「…ソフトクリーム」
「小童、涎零れとるぞ」
呆然と一点を見つめ半開きになった口の端から垂れる涎を無二はひそりと指摘し、イナはその言葉に慌てて口元を拭う
繁華街は人が多い、それは巣でも裏路地でも大した差はない
人混みの中にいる護衛対象から目を離せば、すぐ見失いかねない
その為常に周辺と護衛対象、全てに意識を向ける必要がある
…のだが
「うぅむ、ここのソフトクリィムは微妙だな
これならばU社で食したマグロソフトの方が断然と美味であった」
建造物の影から眺めるイナの視線の先
護衛対象ドユンは、自前のボディガードと現在近辺護衛に当たっているC及びDチームのフィクサーに囲まれソフトクリームを食している
「次はあの店のパンケェキを食すぞ、ついて参れ」
ドユンはソフトクリームを食べ終えては肥太った腹回りを撫で、数m先の店を指差して歩き出す
「…随分と呑気なものですね」
イナと並んでドユンの方を見ているジンは、相変わらず気に食わないと言いたげな面持ちだった
「仕事を放棄して食べ歩き、職務怠慢
そうは思いませんか?イナさん」
「…まぁ、そうですね」
「同意してくださるのに、貴方も怒りを覚えないのですか?
私はああいった人間、嫌いです
金と地位があるから自分勝手に振る舞うような人間が上にいては、下は搾取されるばかりです
本当に護衛する必要があるのでしょうか」
寡黙かと思えばそうでもなく、どうやらかなりの饒舌な少女だった様子
恐らくは、諌めてきたナクワよりもイナの方が話しやすい…愚痴を吐きやすい、つまりは舐められている可能性は高いのだが
「…私は、まだあの人のあの様子を見ただけてはなにも判断できませんし…護衛は仕事ですから」
「全て見なくてもわかると思いますけれど」
納得のいく答えを貰えなかったからか、ジンの眉間には微かに皺が刻まれる
「…ジンは、L社の仕事内容を知っていますか?」
「……いえ、環境に優しいエネルギーを作っている会社というくらいしか」
「私はL社の業務を知っています
支部長という立場なら、業務の多くが事務管理なのでしょうが…それでも、あの職場を見ているであろう彼を遊んでいるからと言って過剰に糾弾することは出来ません」
「…それほど過激なのですか?」
「一手間違えれば命が消えるものです
まぁ、これから先は企業秘密なので言えませんが…今や都市の多くのエネルギー供給がL社にて賄われている、彼もまたその業務に携わっているのです
ですから私は、彼を尊重します
今はまだ」
今でも鮮明に蘇る、もう6年近く前の記憶
恐ろしい怪物達を管理する業務は、生易しいものでは無い
先程まで話していた隣人が、瞬く間に肉塊になる世界
支部長の業務であれば直接管理はしないであろうが、裏路地よりも生きやすい世界にいるだろうが、それでもイナは護衛対象を見限ることはしなかった
何故L社の業務を知っているのか、元翼職員なのか、何故フィクサー業をやっているのか
疑問が溢れてくるジンはどうやら気になったことを放置できない性分のようで、イナの近くへ歩み寄っては彼女に声を掛けようとするも
「……イナさ」
「ぱっしょん…ふるーつ、ぱんけーき……大変美味しそうですね…
いつか食べてみたいです」
「……」
再び涎を流し始めたイナを見て幻滅したように身を引いた
「どうしてフィクサーになろうと思ったんだい?」
「えっ」
別のポイントでは、ナクワとカミュがペアとなり周囲の警備に当たっている
そんな中、ナクワはカミュにフィクサーを志した理由を問いかけた
「あぁ、安心して欲しい
これは単なる私の興味本位で、試験には一切関係ないから」
「あ…えと」
カミュは目を泳がせながら暫し黙考した後に、ゆっくり口を開いては言葉を選ぶように語り始めた
「…ジンを、守れるようになりたいから、です」
「二人は確か、幼馴染なんだっけ?」
「はい、家が隣同士で…気がつけばいつも一緒にいました
ジンは、こんな弱々しい俺をいつも引っ張ってくれて、助けてくれて…でも俺、このままじゃダメだって…思って…
それで、ジンがフィクサーになるって言ったから、俺もフィクサーになろうって思ったんです
フィクサーになれば、少しは俺も強くなれるかなって…
ツヴァイ協会を選んだのは、その理念に強く惹かれたからです」
「貴方の盾、か…確かに、ツヴァイの理念は私も素晴らしいものだと思う
だから、ツヴァイ直属の事務所に入ったしね」
「あ…な、ナクワさんは、確かハナの試験に合格したんですよね…?
