××××年2月11日
「それでは改めて、今回の作戦内容を復習しよう」
時刻は午前9時45分、場所はT社巣内のロボトミー社T-4802支部
その敷地内の駐車場、ツヴァイ協会の車両の傍
持ち前のリーダーシップを発揮するナクワは、集まっている他三人…イナと、不安げな面持ちの若者二人を見て話を進める
「今回は翼の重役、L社支部長の他支部への視察の護衛
4人1組5チーム、それぞれ2時間おきに交代を繰り返し対象を護衛する
2チームが護衛対象近辺、2チームが周辺、残り1チームは待機という名目の休憩
今日の目標はS社巣内へ入りホテルへ到達すること
先程も簡単に名乗ったけれど、改めて自己紹介をしよう
私はナクワ、剣事務所所属の7級フィクサーで、このEチームのリーダーを務めさせてもらう」
簡潔に、それでいてわかりやすく作戦内容を整理するナクワの有能さに感心しながらも、イナの意識はその後の発言に向けられていた
(7級…!?この短期間でもう階級を上げていたんですか…!?)
都市伝説討伐により8級からスタートしたナクワはスタート地点から既にイナを引き離していたにも関わらず、更に一つ階級を上げていた
そんなイナの動揺など露知らず、ナクワはイナへ自己紹介を振る
「彼女はイナ、副リーダーとして君達をサポートする」
「…イナです、足の速さには自信があります」
その自己紹介に続くように、若者二人もまた名乗りを上げていく
「か、カミュです…!よろしくお願いします!」
「…ジンです、よろしくお願いします」
緊張からか震えている少年と、愛想のない少女
その二人の名前を確認したナクワは再度注意喚起のように二人へと話を続ける
「カミュ、ジン、これはツヴァイ協会によるフィクサー認定試験ではあるが実戦でもある
危険はいつ訪れるかわからない、そして君達はまだフィクサーでもない
無理をせず、何か緊急事態が起きた際は気兼ねなく私やイナに頼ってくれ
間違えても、「できる」「やれる」と過信しないように」
「は、はい!」
「…はい」
僅かな慢心は大きな致命傷に繋がる、それはL社でもその外でも変わりのないことだ
それは試験参加者の2人に限らず、まだ新米のフィクサーであるイナとナクワも同様である
基本的であるからこそ失念してしまうその意識を改めて心に留める為にも、イナは先程の動揺を振り払い作戦に集中する
「もうじき護衛対象が出てこられる
チームリーダーは集合、他メンバーは各車内にて待機」
各チームの監査官兼運転手として配属されているツヴァイ協会6課のフィクサーはナクワに対し呼び掛け、ナクワはそのままL社支部の玄関ゲートへ向かった
イナ、カミュ、ジンの三人はツヴァイ協会の車の後部座席に乗り込み、ナクワと運転手が戻ってくるのを待機する
(…それにしても、T社の巣の中はこんなにも色が無いなんて思いもしませんでした)
イナは窓から外の様子を伺う
ここに来るまで巣の中の街並み、空、人々に至るまで全て色鮮やかな色が失われ、まるで数十年前の映画のようにモノトーンの景色が広がっていた
それはT社の巣内に入る時も同様で、イナ達は一時的に色を回収されてしまった
それでも、巣から出る際には色は返還されるらしい
(T社巣内に入るのは初めてですから、確証はありませんけれど…まぁ本当なのでしょう
色のない人をT社巣外では見かけたことありませんし、出入り不可能ならば暴動は必然ですから、それもないとなると色の返還も案じなくて良さそうですね)
イナは窓の外から、改めて隣の座席を見る
隣には寡黙な女子、ジンと怯え続けて拳を握りながら震える少年カミュが並んでいる
「今のうちに不安要素は取り除いておきましょう
お二人共、今回の作戦において何か疑問はありますか?」
「いえ」
姿勢は正したまま、ジンはイナの優しさと言葉を叩き落とすかのようにピシャリと言い放つ
「…カミュは?見る限りかなり不安そうですけれど」
「ヒッ!?あ、えっと…その、お、俺…自分のいた裏路地の区画から出るの初めてで…しかも試験で、巣の中に来ていて、それで…」
