Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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Left behindsⅡ

××××年2月19日

 

あれから一週間後

 

あの任務の後ツヴァイ協会南部6課のフィクサー達に救助され、記憶処理も受けたイナ

 

元々ロボトミー社がどんなものであるのかを知っていながら、何がいたのかという支部内の業務関連に関する記憶は失われている

 

病院へ搬送され適切な治療の後、自宅療養を余儀なくされているイナは一人ベッドに横たわりながらぼんやりと天井を眺めている

 

右腕は粉砕骨折の手術を終え固定され、左腕は神経を修復する為の謎の薬を点滴されている

 

右肩を貫通した傷も、裏路地の小さな病院にしては綺麗に縫合してもらった

 

病院に迎えに来たローランの焦った様子に何度も「見た目の割に大丈夫ですから」と慰めの言葉を浴びせ、次いで彼の家族として大切な言葉を伝えた

 

「ただいま」、と聞いたローランは焦燥から一転して安堵に満ちた表情に変わったのだ

 

無事に、とは言い難いものの…イナはこうして生きて帰ってきた

 

それだけで、ローランにとってはまず喜ぶべきことなのだ

 

三日程の入院の後ローラン宅へ帰ってきたイナは、任務の事後処理の内容をローランから聞いた

 

ツヴァイ協会のフィクサー認定試験は無効になり掛けたが、ヴァイオレットカンパニーへ連行されたドユンからの申請により生存者を9級フィクサーへ認定

 

ツヴァイ協会へも正当な報酬が支払われ、外部協力であるフィクサーはイナとナクワのみ生存

 

ナクワは数名の試験参加者を守ったこと、その有力なリーダーシップからひとつ位を上げて6級へ

 

そして…最後まで護衛対象の側近で彼を守り続けたイナは、9級から7級へとランクアップを認められた

 

守れなかった事実と結果が釣り合わず、もどかしさを感じては憂鬱なままイナは溜息を吐く

 

大半が犠牲となった今回の襲撃で生存したナクワはイナと比べ怪我は軽く、事務所経由で彼女からも直接連絡があった

 

ナクワ伝でカミュとジンも生き残ったこと、今度見舞いに行きたいと言っていることを聞き、またお互いに落ち着いたら会う約束を取り付けてもらった

 

何もかもが後味の悪い終わりに、その日何度目かの溜息が漏れる

 

「まぁそう気負うな小童

貴様はよくやったさ」

 

イナの髪の影から姿を現した無二は、枕元にてとぐろを巻く

 

「あの男は連れて行かれたが、男の交渉のおかげで貴様は生き残れた

なら悔やむよりまず、感謝せよ

あの男も浮かばれんぞ」

 

「…そう、ですね」

 

道を踏み外しながらも、彼は彼なりの善い事をしていたのだ

 

助けられたかもしれないその背中を見送るのは、どうにも悔しくて堪らなかった

 

 

 

「お前は誰かを守る時、助ける時に強く輝く

儂はそんなお前の輝きを独占するより…その強さで他の多くの者達を救ってくれ」

 

 

 

そんな彼の言葉を思い出す

 

誰かを守る、助ける…そう決めた時、イナはより強く戦えるような気がするのは確かだった

 

かつてL社本部にいた頃の、あの25日目

 

他の職員に助けられ、そして職員を助けた…イナにとってのターニングポイント

 

生きる目的もなく生きることは、死んでいることと同義

 

今自分は、目標をもって生きている

 

その中で…自分の力で、同じように希望を持って生きようと必死な人達を、助けられているのだろうか

 

全てを助けられず、救えない命もありながら

 

今の自分は、かつての恩人に誇れるような自分になれているだろうか

 

そんな自問自答を繰り返していると、部屋の扉がノックされる

 

「イナ、起きていますか?」

 

療養中のイナの世話を手伝ってくれているアンジェリカが訪問してきていた

 

無二は姿を見られないように慌ててイナの影へと戻っていく

 

「はい、起きてますよ」

 

「ちょっと緊急の要件で…入りますね」

 

扉を開けて、アンジェリカが入ってくる

 

