時の流れは瞬く間に過ぎていく
大なり小なりフィクサーとしての依頼を受け、仕事をこなしていくイナは、フィクサーになってから早くも二年が経過しており…
イナにとって大きな出来事となったツヴァイ協会フィクサー認定試験…かつて失敗した護衛任務の際に9級から7級へと昇級したイナだが、現在は積み重ねにより5級フィクサーとなっている
これはかなり早い昇級だと所属するチャールズ事務所の代表もイナを褒めており、これからも精進するようにと彼女に大きく期待を寄せている
…語り部としてなら本来ここは必要ないと切り捨てるところだが…きっと彼女の人生において大きな思い出となる幕間の為、特別に書き残そう
それは、イナが副職として短時間のアルバイトを勤める児童養護施設から帰宅したある日の事であった
××××年4月1日
「俺と結婚してください!!」
「………………はい?」
イナが帰宅すると、リビングで跪き小さな箱を掲げて叫ぶローランの姿があった
素晴らしいタイミングに、イナはドン引きの様子でローランを見下ろし、そんな場面を見られたローランは次第に顔が青ざめていく
「…丁寧にお断りさせていただきます」
「だーっ!違う違う誤解だ!!」
慌てふためくローランの様子に面白さを感じながらも、つまりそういうことなのだろうと察しの良いイナはローランを落ち着かせ話を聞くことにした
「……つまり、アンジェリカにプロポーズをしたいということですね?」
「はい…そういうことです…」
聡明な読者なら冒頭のローランのセリフで即おわかりいただけただろう
そう、ローランはお付き合いしているアンジェリカという女性と結婚したい、故にプロポーズをしようとしているのだ
その練習の最中に帰宅したイナに鉢合わせてしまった、という次第である
「エイプリルフールに合わせて何かの冗談かと思いましたよ
ですが、そういうことなら手を貸さないわけにはいきませんね」
「て、手伝ってくれるのか?」
「もちろんです、ローランとアンジェリカが夫婦になるのは私も賛成です
多少の喧嘩はしてきましたが、基本互いを認め合い仲睦まじくしている二人ならきっとプロポーズも成功しますよ」
「そ、そうか…?そうかな…」
不安げに視線を下げるローランの様子に、普段の1級フィクサーらしい気迫は感じられない
こんなふうに気弱になったのは、アンジェリカへの想いを自覚したあの時以来だった
小さくなったローランの肩を持ち、イナは力強く先導する
「そうと決まれば善は急げです!
明日、プロポーズ出来るようにローランをかっこよくイメチェンさせてみせます!」
「それは心強…ん?明日?」
「ローラン、実務用のスーツとラフな私服くらいしかないじゃないですか
私にはよく服を買ってくれるのに、自分の分はさっぱり
たまには小綺麗にしないと」
「そ、それは…まぁ、形から入るのは大事だよな、うん」
「髪も少し切り揃えましょう、あとは…プロポーズをする場所のセッティングですね
恋人になった際の告白場所が居酒屋だったのは最悪でしたね、今度はキッチリと私が良いレストランをリサーチしておきます」
「ちょ、なんで俺より張り切ってるんだ!」
イナは意気揚々とメモ帳を取り出しては一番新しいページに「ローランプロポーズ大作戦」と書き出した
先程言った正装の仕立てに会場、BGMに二人がいい雰囲気になるような演出まで考えメモに殴り書いていく
次第にプロポーズの域を超えて結婚式のプランまで立て始め、ローランは慌ててイナを止めに入るのだった
××××年4月4日
イナがローランのプロポーズ大作戦に協力し始めて三日
裏路地の中でも雰囲気があるホテルのレストランの予約を取り、新調したスーツに袖を通したローランは五月蝿く脈打つ心臓を鎮める為に深呼吸を繰り返す
ホテルのスタッフにも追加料金を支払いローランのプロポーズ大作戦に協力してもらうよう手筈は整えてある
「いいですかローラン
まずはいつも通り、アンジェリカとディナーデートをして他愛のない話をするんです
車も借りてありますから、スマートにアンジェリカを迎えに行き、レストランでコース料理を楽しみながら雰囲気を作ること」
スタッフの衣装に扮したイナが、ホテルの裏口でローランに指示を繰り出す
身長が小さなイナが着るギャルソン衣装はどこからどう見てもコスプレにしか見えないが、ここで笑ってはイナを怒らせることを知ってるローランは小さく咳払いをして誤魔化した
「おう」
「その後、デザートを終えればローランはテーブルの上に置かれたベルを鳴らしてください
アンジェリカはきっと会計だと思うはず…その意表を突き、私が大きな薔薇の花束を運んできます」
「うんうん」
「アンジェリカが驚き花束を受け取った時に、ローランがアンジェリカの席の横へ移動し、跪いて指輪ケースを開くんです…!
