時は数分前に遡る
地上ではナクワ達がとある侵入者と戦闘を繰り広げていた
侵入者は二人
巨大な義体の男と、小柄ながらも等身大の鋏を持った少年
その二人が、支部の敷地へ入る正門ゲートを正面から突破してきたのだった
ナクワは冷静に残った他チームを招集し、侵入者を排除・捕縛しようとした
しようと、したのだが
(…これは、一体、どういうことなんだ)
目の前に広がるのは、赤
血の池が支部ビル玄関前に広がっている
応援に来た他フィクサー達と連携して敵に攻撃を仕掛けたものの、巨漢に攻撃は防がれその隙に少年が鋏でフィクサー達を刻んだ
今残っているのは、試験参加者の六人とナクワを含めたフィクサー二人のみだった
「ふふ、素敵ですよ皆様
あぁほら、この甲状腺は今まで見たものよりも綺麗な形をしています
こちらなんて、なんとも逞しい背筋ではありませんか、見たところ施術を重ねて発達したものですが、この筋肉量は類稀なる才能です」
「…」
何より異常なのは、少年の方が刻んだ人間の体を一つ一つ惚けるように眺めていること
血の池の真ん中で、体中を赤く染めながら
巨漢はその少年の言葉に応えることもなければただただ少年を眺めるだけだった
「…赤い、髪」
ナクワは思い出す
昨夜、ジンが接触したという少年
「ジン、あの少年は…」
「……私が、昨日、会った人…です…」
ナクワの背後に立つジンとカミュは、無事ではあるもののその光景に畏怖しきっていた
このままでは皆殺される、と危惧したナクワは無線機でツヴァイ6課へ応援要請をし、再び侵入者の二人を見る
「貴方達は一体なんの用でこの支部に来たのか教えてくれないか」
「…なんの用?我々はただ身柄を引き取りに来ただけですよ
あぁそうそう、申し遅れました
ボクは人材派遣会社ヴァイオレットカンパニー志願相談部執行人
エデン、と申します
こちらの体の大きな殿方は、経理事務部執行人ミカエル
愛らしいお名前でしょう?ふふふ」
エデン、の自己紹介と共にミカエルが会釈をする
姿勢ばかりは律儀だが、そんな二人が既に複数名を手にかけている事実に頭に痛みが走る
「…ご丁寧に、どうもありがとう
私は剣事務所所属7級フィクサー、アイリーン・ナクワ・クナウァーだ
貴方達が狙っているのは、まさかとは思うが…L社T支部長のドユン氏、ではないだろうね?」
「話が早くて助かります
先程正面ゲートにいた方達はお話が通じず、ボクつい魔が差して…切開してしまいました
でも仕方ありませんよね、だって負債義務は果たさねばなりませんから
魔女様と契約してあまつさえ大切な商品を無下に扱い、それを盗んで他に売り捌くなんて…とても許されない事です
魔女様はとても悲しんでいます、自分の娘のようなレイン様達が粗雑に扱われてしまわれて…ですので我が社の商品の滞納している契約費や賠償請求は当然の結末ですよね
二週間前より迅速な支払いを命じていたのにドユン様はそれを無視した、ですからボク達執行人が呼び出されたのです
支払い義務を遂行しない契約者に正当な処罰を、なのに貴方様のお仲間様はその崇高な使命の邪魔をされました…であるならば我々も正当防衛を行使するのは何もおかしな話ではありませんよね?
