「つまりあの男達は、誰かに雇われていたのではないか…という推測ですか?」
「確信はないけれどね
サムから聞いたがチンピラ達の尋問は明日行われるようだし、確認は取れていない
彼等だけの犯行の可能性もある
…だがそれにしては、妙に引っかかるんだ」
ジンが部屋を出てから暫く
イナとナクワは、別の寝室で話し合いをしている
ナクワの憶測を聞いては、イナも否定せず彼女の言い分に納得できる部分があることを認める
「私の父が言っていました
都市では誰もが組織に属するものだって
彼らもまた何らかの組織に属している可能性はあります」
「だが、裏路地の組織といえば指…しかし指の命令だとして、わざわざ巣の重役を狙うにはリスクが高すぎると思わないか?」
「となると指に属していない組織…しかしそうなるとそれほど規模は大きくないはず」
「だとしても、下っ端が失敗したことくらいは伝わっているだろう
そうなると、今後また急襲はあるかもしれない」
二人の会議は答えの見えないまま、扉の開く音で終わりを迎える
音は宿泊部屋の出入り扉から聞こえてきたもので、イナが見に行くと丁度ジンが部屋へ戻ってきたところだった
「おかえりなさい、ジン
あと二時間で交代時間ですから、貴方も少し休んで…」
「あ…あ、の」
ジンは何か言いづらそうに言葉を濁しては、視線を逸らす
その様子に何かあったのかと察したイナはジンを自分達の寝室へ招き、事情を聞いた
「……赤い髪の、謎の人物か」
「……はい
今特に問題が起きていないのなら、大丈夫だとは思うんですけど…明らかに一般客とは思えない、雰囲気でした」
ジンから、出口のない階段の続く空間に閉じ込められたこと、そこで謎の人物に遭遇したことを聞いた二人は、状況を整理しようとする
「その人物に心当たりはないんだね?」
「…はい、全く」
「その人物の名前とか身分とか…手掛かりになりそうなものも何もわからないんですよね」
「………はい
突然私の後ろに現れ、意味不明な言葉を言って去っていきました」
「…ふむ
とにかく、警戒しておくに越したことはない
私から全チームやツヴァイの人達にも連絡を回しておこう
報告してくれてありがとう、ジン」
「…いえ」
朝方には堂々と淡々としていたジンが、今では180度纏う雰囲気が違っている
意気消沈している様子のジンにどう言葉をかけていいのか、イナにはわからなかった
その後、交代しながらも警備業務を続け…
二日目の朝になる
××××年2月12日
「今日はいよいよS社支部に向かい、ドユン氏が支部内を視察して回る
その間、我々は支部社の周辺を警備することになっている」
サムが運転する車内で、ナクワは業務内容を確認する
イナ、カミュはその話を真剣に聞き入っているが、ジンはどこか上の空の様子だった
「交代時間は昨日言った通り、だが社内に入れない分対象の様子はわからない
より集中して外部の警備にあたるように
一日の視察を終えたら支部が用意してくれたホテルに泊まられるから、昨晩と同じように警護して…」
「あ!み、見えてきました!」
高速道路を走っていると、次第に豪壮なビルが見えてくる
そこは他のビル群と違い、一際大きく聳え立っている
「T社支部と同じ外見ですね」
「翼の支部社だからね…支部でああなら本社はもっとすごいんだろうね」
各々の感想を口にしながら車両は高速から一般道に降り、少しばかりの渋滞に揉まれながらも支部に到着する
ドユンを乗せた車は支部前に停車し、ドユンが側近と共に下車する
「私達は最初支部の入門ゲートの警護に当たっているから、ひとまず…」
イナ達を乗せた車は支部社のビルから離れたゲート付近で停車する
ナクワの指示で各々下車の準備をしていると、備え付けの無線機が受信信号を鳴らす
「ちょっと待ってくれ
はい、こちらEチーム…
…え?いや、でもそれは……ドユン氏が直々に…?