その手にはボロボロになった固形物を載せた皿と…一通の封筒が握られていた

 

「ごめんなさい、お休み中に

これお詫びの林檎です、イナは林檎が好きだと聞いたので」

 

「…わ、わぁ、嬉しいです、ありがとうございますアンジェリカ」

 

皿の上の薄黄色い固形物は所々赤い皮が残っており、アンジェリカが切った林檎なのだと推測できる

 

両手が動かせないのでアンジェリカに起き上がるのを手伝ってもらい、ついでに林檎を食べさせてもらう

 

ふう、今ここにアルガリアがいなくて良かった、としみじみと思いながら林檎を咀嚼する

 

味は普通の林檎だった

 

「それで、本題のこちらなんですけど…」

 

アンジェリカは封筒を掲げて見せる

 

その封は切られており、誰かが開封済みなのが見て取れる

 

「貴方宛に届いていたのですが、その…送り主が送り主なので、事務所の決定で勝手に中身を見させていただきました

まずはその事について、すみません」

 

「いえ、大丈夫ですが…一体誰からの手紙なのですか?

ナクワ…?」

 

送り主が送り主、と言われているくらいなのでナクワからの手紙なら開封されないと思われる、そう疑問を抱えながらイナは封筒を受け取った

 

その封筒に書かれていた送り主の名は___

 

 

 

××××年2月26日

 

更に一週間が経った頃、イナはとある裏路地へとやってきた

 

左腕はなんとか動かせる程度には回復したが、右腕はアームホルダーで支えないといけない

 

左手で地図のメモを確認しながら、人混みの波を縫い進む

 

「本当にこっちで合っているのだろうな…?」

 

「ここら辺は来たことないですからね…」

 

無二とそう話しながら地図に沿って進むと、突然パタリと人気が少なくなった

 

繁華街を抜けたようで、人気のない建物の隙間を進んでいくと、突然開けた空間に出る

 

その先は広めの柵に囲まれた小さな学校のような施設で、子供達が中庭で楽しげに遊んでいる声が聞こえる

 

「…着きましたね」

 

辿り着いたのは、児童養護施設

 

恐らくは、ドユンが裏金を寄付していた施設のうちのひとつだろう

 

「ようやく来たか…迷子になっていたのかと思ったが」

 

正面玄関に、何者かが立っている

 

背の高い男は、子供達で溢れる児童養護施設には不釣り合いにも思える仏頂面を向けてきた

 

男は全身が灰色の中、唯一の深紅の双眸を鋭くイナの方角へと動かす

 

イナはそんな男の威圧感に生唾を飲み込み、警戒レベルを最大にまで引き上げる

 

「貴方が…赤い視線、ですか」

 

先日アンジェリカから受け取った封筒の差出人の名を思い出す

 

そこには「赤い視線」と書かれており、フィクサーの中でも有数の特色…赤の名を冠した実力者であった

 

特色から、個人名義で、未だ一介のフィクサーであるイナへと届いた手紙

 

事務所の人間が警戒して先に内容を確認するのも仕方の無いことであった

 

「まぁ、とにかく入れ

茶くらいは出してやろう」

 

赤い視線はそう言って施設の中へと入っていく

 

イナもそれに続いて施設の門を通り抜ける

 

先を進む赤い視線の周りには子供達が集まり、皆彼を「おじさん」と呼んで慕っている様子だった

 

「おじさん!このお姉ちゃん誰?お客さん?」

 

「おじさんの彼女?」

 

「隠し子?」

 

一体どこでそんな知識を得られるのだろう、様々な憶測と質問を赤い視線へと投げかける子供達の度胸にイナは心底敬意を感じた

 

特色フィクサーである肩書きを知らずとも、彼の人相の悪さからは幼い子供には泣かれそうなのに、施設の子供達と良好な関係を築いているのは子供達の様子から見て一目瞭然であった

 

「お客さんだ、全員無礼のないようにな」

 

「はーい!」

 

赤い視線の言葉に子供達は元気よく挨拶し、イナに対して「こんにちは」と礼儀正しく挨拶をしてくれる

 

そんな子供達に、イナも頭を下げ挨拶を返す

 

