地上では、ナクワとエデンが戦い続けていた
鋏と太刀はぶつかり合い、摩擦し、互いの肉を斬りつける
もう一人生き残っていたフィクサーは、エデンの鋏によって三枚におろされてしまった
「あぁなんと強かな方でしょうか、ボクもとても愉しくなってまいりました」
エデンは頬から流れる血を拭い取り口に含む
鉄の味に興奮した様に頬を染め上げ、扇情的に首を傾げた
そんなエデンの前で、ナクワは膝をついている
「はぁ…君…とても強いね」
「まぁ、それは誤りですナクワ様
貴方が人間である、その前提が覆らない限りボクは貴方を切開したくて堪らないのです」
エデンが鋏を開き、ナクワの肉体を切断しようとする
しかしその刃は防がれる
防いだのは、ナクワとエデンの間に入り警棒を両手で支えるジンだった
「ジン…!下がっていなさい!」
「いえ、これは試験です!後ろで黙って見ているだけでは…」
「あらあら、これはこれは」
エデンは楽しげに唇を歪ませ、鋏を大きく振り上げる
ジンは弾かれた勢いのまま血溜りに倒れる
「貴方…昨夜お会いしましたね
どうですか?あれから何か考えましたか?」
「く…わ、私は」
ジンは体を起こし、警棒を構える
そんなジンに当然怯むことも無く、エデンはゆっくり歩み寄る
「これが現実です、都市ではより強き者が全てを手にする
かと言って、弱き者への救済措置は無く…捨てられ蹂躙されていく
この世に生を受けたにも関わらず、生まれた時から選別されていき、選ばれなかったものは底へと落ち行く
こんな世界、許せませんよね?」
ジンのすぐ目の前までエデンは迫り、そして膝をついてジンへ手を差し伸べる
「どうです、我々の元へ来ませんか?
我々はスミレの魔女の理想を叶える為、この都市を変革させる為にその命を捧げる…
魔女様はこの都市をより良い理想郷へと変えてくれるお方
命の価値が同じになる、そんな理想郷に
そしてこの鋏同様、貴方が定める敵を、魔女様の敵を屠る力を与えてくださることでしょう」
ジンは彼の手と、鋏を見た
フィクサーを、試験参加者を何人も刻んだ鋏は血に塗れながらもその銀色の輝きを損なわずにいる
エデンや先程支部内へと侵入したミカエルは、相当な手練であった
そのような力を得られれば、家族を護れるのだろうか
ドユン達のような、都市に蔓延る悪性を潰すことが出来るのだろうか
…そう、期待をしてしまった
警棒を握る手は次第に力が抜けていき、代わりに空いた手が差し伸べられたエデンの手へと伸びていく
この都市は、巣は、翼は、協会は、フィクサーは、全ては間違ってる
ジンの信じる正義を、魔女という存在は肯定してくれるのかもしれない
都市に絶望していた少女は、魔女の使い魔の甘言に耳を傾けてしまった
やがて、その手を取りかけたその時
「う…わぁぁぁああ!!」
エデンの背後から警棒が振り下ろされ、エデンは瞬時にその場を飛び退いた
当たらなかった警棒の勢いに体は呑まれ、カミュがジンの前に倒れる
「か、カミュ」
「そそ、それ以上ジンに近づいてみろ!お、お、俺が相手になるぞっ!」
ジンを庇うようにカミュがエデンの前に立ち、手の震えは警棒にまで伝わっている
「まぁ…まぁまぁ、ふふ、美しいですね
愛する者を守ろうとするその心、姿勢…大変素晴らしいものです」
「あいっ……
…そ、そうだ!俺は愛する人を、守るんだ!」
カミュは真っ赤になりながらも、そう叫んだ
その言葉に、曇っていたジンの瞳は見開かれ、輝きを宿す
幼馴染として幼い頃から彼を見てきたジン
そんな彼女にとってのカミュの評価はとても臆病で、野良犬に吠えられただけで泣いて尻餅をついてしまう程だった
そんな彼を守れるのは自分しかいないと、いつも彼の盾として彼を引っ張ってきていた
しかし、今彼は…幼馴染を守る為に、多くの人を刻んだ凶人を前に立ち塞がっている
どれほど怖かろうと、どれほど恐ろしかろうと
昔からジンがそうしてきたように、今度はカミュが彼女の盾になろうとしている
その光景を見つめ、エデンは拍手をする
「なんとも勇ましいこと、ボク、貴方達のような人は本当に大好きですよ
愛とは時に予想外の力を生み出しますから…おや」
鋏を手に構えたエデンがカミュ達を注視していると、再び死角から攻撃される
間一髪で避けるも肩は斬られ出血してしまう
攻撃の主はナクワで、息を切らしながらも太刀を手に立ち上がっていた
「君達のお陰で助かったよ、ありがとう」
「ナクワさん…」
「試験とかそういう次元じゃない、これは
だから君達はもう下がって」
鋭いナクワの眼光に、エデンは背筋に巡る神経が刺激される
艶やかな吐息を零し、閉じられていた瞼を開く
「ナクワ様、そこの殿方…ええ、恋とは、愛とは素敵なものです
ボクも、魔女様のことを心より愛していますから…
では…貴方達の愛と、ボクの愛
どちらがより美しいものか、競い合ってみましょう!」
心底楽しげに語るエデンを前にナクワは構える
そしてエデンが一歩、踏み込んだところで…無線機の着信音が二人の間を割いて鳴り響いた
無線機の音の元はナクワ…のものではなく、エデンの服のポケットから鳴っていた
「…はい、こちらエデン
………まぁ、そうですか…では目標達成ということで
なるほど、ミカエルは…わかりました、レイン6538様達を回収次第、そちらへ戻ります」
無線でのやり取りを済ませ、エデンは大きく溜息をついた
「残念ですが…本日はここまでのようです
正直なところ切開し足りませんが、食べ過ぎは体に毒と言いますし…美味しいものは後に取っておきたい派なので、今日は帰りますね」
エデンは鋏を背のホルダーに仕舞う
ナクワ達は彼の「帰る」という宣言に呆気に取られていると、支部の方から足音が聞こえてきた
そちらへ顔を向けると、灰色の髪にスミレ色の瞳をした職員らしき人物と、彼女に捕縛されているドユンが並んで歩いてきている
「ドユン氏…!」
「良い、構うな」
助けなければ、とナクワが駆け寄ろうとするも、ドユンは静止を呼び掛けた
「…儂の護衛任務、ご苦労であった
多くの犠牲を生んでしまい、大変済まなかったな
こやつらを通して協会の方には伝えておく故、お前達は撤収しなさい」
「何を仰ってるのですか…」
「地下でイナが負傷し倒れておる、救助してやってくれ」
「な…お、お待ちください!」
それ以上ドユンは何も言わず、ゲート方向へと歩いていく
「ご苦労様でした、6538様
その腕ではもう廃棄になりますでしょうが…」
「構いません、母様の任務遂行が第一優先ですので」
「この方がドユン様ですね、お待ちしておりました
さぁ、共に参りましょう」
エデンは彼らを迎え、共にゲートの方へと去っていく
ナクワは連れ去られていくドユンを助けようと思考するも…きっと、今のままでは勝てないと感じた
こちらの被害も大きすぎる、ひとまず敵対勢力が撤退したのならば、他の生存者の安全確保が最優先となる
「……クソッ」
ナクワは聡明である
聡明であるからこそ、これ以上の追求は不可能であると悟ってしまう
護衛任務の結果は、失敗として終わった