…一応彼女に確認を取るから」
無線機をとったナクワは、何か困った様子で後部座席の方へ顔を向ける
厳密にはイナを見て、言いづらそうに眉を顰めている
「…ドユン氏が、イナに社内での護衛を頼みたいって…」
「………え?」
「いやぁ、あの後から貴様のことがずっと気になっていたんだ、イナ
こうして貴様がいてくれることで儂も滞りなく仕事に専念できる」
「私のような底辺フィクサーが貴方の仕事の糧になるのならば、有り余る光栄です」
イナは配属されたチーム、割り振られた仕事から引き抜かれて護衛対象の側近としてドユンの傍らにて彼と共にロボトミー社S社支部内に入ることとなった
ドユンが支部社内に入る直前、Eチームに伝達された無線で「イナをドユンの近親護衛とする」と命じられてしまったのなら、イナや他のEチームに拒否権は無い
Eチームリーダーのナクワですら、一応確認は取ってきたとは言え拒絶できない命令なのだ
そして現在、支部内の地下へ降りるエレベーターの中は、ドユン、イナ、ドユン直属の側近二名の四人だけとなっている
「そういやイナ、儂は貴様の顔をどこかで見たことがある気がするのだが…」
ドユンがイナに擦り寄り、肩を抱き寄せる
お世辞にも良い香りとは言えない口臭と汗塗れの手に抱かれ、嫌悪感をひた隠しにするイナを見兼ねたのか、無二がイナの髪の隙間から這い出てはドユンの手に噛み付いた
「いッ…!?」
「どうかしましたか?」
無二の行動に内心親指を立てながら、エレベーターは目的地に到着する
エレベーターの扉が開いていき、その先に一人の人影が現れる
「T-4802支部長のドユン様でいらっしゃいますね、お待ちしておりました」
灰色の短い髪と、スミレ色の両の瞳
白いカッターシャツ、黒いリクルートスーツとパンプス
スミレ色のネクタイ
その容姿には見覚えがあった
あの日、そう、イナが…「レイン575」がL社へ入社する前から何度も何度も見た姿
鏡に映ったその姿を
イナは忘れるはずもない
何故ならそれは
「本日ドユン様の視察の案内役を仰せつかりました
S-3091支部職員総括長の、
紛れもない、自分自身の姿なのだから
「……何故」
ドユンの傍らで困惑を隠せずにいるイナを、「レイン」は見据える
「これはこれは、まさか貴方に会えるとは思いませんでした
お会いできて光栄です、貴方のデータは我々最新型にも共有されていますよ、初期型575番」
「どうして、支部にまで…!?
本部の
「やはり古い型は思考も凝り固まってしまいますね
考えればわかる事だと思いますし、それは今語ることではありません」
紫の双眸に貫かれながら、イナは目の前の自分…厳密には、
イナの呟きのとおり、初期型レインが導入される最初期ではレインシリーズは本部の周期…ループの度に新しいクローン達を投入するシステムだったのだ
イナは困惑しながらも冷静に考える
否、そう結論付けるしかない
つまり、以前より改良された最新型だとしても、昔よりもより多くの個体を製造することが可能になった…
質も量も確保出来てる、それほどにまでレインシリーズの製造状況は安定してきているということなのだろう
(でもそんなの、オリジナルの細胞量的に可能なのですか…?
…いや、オリジナルの細胞すら培養していたら…!)
「あぁ!貴様をどこかで見たことがあると思ったら、そうか!
貴様もレインシリィズの商品だったのだな!」
イナの思考を遮るように、ドユンの大きな声がイナの左耳にこだまする
その勢いのままイナの右肩を抱き寄せ、ドユンはイナを見つめる
「ヴァイオレットカンパニィの目玉商品、レインシリィズには儂も世話になっておる!
我が支部にも一人導入しておるからな!
しかし、何故外見も名も違うのだ?」
「いつも我らがサービスを活用していただき、誠にありがとうございます
しかしドユン様、そちらの個体は相当古い型で、諸事情によりシリーズ系列から除籍された者です
我々、レインシリーズの活動理念に反する欠陥品にございます
あまりお触れにならない方がよろしいかと」
「廃棄された品、ということか…?
…それは、それはなんとも勿体ない!
うむ!儂はより貴様が欲しくなったぞイナ!貴様だけが持つ個性、実に良いでは無いか!」
イナを置いて盛り上がる会話の中、イナは気持ち悪さやレインシリーズが支部にいる事実の整理で頭がパンクしそうになっている
「ドユン様が構わないのであれば、私もこれ以上は貴方様には進言致しません
…予定より3分も時間を無駄にしてしまいましたね、それでは中へご案内致しましょう」
機械的な動作で腕時計を確認し、エレベーターの前から通じる長い廊下の先へとレインは歩いていく
ドユンはイナの肩から手を離さないまま歩き出し、その前後に側近が並び歩く
(…支部でも本部と同様に、データを収集しているのだとしたら
この、突然、意味不明に死ぬかもしれない都市で生き残る為のデータを、集めているのだとしたら
やはり、母様の目的は…)
連れられるように足を進めながら、イナもまた薄暗い廊下の奥へと導かれていった