あぁでも少々昂ってしまったことは認めます、だって皆様方とても美しい人間ですから…神経、骨髄、血管や爪、髪に至るまで…皆様違った美しい部位をお持ちなんですもの、えぇ人間は皆お美しいです、だからボクが切開してしまったのもきっと魔女様はお許しくださるでしょう、許されなくても魔女様に叱られるのもまた素敵ですね…」
「…」
エデンの、気が狂っていると言わざるを得ない長い話の間にナクワは残ったフィクサーと作戦を固める
ナクワは持っていた鞄のロックを解除し、開く
中は空間がねじ曲がっているようで、ナクワはそこに奥深く手を突っ込んだ
そして、何かを掴みそれを引き抜いた
取り出したのは、長い刀身を誇る大太刀
「君達は退がって!」
ナクワが後ろにいるまだフィクサーではない試験生達に呼び掛け、エデン達に向かって斬り掛かる
当然同じようにミカエルが防ぎ、エデンはその影から鋏を突き出す
顔面へ向かって突き付けられた鋏の切っ先を間一髪で避け、ナクワは身を翻し刀を切り上げる
ミカエルの肩が斬り裂かれ、義体による配線が数本火花を散らす
致命的な攻撃には至らず、ナクワは追撃を警戒し間合いをとる
「ふむ…我々もフィクサー協会と敵対したくはないので応援が到着する前に迅速に終わらせたいのも事実
ボクとしてはどの殿方とも丁寧に長く楽しみたい所存ですが…あまりやりすぎると魔女様にご迷惑がかかってしまいます
ミカエル」
エデンがミカエルに指示をし、ミカエルはその機会の体を駆動させる
節々から蒸気が吹き出て、ギアが替わる音が彼の下半身から響く
ナクワがその体勢の意味を理解しては、背後にいる試験参加者達に呼びかける
「全員、正面口から離れろ!」
そう叫び終えたタイミングで、ミカエルは轟音と共に正面口へと突撃してくる
衝撃の余波で吹き飛ばされそうなところを耐えつつ、土煙に囲まれた玄関口を伺う
ガラスと瓦礫により見るも無惨な姿となったゲートには、もう誰もいない
一名の中への侵入を許してしまった
幸いなことに回避指示は間に合ったようで、参加者達は生きてはいる様子だった
「クソッ…!」
「中のことはミカエルに任せるとして…えぇと…アイリーン様?」
「…ファーストネームは大事な人にだけ、と決めている
ナクワでいいよ」
「それでは、ナクワ様
存外乙女チックなところがあるんですね、そういう精神も気高く美しいと思いますよ」
「君は、先程から美しさに心酔しているようだね」
「心酔…えぇ、はい…ボクは生まれながらにして人間が愛おしいです
その肉体、心、この世を地獄を評し死んだように生きながらも生きる為に日々地獄を歩む都市の人々、その矛盾
そこに人間の美しさがある!そうは思いませんか?ああいえ、美に共感はいけませんね、だって感性は人それぞれだと魔女様も仰っていましたから…これは大変失礼な問いを致しました」
話しているはずなのに、話が通じていない様子のエデンに、ナクワは気味の悪さを感じずにはいられなかった
「それで…そう、ボクはミカエルが戻るまでの間、貴方達を足止めしなければいけないので」
エデンが等身大の鋏を構える
他のフィクサー達の血に染まった銀の鋏は、その凶器的な切っ先をナクワ達へと向ける
「せめて、あと一人か二人…堪能させてくださいますか?」
そして、今
ミカエルがS社支部内に侵入し、イナとドユンの前に現れ、ドユン目掛けその機械的な腕を伸ばしてきた
巨体からは想像もできない迅速な速度に、ドユンは瞬くことすら出来なかったが…その速度に対応出来るのが一人いる
彼女はドユンを押し退け、ミカエルに右腕を掴まれる
パキ、という軽い音と共に、イナの右腕には熱と激痛が走る
「___ッ、あっ…!!」
掴まれた右腕は折られ、そのまま持ち上げられる
「…先程レインver5.2-6589様から伝達のあった初期型様ですね」
ミカエルが言葉を発し、イナの右腕を握る力を強める
