Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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Left behindsⅢ

 

「きゃー!お姉ちゃんが鬼の番だー!」

 

「しまった!ジャンケンに一人負けしてしまいました!

では不肖イナ、鬼として全員捕まえてみせます」

 

「わー!!」

 

中庭でイナは一回り小さな子供達と追いかけっこをしている

 

俊足を誇るイナだが、相手は幼い子供なのでかなり、とても、非常に遅く走っている

 

反射神経もあえて鈍くしたり、隠れた子供達をわざとらしく探したり…昔から近所の悪ガキと遊んでいた経験のおかげか、施設の子供達も楽しそうに遊べている

 

その様子を離れた場所から見守る赤い視線、ヴェルギリウス

 

何人もの子供達を追いかけ回している中、一人の女の子が転んでしまう

 

「あ…大丈夫ですか?」

 

イナが駆け寄り声を掛けると、白髪と褐色が特徴的な女の子は土で汚れた鼻を擦りながらケロリと立ち上がる

 

「大丈夫、ラピスこのくらい平気」

 

「ほ、良かった

貴方達に怪我が出来たら、私が殺されるところでした」

 

「おじさんに?」

 

「そうです、あのおじさんは私のような人間にはとーっても怖い人なんですよ」

 

「ふーん、おじさんすごく優しいのに」

 

膝の土と草も払い、ラピス、という少女は再び走り出した

 

「お姉ちゃん、今のは無しだよ」

 

「当然わかってますよ、5秒数えてあげますから早く逃げなさい」

 

再び再開された追いかけっこを堪能すれば、次はブランコや滑り台、砂場での城作りなど…様々な遊具で子供達と遊んだ

 

日が暮れるまで子供達と遊び続けたイナは、子供達が施設の建物の中へ入っていくのを見守り…ヴェルギリウスの元へと戻って行った

 

「御苦労だった」

 

「戦うより疲れますね、これは…私の体はひとつしかないのですが」

 

「そういう割には楽しんでいたように見えたが?」

 

「まぁ、そうですね、楽しかったです

こんな都市でも、あの子達のような子が懸命に生きている

せめて、大人になるまでは都市の恐ろしい一面に相対しなければ良いのですが」

 

「……」

 

ヴェルギリウスの眉間の皺がより深く刻まれる

 

巣の中でも無い、裏路地の児童養護施設

 

親を失った子供は数え切れないほどいるであろう裏路地で、そんな施設に保護される子供もほんのひと握りなのだろう

 

今日遊んだうちの一体何人が、大人になれるだろうか

 

誰もがイナのように強くはない

 

イナのように恵まれた環境にはいない

 

一生懸命抗っても、救えない命だってある

 

その事を、深く心に刻み付けて

 

イナは燃えるような空を見た

 

「…また適度に来るといい

お前は子供達に相当気に入られたようだからな」

 

「それはボランティアですか?

赤い視線一人では多くの子供達の相手をするのは骨が折れる、と」

 

つい調子の良い煽り文句を口にしてしまった

 

普段から接しているフィクサー達がイナの軽口に付き合ってくれるものだから、赤い視線相手にも同じように挑発してしまった

 

一瞬遅れて焦ったイナの内心を知ってか知らずか、赤い視線は溜息をついて

 

「時給1200眼から考えよう」

 

と言い残した

 

 

 

同日の夜、事務所のデスクの前に広げられた通告書を見て、ナクワは頭を抱えた

 

ツヴァイ協会のフィクサー認定試験から二週間

 

彼女もまた任務失敗の悔しさと、失敗にも関わらず昇級してしまった事実の齟齬に複雑な心境を抱えていた

 

「若いうちからそんなに眉間に皺を寄せていると、歳をとってから大変になるぞ」

 

「代表…」

 

代表と呼ばれた初老の男が、珈琲を淹れたマグカップを彼女のデスクの上に置く

 

「すみません、いただきます」

 

「まぁ、予想外の襲撃があった上に…護衛対象を回収したヴァイオレットカンパニーが金を使って事態を丸め込んだ、この話はそれで終わりにしないとこの先の人生でも疲れてしまうぞ」

 

「そう、なんですけど…代表は、ヴァイオレットカンパニーという組織がどういうものかご存知なのですか?」

 

湯気のたつ珈琲に数回息を吹きかけ、数回口に含んだナクワの純粋な質問に、代表は珈琲を飲む前から苦い顔をした

 

「まぁ…私のような古い時代のフィクサーなら、悪い噂のようにその存在は知っているだろうね」

 

「と言うと?」

 

「ヴァイオレットカンパニーという組織は、主に人材派遣会社として名を馳せているが、その立場は都市の中でも正規のものではない

何処に本社があるかも支部があるかもわからない、所謂裏社会の企業…指達と似たようなものだ

しかも、幾つかの翼と協力関係にあるという話も聞く」

 

「翼と、ですか?それは、ただの裏企業にしては規模が大き過ぎる気がしますね」

 

