「では本部へ輸送させていただきます」
「よろしく頼む」
武器も無く丸腰の状態になった男達は抵抗虚しく無力化され捕縛されては、連絡を受けた別班のフィクサー達に引き渡された
大型車両に乱雑に放り込まれた男達は気絶しており、イナは「少々やりすぎましたかね…」と彼らを殴った拳を見つめている
「お騒がせしました皆さん、もう大丈夫です
近辺の安全は、ツヴァイ協会が確保いたしました」
輸送車が移動した頃、周辺に避難していた一般市民に聞こえるように大きな声でなく我が呼びかける
近くの建物に避難していた者、野次に徹していた者、それぞれが見せ物でも終わったように散り散りに去っていく
そんな折に、一軒の店から人影がゾロゾロと出てきては
「全く、騒がしいにも程があるぞ
落ちついいて午後のティータイムも出来んではないか」
表情では不満げに、しかし満腹そうに豊かな腹を撫で回すドユンが、イナ達の方を見て不満を溢す
「私達は…!」
値踏みするような視線と驕傲な態度が気に食わないジンが前に出て文句を言おうとすると、それを遮ってイナが前に立つ
「騒がしくして申し訳ありません
ドユン氏に害を成そうとする不届者がいたため鎮圧したところです
御身にお怪我はありませんか?」
イナの仰々しい態度に少しばかり気分を良くしたドユンは顎を撫で、感嘆の息を漏らす
「ほう…どうやら相応の身の振り方を知っている者もいるようだな
儂は無事だ、よき働きをしたのだな
貴様、名は」
ドユンはイナに歩み寄っては彼女を見下ろし、ネチっこい笑みを浮かべている
そんなドユンに対しイナは表情を変えず、淡々と受け答えをする
「チャールズ事務所所属の9級フィクサー、イナです」
「イナ、か
その星のような髪と強き菫色の瞳、実に美しいな」
ドユンの手がイナの髪を掬い上げ、イナの容姿を吟味する
その行為に虫唾が走る感覚が絶えないが、イナはローランの教えを思い出す
「いいか、イナ
都市では人の命は何よりも軽い
そんな都市で生き延びるには様々な方法がある
なんだと思う?」
「力!」
「圧倒的な武力があれば何者にも負けることはない、重要だな
他は?」
「権力」
「揺るぎない地位は生活を安定させてくれるな
なら、力も権力もない人間はどうしたらいいと思う?」
「…助けてもらうしか、ない?」
「そうなるな、だが何もない人間に価値はない…そうなると持ってる人間からの庇護も受けられない
それが都市だ
お前は強い、それは力の話だ
お前自身はまだまだ世間知らずの子供だからな、俺なりに都市での処世術を教えてやる
俺が生きていく上で培った、弱者なりの生存術だ
知ってて損はないぞ〜?」
「ローランは弱くないと思いますが」
そう言って、ローランは都市の知識、生きる術を教えてくれた
例えば、そう、今のような地位が上の人間に取り入る術とか
イナの肉体は子供だが、その造形は美しい人間である
それが活かせる時は活かすべし、どれほど気持ち悪いことをされたとしても、だ
「ドユン様、そろそろ移動しなければ…」
「む?もうそんな時間か」
ドユンの側近が彼に耳打ちをしてくれたお陰でドユンの手がイナから離れる
嫌悪感からくる冷や汗がイナの背中を伝い、イナはなんとか顔色を保つ
「イナという娘、貴様は儂の目にかなったぞ
今後も目ざましい働き、期待しておるぞ」
ドユンは側近や護衛班2チームを引き連れて停車してある車両へと向かった
一連の流れを固唾を呑んで見守っていたジンとカミュがイナの元へと駆け寄る
「い、イナさん、だだ大丈夫でした…?」
「肝は冷えましたが、大丈夫です
なんとか穏便に済んで良かったですね」
「…イナさん、どうして止めたんですか」
納得いかない様子のジンの肩に、イナは手を置いて言葉をかける
「雇用主との人間関係の破綻は仕事に支障が出ます
逆に、気に入られれば仕事がしやすくなるでしょう
まだ仕事は始まったばかりです、次に切り替えますよ」
イナのまっすぐな声に、ジンは俯いて眉間に皺を寄せ、そんな彼女にカミュも心配そうに表情を曇らせる
まだ若い二人の様子に深く関わることはせず、ナクワの傍へ歩み寄る
「小童も言うようになったな」
「茶化すのはやめてください」
無二の冷やかしを軽くあしらっては、考え込んだ様子のナクワに声をかける
「ナクワ、対象が移動を開始しましたよ、私達も…
…ナクワ?」
イナの声すら届いてないように、ナクワは何かを考えている陽に集中してる
「…ただのネズミではなさそうだったが…どこかの指に属しているチンピラか?