「は、はい、まずは落ち着きましょう
ゆっくり深呼吸をしてください」
ジンを挟んで震えるカミュをイナが諌めるも、彼の顔は次第に青ざめていく(モノクロだが)
「それでも俺、今回の試験でなんとか合格しないと…俺…うっ」
蒼白に…否、ただただ白くなっていくカミュの顔に、焦点の合わない視線
不意にカミュが口元を抑え、何かが込み上げてきている様子だった
「ちょっ」
イナが慌ててカミュに手を伸ばすも、それよりも先にジンがカミュの首根っこを掴みカミュ側の扉を開き、カミュの外に突き出した
「おぇぇぇええ」
盛大な嘔吐音と嗚咽が聞こえてくる
胃酸由来の微かな酸味の匂いが漂いながらも、吐き終えたカミュを座席に戻しジンは扉を閉める
「…大丈夫、ですか?」
「ご心配なく
カミュはいつも過剰に緊張し体調を崩す質なので」
手馴れた手つきでウエットティッシュを取り出してはカミュの口元を拭うジン
どうやら二人も今回初対面というわけではなさそうだ
「お待たせしたね」
助手席側からナクワが車に乗り込み、後部座席側を見やると、顔色の悪いカミュを見て苦笑いをする
「おや、大丈夫かいカミュ?随分と顔が青…というか、白いが」
「今は、大丈夫です…一旦出し切りました…」
「今は?」
「ぅわ!誰だよここでゲロした奴!卸したての靴が汚れちまった!」
運転席側の車外からそんな悲痛な声が聞こえてきた
作戦通り、L社のT社支部長を乗せた車と護衛のツヴァイ協会の車5台が発進し、T社巣内を出て裏路地を走る
滞りなく時間は進み、2回目の交代時間になった頃
「ん?」
Eチーム運転手が声を漏らした
「どうかし…おや
ルートにない道に進んだね」
前方約100m先、護衛対象を乗せた車が裏路地のメイン道路から外れて市街地へ進んでいく
「情報通りの気分屋か」
「仕方ない、事前にそういう人だとわかっていた分良しとしよう
距離を保ちつつ追ってくれ」
運転手を顎で使っているナクワの言動に(いつか私もああなってみたいですね)と密かに思いながら流れる広告の運転免許センターを目で追っていたイナは、車の進行方向に目を向ける
護衛対象の車は走行スピードを落とし、まるで市街地を眺めるかのようにゆるやかに走っている
「時間は大丈夫なのでしょうか」
「まぁ…大丈夫なんじゃないかな
自由にできるのも巣の重役の特権だろうし、T社巣の外だから時間に追われることも無い」
護衛対象の前後を挟む形で進行する車の列を、裏路地の住人達は訝しげに見つめている
それもまぁ、無理は無いか
「…こちらEチーム、どうぞ
………了解」
ナクワが助手席に設置されている無線から伝達情報を受け取り、車内の全員へ告げる
「護衛対象はこれから繁華街へ行きたいそうだ
私達も同様に降り、周辺を護衛する」
「繁華街!?遊び歩くつもりですか!?」
「…まぁ、否定は出来ないが…ほら、ラッセル氏も言っていただろう、ドユン氏は勤勉で裏路地の内情にも目を向けてる…と」
「バカにしているの間違いでしょう」
イナとナクワの会話を切って入ってきたのは、鋭い視線を前方に向けたままのジンだった
「ちょ、ちょっとジン…」
「巣の人間だから、豊かな暮らしをしている自分達の立場を確立させるために下の暮らしを見て嘲笑っているに違いありません」
「そう言いたい気持ちもわからなくはないが、そういった発言は慎むように
誰に聞かれるかもわからない、君の首が飛ぶ可能性もある
君を守る為にも、言葉には気をつけるように
…サムくん、今のは聞かなかったことにしてくれるね?」
「はいはい、俺は何も聞きませんでしたよ…っと」
サム、と呼ばれた運転手は車両を手頃な道路脇に停める
「この先の繁華街で対象は降りるそうだ、お前達も降りて周囲を警戒しろ」
「了解した、ありがとうサムくん」
停車した車からナクワは降り、次いでイナ、他二人も裏路地の道に足を降ろす
「さぁ、危険が沢山ある裏路地だ、十分に注意していこう」