いきなり8級にまでなったって、フィクサー試験の為の情報収集の時に話題になったのを聞きました」
「あぁ、ハナが主催する最後の認定試験でね
けれど、私が合格したのも8級になったのも…本当は偶然でしかないんだ」
ナクワは建物の影から顔を覗かせ、イナ達がいるであろう方角を見る
人が多く彼女達の姿は視認できないが、ナクワは申し訳なさそうに眉を下げる
「試験内容であった行方不明者の捜索を成功させたのは、イナともう一人の女の子だったんだ
私は遅れて駆けつけて、行方不明事件の背後にいた都市伝説を討伐した
彼女達の手柄を横取りして得た称号なんだ
…ガッカリしただろう?本当ならば、彼女達が8級になるべきだったんだ」
包み隠さず真実を語るナクワに、カミュは呆然としながらも…首を横に振り、強く言葉を訴えた
「そんな、そんなことないです!
都市伝説級を討伐したナクワさんの実力は、本物です!」
「…ありがとう、そう言って貰えると少しは自信が持てるよ」
カミュの激励にナクワは少し表情を和らげるも…直後、何かを見つけた様子で視線を鋭くする
「…あれは」
人混みに紛れて厚着をしている集団を見つけたナクワは、静かに彼らを注視する
武器を持つ者としてわかるが、彼らは衣類に隠して武装している
彼らの視線の先は疎らに分散されているが、度々護衛対象がいるカフェを見ているのは確かだった
「カミュ、臨戦態勢を」
「て、敵ですか!?」
「恐らくね
裏路地で屯しているチンピラだろうが…少々妙だな」
浮かぶ疑問を今は考えないようにして、ナクワも足元に置いていたトランクを手に取って建物の影から出ようとしたその時
「ッがぁ!」
瞬く間に飛んできた白が、集団の一人を蹴り飛ばした
飛んで行った男は二軒先の店の看板に激突し意識を失ってしまった
その流星のように瞬く間に飛んできたのは、他でもないイナであった
「な、て、テメェガキ!何しやがる!」
「一般人を暴行するなんて、何様だテメェ!」
「武装している人が一般人だなんて片腹痛いですね
何をするつもりかは大体察せられるので、事が起こる前に処理をさせていただきます」
一見丸腰のイナを見た男達はイナを見下ろし嘲笑う
飛び蹴りの威力は子供とは思えないものだったが、不意打ちだったからだ
武器を持つ自分達の方が数も勝り有利だと舐めている様子で
しかし、その油断は一秒後に絶望に変わる
「……あ、あれ?」
一瞬でイナは男達の視界から消え、驚いた男達は自分の身が軽いことに違和感を覚えた
体中をまさぐるも、持ち合わせてきた武器が全て消えているのだ
男達は瞬時に背後へ振り向くと、そこには男達が持ってきた武器を両手いっぱいに抱えていたイナが立っている
「うーん、あまりいい武器とは言えませんけど…無二、どう思います?」
「随分となまくらばかりじゃ、手入れもされとらん」
「帰ったら手入れと補強からですね」
男達は震えた
武器を取られたからではない、イナという子供が目にも止まらぬ速さで動いている事でもない
イナの足元に広がる影が揺らぎ、イナが抱える武器を飲み込んでいく様に震えた
「…さて、裏路地とはいえ繁華街でこんな物騒なものを持ち歩く不届き者は、大人しくお縄につくか…」
「…や、野郎共!相手は子供一人だ!やっちまえぇ!!」
半ば悲鳴に近い主犯格の男の号令と共に、得物を失った集団は身一つでイナに襲いかかってくる
「私にボコられるか、ですね」
イナが拳を構えていると、飛びかかってきた男の顔面が硬く四角い物で横から殴られ潰れてしまう
今度は店と店の間のゴミ溜めに突進した仲間に、男達は顔を青ざめる
「全く、猪突猛進だな君は」
振り回したトランクを持ち直しては、ナクワもまた両名の戦闘に割り込んだ
その後ろには遅れて駆けつけたジンとカミュも立っている
恐らくジンは俊敏なイナに置いていかれたのだろうが、支給された警棒を手にいつでも戦えるよう態勢を整えている
対するカミュも同様に構えてはいるものの、怯えているからか震えが武器にまで響いている
次いで、同じく周辺警戒に徹していたAチームも駆けつけた男達を取り囲む
逃げ場を失った男達は尻込みするも、ヤケになった様子で叫びながら八人のフィクサー達に攻撃を仕掛けたのだった