きバスに乗り込み移動する
昼前には目的地へと到着し、イナは改めて目前のビルを見上げる
「…ツヴァイ協会南部第6課、ここですね」
事前に提供されていた地図と外観写真を照らし合わせ、イナは位置を確認する
他のビルと比べても大きめなその建物は、出入口も協会フィクサーにより厳重に警備されている
「厳格な雰囲気よのぅ」
「ここで怖気付いては意味がありません、正々堂々入りましょう」
イナがビルの出入口ゲートへと近寄ると、警備担当の二人のフィクサーのうち一人の男がイナを見下ろし、ゲート前に立ち塞がる
「なんの用かな、お嬢ちゃん」
「私は仕事でツヴァイ協会6課に訪れてます、そこを退いていただけますか?」
「仕事…?
プッ、ハハハ」
イナの言葉を聞いた二人は吹き出し、笑う
嘲笑うような態度にイナは内心不快感を感じながらも、冷静に言葉を続けた
「何か問題でも?」
「ハハハ…いやぁ、すまないねお嬢さん
ここは君のような子供が入れるところではないのだよ」
あ、これ完全に舐められてる
フィクサー、しかも協会直属である人間がこうも他人を見た目で決めつけ軽んじるとは…イナは幻滅し溜息を吐いた
「仕方ないですね、協会から送られてきた文書と身分証を見せますから、それで…」
「何かあったかな?」
イナがエナメルバッグを開いた時、背後から声が聞こえてきた
そちらへと振り向くと、青い髪に背の高い男性…否、女性が立っていた
イナはその人物に見覚えがある
そう、彼女は確か
「ナクワ!」
警備フィクサーの一人が女性の名前を呼ぶ
そう、彼女はイナと同じフィクサー認定試験を受け、都市伝説を討伐し飛び抜けて8級フィクサーに昇任された…ナクワ
イナは「げ」という声を微かに漏らしながらも歩み寄ってくるナクワを見つめ続けた
「久しぶり、君は確か…イナ、だったね」
「知り合いかい?ナクワ」
「彼女もフィクサーだよ、私と同じ試験を受けたんだ
…まさか、君も同じ仕事を請け負ったのかい?
嬉しいよ、知り合いと仕事ができるなんて」
知り合いと言うほど仲を築いたわけでもなければ、顔見知り程度だと思われるのだが…そんな風に否定的に考えるイナを他所に警備フィクサーとナクワは話を進めていく
「こんな子供が、ハナ公認フィクサーだなんて…」
「人を見かけで判断してはいけない、だが君達の仕事に忠実な姿勢も目を見張るものがある」
「…これは失礼した、どうぞお通りください」
ゲート前を塞いでいた男は最初と同じ位置に立ち、ゲートは自動センサーで開いていく
「さぁ行こうイナ、足元に気をつけて」
颯爽と協会支部内へと入っていくナクワをじとりと見つめながら、イナも後に続いて進んでいく
「いやぁ、驚いたな
また一緒に仕事できたらとは思っていたけれど、こうも早く合同任務につくなんて
君は今どこ所属なんだい?」
ナクワは好意的にイナに声をかけてくるが、イナはナクワをあまり気に入っておらず、その質問にもぶっきらぼうに答える
「チャールズ事務所です」
「チャールズ!それはまた上等なところに就けたね
あそこは1級フィクサーも多い、さぞ充実した仕事をしているのだろう
ちなみに私は
だからこの支部の人達とも割と面識があるんだよ」
凛とした声に爽やかな微笑み
チャームポイントに等しい泣きぼくろ、長い睫毛が映える瞳は透き通って美しく、いかにナクワが美人かを知らしめている
恐らく人間恐怖症かあるいは強く想う相手でもいない限り、ナクワに微笑まれた者達は皆彼女に魅了されてしまうだろう
まるで舞台から飛び出してきた騎士、あるいは王子様のような雰囲気を纏っているナクワは、無愛想を貫くイナに対してめげずに話しかけ続けていた
しかし、目的の階へとエレベーターが到着し扉が開くと、イナは足早に降りて廊下を進んでいく
ナクワはそんなイナに肩を竦め、後に続く
