Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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Your shieldⅧ

 

アブノーマリティ達が鎮座する収容室扉が連なる廊下を駆け抜け、イナとドユンは逃げ続ける

 

ひとまずは、支部の外を目指して

 

「も、もっと遅く走ってくれんか…!」

 

「これでも7分の1…いえ、9分の1の速度なんですよ!

貴方の命が狙われてるんです、死ぬ気で走ってください!」

 

廊下中に響き渡る警報音と赤く照らされる警報ランプ

 

この警報を、イナは知っている

 

「アブノーマリティが収容違反を起こしています!

急がないと鉢合わせる可能性があるんですから!」

 

そう、先程ドユンが逃げ出そうとした時に発令した警報はアブノーマリティの警報音

 

本社にいた頃、イナは鎮圧要員としてこの音を何度も聞いていた

 

恐らく、その脱走は故意的に引き起こされたものである

 

「貴方を、私を捕らえる為にアブノーマリティを脱走させたのでしょう

条件を満たしたのか、クリフォトカウンターが強制的に減らされたのかは定かではありませんが…」

 

「そ…そんな、でで、では、儂は殺されてしまうのか…!?」

 

「…ただ死ぬだけなら生易しいでしょう

脳をシナプスやニューロン単位で調整されて死んでも労働力にされるか、その肉体を素材に活用されるか…」

 

「どちらにせよタダでは済まないじゃないか!!

何故だ、何故私がこんなことに…」

 

恐怖と焦燥でドユンが涙を流しながら立ち止まる

 

何故、という理由なんて先程レインに暴露されていた事以外何ものでもないのだが、そこを突き詰めたところで事態が好転するわけでもない

 

「…ドユン様、私個人としては貴方の行いには怒りを覚えます

私はレインシリーズの廃棄品ですが、それでもあのレインも貴方が今まで粗雑に利用してきたであろうレイン達も私なのです

だからと言って、私は自分の仕事を放棄することはしません

私は貴方を守る為に今ここにいるんです、ですから生き延びるために、動いてください」

 

イナはドユンを叱咤し蹲って動かない彼を無理矢理立ち上がらせる

 

そのまま再び駆け出すも、次第に不快な匂いが立ち込めているのがわかる

 

二人が逃げた先は、職員を生きたまま腐敗させて飲み込んでいるアブノーマリティがいる

 

先程説明を受けたものではない、イナも初めて見るものだ

 

廊下中に大きな牙が生えたような双葉が広がり、黄色い粘液を垂らしている

 

双葉の中央には胃袋のような大きな袋が繋がっており、時折脈動している容易に動いている

 

実在している植物の名を借りるなら、巨大化したハエトリグサの群生地帯の様だとイナは思う

 

「こ…こいつは肉の味、人間を飲み込んでいきたまま消化する植物型のアブノーマリティだ…

葉の内側に生えている触手で人間を捕らえて、そのまま…」

 

ドユンの説明が終わる前に、いくつかのハエトリグサから腐敗臭のする触手がイナ達めがけて伸びていく

 

「退がってください!」

 

イナは小型の拳銃を取り出し触手に目掛けて発砲する

 

しかし弾丸は触手に触れた途端、まとう粘液に溶かされ破断してしまう

 

「嘘…!」

 

「そんな安物の銃で倒せるわけなかろう!」

 

「市場で50万はするものですよ!貰い物ですが!」

 

すかさずイナ達を捕えようと伸びてくる触手達から守るようにイナはドユンを抱えて後退する

 

「わ…儂を荷物のように抱えるなど、不敬だぞ!」

 

「黙っててもらえます?今は別のルートから逃げますよ!」

 

そのままイナは方向転換して走り出す

 

はじめからこうすればよかった、と持ち前の足の速さを活かして駆け抜けていく

 

「この先にエレベーターが…!」

 

そう期待して角を曲がると、突然咽せ返るような血の匂いにイナは顔を顰めた

 

エレべーターの前に、黒く長いものが立ち塞がっている

 

その体は苦痛や絶望で涙を流す人間の死体達でできており、今も死体を貪り食っている

 

イナは咄嗟に近くの空き倉庫に逃げ込んだ

 

「あ…あれ、あれはALEPHクラスの泣く死体の尾…!?

あんなものまで収容違反しているなど…」

 

空き倉庫で身を潜めながら、ドユンは恐怖で体を震わせている

 

「支部全体を利用してまで追い込むなんて、そんな権限があるはず…

…いえ、母様の命令があれば…か」

 

「いったいこんな魔境からどうやって逃げ出せと言うのだ…」

 

絶望しきった顔のドユンに対し、イナは冷静に疑問を口にする

 

「あの、気になっていたんですけど」

 

「なんだ!この状況から抜け出す方法でも思いついたのか!?」

 

「貴方はレインシリーズの商品からパーツを横領して横流しにしたんですよね

そのお金は、やはり自分のために使ったんですか?」

 

イナの問いかけに、ドユンの震えが止まった

 

それと同時に、膝を抱えていた手で頭を掻きむしる

 

「…それを教えて、どうなると言うのだ」

 

「私のやる気に繋がります」

 

「やる気が出れば、どうなると言うのだ」

 

「あのアブノーマリティを倒してみせます」

 

ドユンはイナを見る

 

あの値踏みするような厭らしい視線ではなく、縋るような視線

 