「そう、噂にしても翼が関与してる時点でその規模の大きさは露呈するはずだが…ナクワ、君が知らなかったようにヴァイオレットカンパニーは決して有名と言うわけではない

故意的にその存在を広がりすぎないように調整されてるんだ

…そして、その会社名に関するように、その会社の代表は悪名高い都市の星だと言われている」

 

「都市の星、ということは…我々フィクサーが討伐すべき対象なのではないのですか?」

 

「そうだ、しかし数十年経って尚ハナ協会でもその居場所を突き止められない

空に浮かぶ雲を捕まえようにも高度が必要で、例えその条件をクリアしても雲は掴んだ瞬間霧散してしまう

それと同じなのだよ

私もかつて、その都市の星の討伐作戦に参加したことがあるが…数年かけて姿を見つけたと思えば、突撃作戦に移行した瞬間跡形もなく消えてしまった

それがいた痕跡、何もかもが」

 

「捕まえられない存在…それが何十年も都市に住み着いて、更には起業までしている、と」

 

「ヴァイオレットカンパニーが関わってきたのは、運が悪かったと飲み込むしかない

君も、怪我が治ったらまた働いてもらわなければいけないんだからね」

 

「はい、それはもちろん

…あ、そうだ、代表にひとつ頼みたいことがあるのですが…」

 

「うん?何かな」

 

「少し気が早いのですが、次の年末に故郷に帰ろうかと思いまして」

 

「故郷…君は確か、K社の巣出身だったか」

 

「はい、父の不始末で祖父に勘当されましたが…私のことは案じてくれているので、久々に会いに行こうかと」

 

「休暇か、それは全然構わないよ

瞬く間に6級まで上り詰めた君の実力は目を見張るものがあるからね

なんならもう少し生意気でも構わんのだがね」

 

「いえ、そんな…」

 

代表と会話をしながら、珈琲を再び口にするナクワ

 

あの戦いの日、自分はエデンと対峙して…結果的に相手が撤退したことで引き分けにはなったが、どちらが勝っていたか、負けていたかは明確であった

 

他のフィクサーは次々殺され、自分は運良く生き残った

 

運も実力のうち、とは言うものの、実力不足を感じずにはいられなかった

 

そして、エデンが撤収する直前の無線でのやり取りに、支部から出てきた人物は職員らしき女性と護衛対象のみだったこと

 

支部に侵入したミカエルといった巨漢が戻るのを待たずして、彼らは支部から去っていったこと

 

事態の安全を確保出来た後、支部内へ救援に向かったツヴァイ協会フィクサー達の証言としては…L社支部職員以外に死体は無く、義体の破片が落ちていたということ

 

どうやったのかはわからず終いだが、イナはミカエルと戦い、勝利したのだろう

 

しかし、あの女性職員により倒され、護衛対象は連行された

 

状況的にそう推測するのが妥当であり、あの女性職員もヴァイオレットカンパニーの手の者なのだろう

 

…そもそも今回の護衛任務自体、L社支部同士の申請の元依頼されたものであった

 

あの女性職員が支部の意向を決定できる立場にあったら…?

 

T社支部の方にもヴァイオレットカンパニーの手の者がいて、S社支部の女性職員と連携して護衛任務というシナリオを用意していたのなら

 

しかし連行が難しくなるような護衛任務をわざわざ依頼する理由は…?

 

…難しくなるものの、執行人と名乗ったエデンの強さは本物であった

 

目的はフィクサー達の殺害?それにしては回りくどい…恐らくは、見せしめ

 

ヴァイオレットカンパニーの代表である都市の星、その討伐を計画する協会への牽制

 

だから同時に、黙らせるかのように賄賂を回して護衛失敗の汚点を隠すことに協力した…借りを作ることで、協会が動きにくいシチュエーションを作り出した

 

そうなれば全て納得できるものだが…なかなかに作り込まれた戦術だと、ナクワは頭痛を鎮めるように息を吐いた

 

あくまでこれは全て彼女の憶測であり、また真実を知る術もない

 

珈琲を飲もうとマグカップに口をつける

 

思考を止めた時、ふと視界に入った

 

デスクの隅、写真立てに飾っている学生時代の集合写真

 

学生時代と言っても、本来彼女も巣の中に居続けられたら未だ学生の身分であっただろう

 

一年ほど前に撮った、学年が変わる前のクラス写真

 

ナクワは当時から人気者で、クラスの中心人物だった

 

そのため彼女は皆に勧められる形で一番目立つ中央に立っている

 

背の高い彼女なりの配慮で中腰に屈まざるを得なかったが、なかなかに辛い姿勢なのを覚えている

 

そして、視線を少しずらせば…中心より離れた、と言うより並んだクラスメイトの中でも端っこに立っている、ぎこちない笑顔を浮かべ棒立ちな少年がいる

 

その少年を眺めながら、ナクワは何度目かの溜息を吐き出した

 

「…彼も、元気にしているだろうか

私のことを…覚えているだろうか」

 

その場にはもう代表も居らず、ナクワの独り言は誰にも聞かれないまま空中で消えてしまった

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