赤い視線が施設の奥へと進むのを見て、イナも後をついていく

 

案内されたのは応接間で、施設の職員らしき女性が手際よく紅茶を用意してくれていた

 

赤い視線が奥のソファへ腰掛け、「座れ」と命じたのを聞いてからイナは対面側のソファに座る

 

紅茶は、イナが今まで飲ませてもらったものよりは良いものでは無いが、それでも裏路地で手に入る分には高級な茶葉を使用しているのだろう

 

独特な香ばしい香りに、イナは一息つく

 

「今日はわざわざ来てもらって、申し訳ない」

 

「いえ…」

 

一週間前届いた手紙の内容は、単純だった

 

『チャールズ事務所7級フィクサー イナ

2月26日13時、別紙の地図の場所へ単独で来るように

赤い視線 ヴェルギリウス』

 

たったこれだけであり、何故招集をされたのかという理由は書かれていなかった

 

当然ローランは反対した、ただでさえイナは大怪我をしており療養中なのだ

 

それなのに特色が一人で来いと命じているのは、誰がどう見ても危険だと

 

ローラン以外のフィクサー達も同意見だった

 

しかしイナはこの招集に応じた

 

いざとなったら逃げる、と説得して

 

「それで、その…何故私を呼んだのですか」

 

「お前は、ドユンの護衛を失敗したんだろう」

 

ツヴァイ協会の認定試験、巣の重役の護衛任務

 

その任務は結果として失敗に終わった

 

しかし、その事について責任追及がないどころか報酬と昇級まで貰う始末

 

「…大切なパトロンを失ったことへの、尋問ですか?」

 

イナが警戒してそう問いかけると、赤い視線は深く溜息を吐いた

 

「それを知っているのなら話は早い

だが安心しろ、お前程度に金を回してもらおうとは思っていない」

 

赤い視線は紅茶をひと口飲み、その赤い水面を眺めた

 

「あの男が回していたのは汚い金だからな

そうでもしないとこんな寂れた施設を守れないのも、事実だが

今日お前を呼んだのは、ドユンの要求だ」

 

「ドユンの…?」

 

赤い視線は懐から、一通の手紙を取り出した

 

イナの方へと差し出されたので、彼女はそれを受け取り中の便箋を読む

 

そこには震えた筆跡で、ドユン自信が連携企業の商品を横領・密輸によって得た金で施設に寄付していたこと

 

とあるフィクサーがドユンの非を知って尚守ろうと戦ってくれたこと

 

そのフィクサーに、施設の子供達を見て欲しいこと

 

イナことレインシリーズの詳細は伏せられているが、手紙には歪んだ字でそれらについて書かれていた

 

ドユンはヴァイオレットカンパニーと交渉して、協会にも報酬を回した

 

それと同じように、児童養護施設にもこれらの手紙を回したのだろう

 

しかし、とあるフィクサーが誰なのか、施設の職員には突き止められなかったのだ

 

職員ではない、ただ一人を除いて

 

「どうして私だと突き止められたのですか?あの作戦に参加していたフィクサーは多くいましたし、参加者は任務関係者のみ知る個人情報のはずですが」

 

「独自の情報網だ、こればかりは企業秘密でな」

 

「…そう、ですか

それで、この手紙の要求を貴方は叶えようとしてくれた、ということなのですね

ドユンの要求には、報酬も何も無い…素性の不明なフィクサーを招き入れ、子供達に危害が及ぶかもしれないのに

私を突き止め、ここに呼んだ」

 

「何か下手な真似をすればすぐにその首を刎ねるだけだ」

 

「…赤い視線、貴方は思ったよりも優しい人なのですね」

 

「ヴェルギリウスで良い

…自業自得とはいえ、惜しい奴を亡くした

最後まであの男を守ってくれて、感謝する」

 

赤い視線は悼むように瞼を閉じる

 

守れなかったのに、こうして感謝される

 

その言葉に、心臓が強く締め付けられる思いに、イナは強く唇を噛んだ

 

とうに温くなってしまった紅茶は、そんな彼女の悔しげな顔を反射させるだけだった

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