その先には、こんな状況に絶望することなく強い光を宿すスミレ色の瞳

 

「……信じて良いのだな」

 

「私は特色の弟子ですので」

 

「………

…施設だ」

 

ドユンは重い唇を開き、小さな声で呟き始めた

 

「児童養護施設、に…寄付しているのだ

幼い頃は、儂も親のない裏路地の子供だった

施設にいたおかげで、苦しくとも生きてこれた

大人になり、必死に稼ぎ、この職にまで漕ぎ着けた

稼いだ金で様々な施設に寄付していたが足りない、自分の生活もある

そんな時…ヴァイオレットカンパニィの代表が契約を持ちかけてきた

本社でも活用しているレインシリィズを、儂の支部でも使わんか、と…

クローン体は都市で七日間以上の生存を許されないと言うのに、支部内での活動に限り活用できると言うではないか

最初は、管理人も契約を許諾してレインシリィズを使った

その有能さに、儂は目を見張った

 

しかし、初めてアレが潰れた後…次の日には新しいレインが補填されていた

その時儂は思ったんだ…ああ、これを売ればいい、と

最初は、職員を利用して死体のパァツを集めて裏路地の奴らに売っていた

どこからか嗅ぎつけた薬指が感動して大金叩いて買い取るようになった

バラして部位ごとに売れば頭にもすぐバレはしまい

ストレスから、「業務の範囲内だ」と嘯いて犯したこともあった

全て真実だ、しかし金が必要だったのだ…

寄付した施設に顔を出す度、嬉しそうに笑う子供達やそれを守る者達の笑顔を見る度に、心臓が押し潰されそうになる

それでも儂は…」

 

苦しげに語るドユンの様子に、イナは確信を得た

 

ドユンは間違えてしまっただけの、守るに値する者だと

 

過程はどうであれ、都市の苦しみに揉まれながらも、目的は見逃さなかった優しい心の持ち主

 

裏路地の視察も、恐らく施設の人達に食べさせてやるためのリサーチなのだろう

 

「…よし」

 

イナは立ち上がる

 

ドユンの本性を聞いて、納得したように微笑んで

 

「貴方はここにいてください

私がいいと言うまで、決して外へ出ないように」

 

「ほ、本当に倒すのか…E.G.Oも装備していないのに…!?」

 

ドユンの不安は最もだが、その不安は後に杞憂に終わる

 

イナはそんなドユンに小さく会釈して倉庫から出ていく

 

ドユンは小さな小窓から廊下を伺うと、すぐ近くまで迫ってきていた泣く死体の尾がイナの前に立ち塞がっている

 

その巨体も去ることながら、食べた死体で繋いだ長い尾が異様さを放つ

 

頭部分の人の頭を繋ぎ合わせた顔が、血と臓物を混ぜたような涙を流しながらイナに襲いかかってくる

 

「…ルーン装填・カノ」

 

およそ1mまで近付いたその瞬間、イナは小さく呟き手にしたM500を泣く死体の尾の頭目掛け撃ち放った

 

弾丸は泣く死体の尾の頭部に埋まり、衝撃により後頭部から黒い血が吹き出る

 

それだけで収まらず、弾丸が埋まったままの頭部は突然白銀に発火し瞬く間に泣く死体の尾の全身を燃やし尽くす

 

泣く死体の尾は劈く悲鳴のような雄叫びを上げのたうち回る

 

その尾は廊下の壁や床、天井に打ち付けられイナはそれを巧みに避ける

 

そのまま今度は距離を取り、M500を再び構える

 

「ルーン装填・ハガラズ!」

 

二発の弾丸が放たれ、泣く死体の尾へ飛んでいく

 

強い衝撃を放つ銃で三発も発砲したため、イナは強い反動から腕を下ろす

 

暴れてはいるが巨体の為的も大きい、二発の弾丸は泣く死体の尾に命中し炎に呑まれた躯体を雷撃が走る

 

強い光にドユンが目を瞑り、次に目を開いた時には…焼け焦げた廊下と黒い卵のような()が転がっていた

 

「ドユン様、もう出て大丈夫ですよ」

 

倉庫の扉が開かれ、少し髪と服が焦げたイナが顔を覗かせる

 

「…まさか、本当に…やってしまうとは…」

 

「私の武器達は皆特別なものなので…でも良かったです、クリフォト抑制はまだ稼働してはいるみたいですね

あれがなかったらもっと手強かったでしょうし」

 

二人は倉庫から出て泣く死体の尾の核を通り抜け、それが塞いでいたエレベーターへ到達する

 

イナがエレベーターのボタンを押そうとした時、扉上のランプが点灯していることに気がついた

 

そのランプは、徐々にイナ達がいる階まで降りてくる

 

「…ドユン様、退がってください」

 

「こ、今度はなんなのだ…!」

 

「誰か、来ます」

 

イナの警戒は正しい

 

エレベーターが軽快な音を立て、この階に留まる

 

やがてスライド式の扉が開き、エレベーターの中から巨大な体をした男が現れた

 

「…」

 

顔の半分と体中が鋼に覆われたそれは…義体を纏う巨漢

 

その義体の男はカメラレンズのような片目をドユンへ向ける

 

「ひっ…!」

 

大きな手が、その巨体からは想像できない速さでドユンへと伸びていく

 

瞬く間に手はドユンの眼前へと迫り、男は手を握り絞める

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バキ。

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