だとしても指が羽と知らずに奇襲してなんのメリットが…?」
「…ナークーワー?」
「あっ…あぁ、すまない
移動するんだったね、すまない」
「先ほどのチンピラ達について考えていたのですか?」
「まぁ、そんなところかな
…それよりも、君も奇怪な手腕を用いるんだね
彼らの武器を奪うだけならまだしも、その…影に飲み込まれていたな」
ナクワはイナの足元へ視線を移し、訝しげに首を傾げる
「武器はどこへ行ったんだい?」
「それは、秘密です」
イナは表情を変えずに人差し指を口元に寄せる
そんなイナの左目から、小さくゲップ音が聞こえたような気がした
それから同じような寄り道と巣専用高速の走行を繰り返し、S社の巣内のホテルに到達したのは夜の9時であった
ホテルのスイートルームにチェックインしたドユンの護衛は、夜間も交代で行われている
その間、休憩を言い渡されているチームは同階の部屋で休息を取れる
イナ達Eチームも、夜間シフトの三時間の休憩時間中であった
「な、なんだかすごく疲れたね…」
「…」
男女別までは配慮されていない護衛チームの宿泊部屋のツインベッドに腰掛けながら、カミュとジンは会話をしている
会話、というにはカミュの一方的なコミュニケーションに等しいのだが
「え、えっと…な、ナクワさんもイナさんもすごいよね
ナクワさんはリーダーシップがあるし、イナさんも素早く敵を倒して…
…じ、ジン?」
「…ちょっと、外の空気を吸ってきます」
ジンはカミュの言葉を遮ってはベッドから降りて、宿泊部屋から出ていく
その扉の音に気が付いたのか、別室にいたイナが扉を開いて覗き込んできた
「今のはジンですか?」
「あ、はい…少し外の空気を吸いたいって…」
「そうですか、交代時間までに帰ってくるのなら問題ありません
カミュも、休めるうちに休むようにしてくださいね」
「は、はい!」
イナはそれだけ言い残し、元の部屋に戻っていく
カミュはジンのことを気がかりに思いながらも、仕事に支障があってはいけないとベッドに横になった
(…こんな上等なベッドにホテル、裏路地で生活していたら絶対泊まれないな
……眠れない、な)
割り振られた宿泊部屋から廊下へと出たジンは、行く宛もなく歩いていた
最奥のスイートルームでは護衛対象が宿泊し、部屋の周囲を別チームが警備している
彼らを避けるように離れ、エレベーターから少し離れた位置にある階段を降りていく
ジンは今日一日を振り返りながら、ため息をついた
この世は、不条理で満ち溢れている
毎日死にそうな顔で働き続ける両親、搾取され続ける生活、不用心に外を出歩けば内臓漁りに襲われる環境
平穏に生きることすら許されないこの世界を良くしたくて、家族を守りたくて、ジンはフィクサーを目指す
かつて伝説を残した赤い霧のようになれば、この世の中を変えられると信じている
しかし憧れには程遠く、ジンは焦りを覚えていた
守ってやったのに不遜な言い方をされ、更にはあんなにベタベタ触られて尚表情を変えず護衛対象を庇ったイナに対し「気に食わない」と呟く
「私にも、あんな力があれば…」
襲ってきた男達を、唯一丸腰で迎え撃ったあの力
他のフィクサー達と比べても一番小柄なのに体躯に見合わないその力が羨ましいと
そう考えていたジンは、意識が集中していて気が付かなかった
数十秒の間考えている間、ジンはずっと
本来なら別の階へ移動するにしても十数秒のはずなのに、かれこれ50秒経過しようとしている
そんな中で、下の階に到達することなく階段と踊り場を行き来し続けている
「…どうして」
ありえない異常事態に理解する間もなく、ジンの背後から気配がした
ジンが咄嗟に振り返ると、一段上に赤髪の人物が立っている
その特徴は、今回の護衛任務の参加者の誰にも一致しない
「だ、誰だ!」
ジンは慌てて距離を取り、臨戦体勢を取る
赤髪の人物は瞳を閉じたまま、端正な唇を開いた
「こんばんは
貴方は…迷い人ですね」
「は…はぁ?」
「気高い理想を掲げながら、実力が足りず苦心している
そんな瞳をしている」
男か女かもわからない中世的な声は、ジンの心を見透かしたように言葉を紡いでいく
「自分が守るべきものはもっと弱くて小さなものなのに、それらを搾取する悪を守る仕事に疑問を抱いている」
「ど…どう、して…それを」
動揺したジンは足を踏み外し、体のバランスを崩して階段から落ちそうになる
そんなジンを、赤髪の人物は抱き寄せる
間一髪で落下せずに済んだジンは、灰色の瞳に見つめられる
「…力が欲しいですか?」
拒絶を選ぶ気すら奪う優しい声に、人は呆然と聞き入ってしまう
「どうしても欲する願いを、叶えたいのなら
どうぞこちらへ」
赤髪の人物は一枚の名刺をジンへ差し出し、彼女から身を引いて階段を降りていく
暫くしてから意識を取り戻したようにジンは振り返り、赤髪の人物が去っていった階段下へ駆け降りていく
「…あ、れ?」
その最中、駆け降りて行った先はスイートルーム階のひとつ下の階
先程までの出口のない階段空間から抜け出したようでより気味の悪さが感じられ、ジンは徐に先ほど渡された名刺に目を向けた
『人材派遣会社ヴァイオレット・カンパニー
志願相談部執行人
エデン』