Labyrinth of the Violet   作:白波恵

85 / 162
Your shieldⅦ

 

「…イナさん、大丈夫、でしょうか」

 

交代時間になり、支部のビル前の警護に当たったEチーム

 

ナクワ、カミュ、ジンは周囲を警戒しながらも中へ連れられて行ったイナを案じていた

 

「ドユン氏直々の命令とはいえ、心配だな

出てくる際は記憶消去処理もされると言うのに、同意書を書く暇も無かっただろう…あの人の我儘には困ったものだ」

 

「我儘と言うレベルですか?

私達の予定が狂わされて、こんな横暴が許されるのですか?」

 

ジンはやはり納得出来ない様子で眉間に皺を寄せている

 

武器を握る手を強く握り締め、ひたすら正面を見つめているが…その瞳には、正面ゲートでは無いどこかを見つめているようだった

 

「…それが許されてしまう

そういうものだ、それをイナもわかっているから彼女は嫌な顔ひとつせずドユン氏の元へ行ったんだ

考え方を変えよう、彼女の実力ともなれば一番近い場所で護衛を任されるのであれば安心だろう」

 

ナクワがジンに、そして自分に言い聞かせるように強く言葉を放つ

 

イナの実力の全てをナクワも把握してるわけではない

 

しかし、相当の実力者だということは知っている

 

だから、何かあったとしても中で護衛対象を守り抜いてくれることに不安はない

 

一番案じているのは、彼女のメンタルだ

 

あんな幼い女の子を値踏みする視線や厭らしく触れる手に、彼女の心が傷付けられてしまうかもしれない不安はどうやっても拭えない

 

イナが仕事はきっちりやるような真面目さを持っていることから、護衛対象に手を上げず我慢し続けて疲労してしまうかもしれない

 

せめて自分が代わりになれたならどれほど良かっただろう

 

そう悔やんでも時は既に遅い

 

「…はぁ」

 

この作戦が始まってから何度目かわからない溜息と微かに痛む胃に、ナクワは気を滅入らせていた

 

そんな時だった

 

「…ナクワさん、あれ」

 

カミュの声に、ナクワは首を傾げた

 

ジンも、カミュと同じ方向を見つめて呆然としている

 

その視線の先は、正門

 

支部敷地内は広く、正門から支部の建物まではかなりの距離がある

 

だから建物の前からでは正門は見え難いのだが…

 

人影が、二つ

 

3mはありそうな巨体と、対照的な子供のような小さな人影

 

何かを引き摺っている

 

「…両名、構え」

 

ナクワが号令をかける

 

カミュとジンはその言葉に動くことが出来ない

 

「構え」

 

もう一度、力強く、ナクワが命じる

 

するとようやく意識を取り戻したのか、手放しそうになった武器を両手で握り、なんとか構え出す

 

ナクワは無線機を取り出し、マイクで呼びかける

 

「…こちらメインビル前Eチーム

Cチーム、Dチームの応援を要請

……AとBがやられた

 

正面ゲートを突破された、侵入者は二人」

 

小さな方が引き摺っているのは、等身に近い大きな鋏

 

そして、切り落とされたような、人の下半身だった

 

 

 

「あちらは高い塔、HEクラスのアブノーマリティです

今作業を行っている様子をご覧になればわかりますが、塔の上からは時折少女の歌声が聞こえてきます

職員データ上、自制心と慎重性の低い職員はその歌声に魅了されてしまい、塔の上から降ろされる長い髪を登っていってしまいます

塔唯一の出入り口である上の窓へ入ってしまった職員は現在誰一人戻ってきておりません

ですが、安全的な管理法を確立させている為問題ありません

次は、WAWの焼身の乙女

一見大人しい乙女で懺悔すれば職員を回復してくれますが、彼女の祈る神を冒涜すると我々にその剣を向けます」

 

「冒涜、と言うと?」

 

「そのきっかけは様々で、未だ調査中ですが…

本能のランクの高い職員が作業に入るとクリフォトカウンターが減少しました

他にも、自制心の高い職員が良い作業結果を出すとクリフォトカウンターが回復する、という事象も見られ…」

 

S社支部の代表者として、レインがドユンを案内しながらアブノーマリティ達を紹介していく

 

以前勤めていた本部とは違うアブノーマリティの数々に、イナもその実感嘆の声を上げていた

 

階層を跨ぎ、下層へ降りるに連れより危険なアブノーマリティも増えてくる

 

「こちらはALEPHクラスの泣く死体の尾

本部で確認されている笑う死体の山の亜種とされ、死体を百足のように列ねるアブノーマリティです

当施設発のALEPHクラスとして、より大量のエネルギー生産が期待できます」

 

「安定した管理方法は見つかっているんだろうな?」

 

「現状では、確実とは言えません

エンサイクロペディアの更新は常更新しています」

 

「…そうか」

 

安定した管理はできない、と聞いたドユンは短くそう返す

 

その時の表情が微かに曇っていたのを、イナは見逃さなかった

 

「さて、今後の他社への商談方針についての話をしましょう

談話室へと案内します」

 

レインに案内され、イナ達は下層の管理棟から離れた奥の談話室へと訪れる

 

重い扉を開けると、暖かな光と座り心地の良さそうな革ソファ、調度品が飾られている棚等如何にもな部屋にイナは警戒する

 

(…カメラは三つ、いや四つですね)

 

調度品の隙間や壁掛けの絵画の額縁、四方に隠された小型カメラの存在に気が付くイナを他所に、ドユンは堂々とソファに腰をかける

 

「管理人を呼ぶ前に、貴方様には確認すべきことがあります、ドユン様」

 

レインはドユンが座ったソファの対面に座り、持っていたバインダーに挟んでいた書類のうち一枚を取り出す

 

「なんだ?支部異動の申請か?