折れた骨が更に粉々に砕かれていくような音が腕の中から聞こえ、イナは痛みから苦悶の表情を滲ませる
「…し…執行、人…ですか」
「左様、ミカエルと申す
貴殿とは初対面ですが社内では指名手配者として認定されています」
「母様の手引き、ですね…ドユン様を連れていくために」
「ドユン氏の財産も全て押収済みですがそれでも請求額の半分も満たしておりません
ご本人の肉体を担保にしていただかなければ
魔女様は特異点による恩恵で発展した都市の中で独自の手腕で金を増やす錬金術師、支払いへの不安など不要
あとはドユン氏がご同行に同意するのみです
初期型様におかれましても、ご一緒に来ていただけますね」
「……断る、と言えば?」
「四肢の骨を折るまでなら許諾されています」
その言葉を聞いた瞬間、イナは左手で拳銃を発砲する
弾丸はミカエルの左肩、鋼の蒸気機構の隙間に入り込み、白く発光する
「ティワズ!」
イナの叫びに呼応し、弾丸は中規模の爆発を引き起こし、ミカエルの肩の機構が破壊される
力に緩んだ隙にイナは右腕を引き抜き着地しては、そのまま踵を返しドユンに向かって叫ぶ
「走ってください!早く!」
走り出したドユンの背後を守るようにイナも付き、複雑なL社支部内をひたすら進む…が、進む先々で通路の隔壁を閉鎖されている
恐らくは、この支部のレインが管理人権限を奪取して操作しているのだろう
一瞬足踏みをすれば、 背後からは破壊音が聞こえ、そちらへと振り向けばミカエルが高熱の蒸気を発しながら壁を突破ってきた
「…ドユン様、私は右腕は折れ、左腕は魔弾の反動で神経がイカれてしまいました
一、二時間で回復するようなものではありません」
イナがそう申告したように、彼女の両腕は力無く項垂れている
彼女がアブノーマリティとミカエルに使用していた弾丸は魔術が刻み込まれた代物で、無二から貰い受けた特殊な弾丸として重宝している物
弾丸そのものの威力に加え、25種の付随効果を発揮させられる魔弾であるが…当然ながらにデメリットも存在する
イナの魔力を通すことで刻印された術式を起動できるが、その反動は彼女の腕の神経ひとつひとつに負荷をかける
彼女は今、両の腕を使えない状態になってしまった
それでも彼女は諦めていない
そのスミレ色の瞳は未だ輝きを失っていない
「私が時間を稼ぎ、どうにか隙を生み出します
その間に、貴方は逃げてください
このビルの外に出て、ナクワ達と合流するんです」
「ば、バカなのか貴様は!あんな殺人機構を前に太刀打ちできるはずが…」
ドユンの生死の声を聞き終えることなくイナは駆け出した
先ほどの魔弾によりミカエルの左肩は破壊され、その先も失われているが…その巨体と右腕、両足は健在である
…そこからの戦闘は、ドユンが今まで見てきたフィクサーや翼職員達の戦争に匹敵するような光景であった
足だけで、イナは確かに機械仕掛けの巨漢を相手取っている
ミカエルの巨体と機構による破壊力は、廊下の至る所を崩壊させていた
しかし、それは
イナ達レインシリーズは、腕力や耐久性能も普通の人間より高く作られている
しかし、突出しているのはその脚力である
その速さは徘徊する怪物達追い詰め、迅速に対処する
イナも過去、どの職員よりも速く駆け抜けたことで職員を守ったことがある
そして今、大切な護衛対象を逃すために彼女は舞っている
意識を集中させるのは、脚だけでいい
より繊細に、小指や爪先まで鮮明に
ミカエルの剛腕や突進を至近数センチまで引き寄せ、回避する
当たらない攻撃は続き、ミカエルの義体機構は火花を散らしながら高速にギアが回っている
ドユンはどこかで聞いた言葉を思い出していた
蝶のように舞い、蜂のように刺す…しかしこの光景は、絶対に捕まる事のない蝶を捕まえようと必死に追いかけ回しているようにしか見えず…
否、蝶ではない
その、白銀に輝く彼女の髪は、まるで流星のようであった