集合場所は第八会議室、扉上にあるプレートを確認しながら辿り着いたそこの扉に手をかけ、イナは中へ入る
「失礼します」
中には招集されたフィクサー達が座る為の座席と机が並んでおり、既に数名のフィクサーが各々自由な席についている
それに倣ってイナは最前列の真ん中の席に座る
…と、ナクワはその隣に座る
ニコニコと、イナへ微笑みを向けながら
「……はぁ」
さすがに相手が座った後席を移動する程相手を嫌っているわけでもないため、イナはそのままナクワの隣の席のまま予定の時刻になるのを待つ
凡そ10人程の外部フィクサーが集まり、集合時間を過ぎると、会議室前方扉からツヴァイ協会のフィクサーが三人ほど入ってきては巨大なホワイトボードの前に並び立つ
「諸君、集まっていただき感謝する
私はツヴァイ協会南部6課副課長、ラッセルだ
そして、彼が6級フィクサーのウォルター、彼女は8級フィクサーのイサドラ
今回私が今回の作戦の指揮をとり、二人には現場総括の役割を担ってもらう」
初老で白髪が際立つ真ん中の男は副課長と名乗り、続いて左右の男女を紹介する
厳格そうな男と、幼さの垣間見えるツインテールの女性だ
「さて、事前に今回の任務について大まかな説明は受けているだろうが、仔細を含め改めて説明させていただく」
イサドラは出入口付近にある会議室の電灯スイッチを切り、ウォルターがプロジェクターを起動させる
ホワイトボードに映し出された画面の資料を元に、ラッセルは任務の説明を行っていく
「今回の任務は、ロボトミーコーポレーションT社支部の支部長であるドユン氏の他支部視察の護衛となる
視察先は隣のS社支部、本来ならば厳重な警備の元ワープ列車を活用する予定だったが…本人より却下、車での移動となる
ドユン氏は……非常に勤勉な方で、裏路地の内情にも目を向けていらっしゃる
移動間も何度か下車し裏路地や他の巣の市民の生活を見て回りたいとの要望だ
諸君らにはその間、ドユン氏に危害が及ばぬよう四人五チームでの行動を行ってもらいたい
また、チーム外に我が南部6課のフィクサーも数名つかせる
そして…これは我がツヴァイ協会のフィクサー認定試験でもある」
ウォルターはプロジェクターに繋いだタブレットをスライドさせ、複数人の顔写真、履歴書の載ったページを見せる
年若い者から強者の風格漂う者まで、イナが経験した半年前のフィクサー認定試験のように様々な人間の情報が流れていく
「先程四人五チーム、と言ったが…諸君ら協会外フィクサー二名、そして認定試験参加者二名でひとつのチームを組んでもらう
諸君らは第一の任務として重役の護衛、そして試験参加者にも前に立たせながら命を守る、二重護衛を行ってもらう」
データ資料を用いた説明は終わり、プロジェクターが停止し会議室内の電灯が明るく点灯する
「作戦決行は明日、10時に開始
8時には再度ここ第八会議室へと集まり、移動する
後ほどイサドラからより綿密な作戦スケジュールの資料を配るため、明日の朝まで目を通し頭に叩き込むように
今夜は民宿を用意してあるから、そちらを活用しなさい
以上、説明を終了する」
ラッセルからの説明が終わり、会議室から出ていく後をウォルターもついていく
イサドラは予め運んであった小さめのダンボールから厚さ1cm程の封筒を人数分取り出す
「皆さんはこの資料を受け取った後、民宿へと移動してください
お疲れ様でした」
その言葉と共にフィクサー達は各々のペースで座席から立ち上がり、イナも同様に席を立つ
イナはイサドラが配る資料の封筒を受け取っては足早に会議室を後にする
そして、浮かない顔で重い足を前へと動かす
(…ロボトミー、コーポレーション)
懐かしい言葉、以前在籍していた本社とは違う支部とは言えども、蘇るあの頃の記憶が背にのしかかるような重さを感じた