残念だが儂はもう優秀な人材を取り揃えて…」

 

「そうでしょうね、我が社のレインシリーズが更新される度に購入していたのであれば、これ以上雇う財源も枯渇すると思われます」

 

ただ静かに、水溜まりに張る氷のように冷たくなだらかな声だった

 

その言葉を聞いたドユンの表情が厭らしい笑みから一転、険しく眉を顰めた

 

「何?」

 

「ドユン様、契約費を支払っておりますか?

我々も()()()()ではありません

配属先への労働契約に三年満期の150万眼、半年に一度の契約更新10万眼、最新型であれば契約費は500万眼ですが、当然古い型の契約費用や廃棄になった際の交換費用は全額払っていただけねばなりません

貴方様は過去七回の廃品交換、四回の新型への契約更新をなさってますよね

その費用は、T-4802支部へ請求していますが、受理されておりません」

 

「な…そんなはずはない!私は確かに支部長として管理人と交渉し、君の会社と契約していた!費用も会社が経費を出すと…」

 

「理由は簡単、我々レインシリーズの私的な利用です

…バレていないとお思いですか?

我々レインシリーズは全て、その日その日に起こった事を同期します

貴方が行った暴行も、その末殺した者やアブノーマリティに潰された我々の同期体達の部位を横領し裏路地へ流したことも把握済みです

転売は悪、詐欺も甚だしいですね」

 

レインがドユンの前に差し出したのは、ヴァイオレットカンパニー名義の請求書だった

 

暴露されるドユンの悪行に彼自身も顔色が悪くなっていく

 

「そ、そんな言いがかりはよして欲しい

第一、証拠が…」

 

「証拠も勿論あります」

 

紙封筒から数枚の写真が取り出される

 

見えやすいように広げられた写真達には、確かに薬指と取引しているドユンの姿が収められている

 

言い逃れできない予想外の状況にドユンは次第に顔を歪ませ、額だけでなく顔や手から脂汗が溢れている

 

上司の狼狽様に、部下である男二人も顔を見合わせて雲行きの怪しさを感じ取っている

 

「…なるほど、会社同士の契約上にない個人的な商品利用に、廃品の転売

これは母様も黙ってはいれませんね」

 

「初期型の言う通りです

さあドユン様、こちらにサインをなさってください

請求額は賠償金は諸々含め、5540万眼です」

 

「そ、そんな巨額払えるわけないだろう!?」

 

「分割払いならプランにもよりますが手数料込みで毎月10万眼が一番安いですよ

年数は50年かかりますが」

 

「ふ、ふざけるでない!わ、わ、儂は認めん…!」

 

顔を青くしたドユンが談話室を出て行こうとすると、耳を劈くような警報が鳴り響いた

 

その音に驚いたドユンは尻餅をつき、側近達は咄嗟に上司を守るように周りを囲む

 

「…さすが、母様が造るレインです

やり口が母様と全く同じですね」

 

イナは警報にすら動じず、レインを見据える

 

「当然です、母様に仇なす者は誰であろうと容赦しません

それは初期型、貴方も同様です

ここまで親切に金銭での解決方法を明示して差し上げたと言うのに、それを拒否するのであればその肉体を代償にしていただくしかありません」

 

レインは机の下から隠していたであろう剣のE.G.Oを取り出した

 

「肥太った肉体の脂肪はいい燃料になりそうですね」

 

「ッ避け」

 

イナが声を掛けるよりも速く、ドユンを守る側近二人の首が飛ばされる

 

吹き出る血飛沫にドユンは悲鳴を上げ、四つん這いになって出口へ這い寄る

 

それを逃がさないレインが剣を振り下ろす

 

しかし逃がさないのはイナも同じ、そのE.G.O目掛けて無二の腹から取り出した拳銃を発砲させる

 

銃弾の衝撃により跳ね飛ばされた剣にレインが意識を逸らした隙に、イナはドユンの腕を引く

 

「ほら立って!逃げますよ!」

 

イナに引き摺られるようにドユンは立ち上がり、二人は談話室から走り去っていく

 

それを見送ったレインは即座に追うことなく、襟元の小型マイクに呼び掛ける

 

「…こちらレインver5.2-6538

ターゲットを逃がしました」

 

『こちらレインver5.2-6589

了解しました、手筈通りです』

 

イヤホン型の無線機から、全く同じ声が聞こえる

 

「執行者の方々は?」

 

『先程到着されました

エデン様の悪癖で無駄な殺生が発生しましたが無名と底辺フィクサーの為大事ありません』

 

「わかりました

まぁ、執行者の方々が手を出すまでもないでしょう」

 

『6538の言う通りです

我々最新型にかかれば袋のネズミを捕まえることなど造作もありません』

 

「幸運にも初期型575もいます、ここで捕らえて母様に捧げましょう」

 

『名案です

ではルートFへ誘導します』

 

「よろしくお願いします

全ては母様の為に」

 

『全ては母様の為に』

 

通信を終え、レイン6538は床に転がる剣を拾い上げては悲鳴が響く廊下の先へ足を進めていく

 

「逃がしませんよ

…誰一人」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。