そして、「どうか俺と結婚してください」と言うんです!はい完璧!」
「よし、よし、行ける気がしてきた」
冷や汗が額から流れているローランは震える手を握り締める
恐らくアストルフォやオリヴィエ達とギャンブルをしている時以上に緊迫しているのだろう、人生最大の大博打と言っても過言では無いのだから
そんなローランの汗を、イナは自前のハンカチで拭い取る
「頑張って下さい、ローランなら大丈夫です」
「…おう、ありがとなイナ
本当に、俺だけじゃこんな舞台設定どころか、プロポーズすらできなかったと思う」
「全く、それはプロポーズした後に言ってくださいよ
ほら、もうそろそろ時間です
車は表に停めてあるので使ってください、こちら鍵です」
「よし、それじゃあ行ってくる」
イナが差し出した小さな鍵を受け取ったローランは、裏口から離れ表通りへと進んで行った
そう、イナが考案したプランは完璧である
副業のおかげで懐はかなり余裕があったのもあるが、大切な家族の一大勝負に出し惜しみはしない
スタッフの配置、店内客の選別、店内曲の選曲にコースメニューもアンジェリカの好物を入れてもらいアンジェリカの気分を良く出来るように綿密に計画したのだ
あとはローランが戻ってくるまで最終チェックをしようとイナは髪を纏め上げ、特徴的な眼帯も外した
「無二、貴方は周囲10km圏内の警戒をお願いします」
「わかっておる、唯一の問題点であろう」
そう、イナのプランは現状問題点はない
ただしかし…不明瞭かつ一番の問題点が発生する
それは、アンジェリカの兄であるアルガリアの存在
プロポーズ大作戦のことは当然伝えていない、伝えていればきっとローランを殺しに来る
師であるアルガリアには悪いが、ローランとアンジェリカの婚姻成立するまでは彼に黙っておくことを選んだ
当然、婚姻関係が成立すれば伝えるべき家族であるため伝えはするが…
問題はそうではない
青い残響と呼ばれる特色フィクサーであり尚且つ重度のシス…家族想いなアルガリアのことだ、どこからか可愛い自分の妹へ求婚しようとすることを聞き付けて襲撃してくるかもしれない
アルガリアに探られない為にも一切連絡せず、また急速にプロポーズ日程を決めたのもその為であった
「彼奴の影は覚えておる、僅かでも感知した瞬間このホテルへ攻め入られる…10秒で応戦体制を取れ」
「わかりました、その手筈でお願いします」
レストラン会場内に入ると、厳かなシャンデリアの輝きに目を眩ませる
裏路地でも屈指の高級レストランなだけあり、仕切るのにも莫大な金を支払った
その分、味もスタッフも保証できる
各員と最終調整の会議を終え、時刻は午後7時
スタッフに紛れ他の客へワインを提供しているイナの耳に、新たな入店者の足音が聞こえる
二人の男女は受付を済ませ、奥の静かな席へと案内されていく
ローランのプロポーズ大作戦、開幕である