Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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Virgin roadⅣ

 

××××年6月20日

 

治安の悪い裏路地にも生活圏はあり、繁華街もある

 

中には何かを信じることで苦しい生活を生き抜こうとする者もいる

 

そんな人間が集まるような教会も都市にはいくつか点在しており、管理者に申請すれば貸し切ることもできる

 

その日は幸いにも天候にも恵まれており、イナは卸したての薄紫のドレスの裾を整えながら新郎の控え室をノックする

 

「ローラン、どうですか?入りますよ?」

 

「い、イナ!もう少し待ってくれ、髪型があとちょっと…」

 

ローランの静止を聞かずにイナは控え室の扉を開く

 

扉の向こうには、白いタキシードに身を包んだローランが鏡と向かい合っている

 

「バカ、待てって言っただろ!」

 

「もう本番30分前ですよ!十分かっこいいんですからそれ以上弄ると禿げますよ」

 

「禿げは余計だ、禿げは」

 

ワックスで固められたオールバックのヘアスタイルは普段のローランと印象が違って見える

 

普段は黒い服ばかりなので白いタキシードも新鮮さを感じられる

 

「はぁ〜〜〜…緊張から胃が痛い…」

 

「大丈夫ですよ、ローランが誓いのキスの場面でくしゃみでもしない限りは」

 

そわそわと落ち着かない様子で控え室内を何往復も歩くローランの様子に、イナはため息をついた

 

そんな中、扉からノック音が響き、来訪者の訪れを知らせる

 

「おいローラン、生きてるか?」

 

「様子を見にきたけど、どうやら深刻そうだね」

 

オリヴィエとアストルフォがやって来ては、不安そうに顔を青ざめるローランを見つめた

 

プロポーズの時か、それ以上の情けない様子をからかいながらも二人が来たことでローランも幾分か安心したのか表情が和らぐ

 

それを見て幾分かイナは安堵する

 

…そう、この日はローランとアンジェリカの結婚式であった

 

二ヶ月前にプロポーズを果たしたローランはこの日、アンジェリカと永遠の愛を誓う式を行う

 

二人の晴れ舞台に相応しい晴れの日、ローランが緊張するのも無理はない

 

かくいうイナも少しばかり緊張している

 

年数にして凡そ七年、ローランがイナを拾って共に暮らし初めてからそれほど経つ

 

日常を共に過ごした、家族として

 

何度もその背中を押してきた…そんな父のような存在

 

否、父であるローランが自分の幸せを掴むところなのだ

 

既に婚姻関係は結ばれているとはいえ、結婚式はまた少々異なる重要なイベントとして真剣に挑むべきだ

 

イナにも当然、他の誰にも務まらない彼女だけのミッションがある

 

頭の中で何度もシュミレートし直しながら、イナは時間が来るまでローラン達と会話をする

 

 

 

別の控え室では、純白のドレスを身に纏ったアンジェリカが胸を撫でながら深呼吸を繰り返している

 

ドレッサーの鏡に映るその姿は美しく化粧を施されているも、不安げな表情を浮かべている

 

「浮かない顔をしているねアンジェリカ

やっぱりあの男と結婚するのは嫌?今すぐにでもここから逃げ出そうか」

 

「もう、やめて兄さん

結婚は絶対に辞めません

…けど、不安なのも事実なんです」

 

アンジェリカの艶やかな髪を梳かしながら、アルガリアは優しく問い掛ける

 

そのアルガリアの(半ば本気な)軽口をいなしながら、アンジェリカは両手を握り締める

 

「私に、あの人の妻が務まるのでしょうか」

 

「何馬鹿なことを言ってるんだい、君は君であるだけで素晴らしいんだ

むしろ、あの男の方がアンジェリカに釣り合わない」

 

「…もう、兄さんはいつもそう」

 

「…けどね、アンジェリカ

アンジェリカが選んだのなら、そこに間違いは無いと俺は信じてるよ」

 

アルガリアは手慣れた手つきでアンジェリカの髪を纏めあげる

 

「外郭の研究所からずっと一緒に生きてきたじゃないか

だから俺はアンジェリカを信じている

あの魔女の下に引き取られてからも、共に頑張ってきた

…きっとあの人も、君の晴れ姿を見れば自分の事のように泣いて喜ぶだろう」

 

「…そうですね

あの人達の結婚式を見た頃は、自分がこうなるとは思いもしませんでしたが」

 

アンジェリカは瞼を閉じる

 

昔、フィクサーになったばかりの頃

 

とある魔女の下で出会った先輩フィクサーの女性がいた

 

透き通ったターコイズブルーの瞳はとても印象が強く、自分達の前では微笑みを絶やさない…姉のような、そんな人

 

「せめて今日は、幸せになることだけを考えなさい

俺のアンジェリカ、大丈夫

君は綺麗だ」

 

綺麗に整えられたヘアセット、その上にベールを被せれば今日都市一番に美しい花嫁が完成する

 

瞼を開けたアンジェリカは立ち上がり、振り返ってアルガリアに向き合う

 

「…ありがとう、アルガリア

世界でたった一人の、私の肉親」

 

そして優しくアルガリアを抱き締める

 

「…幸せになるんだよ、アンジェリカ」

 

アルガリアも彼女の姿を崩さないよう気をつけながら抱きしめ返す

 

その時、扉からノック音が響く

 

「花嫁さん、お時間です」

 

式が始まる呼び掛けにより、兄妹は身を引いて見つめ合う

 

そして、花束を持って二人は控え室を後にした

 

 

 

教会のホールへ通じる大扉の前でアンジェリカとアルガリアは並ぶ

 

アンジェリカはアルガリアの腕を掴みながら、その手はやはり微かに震えている

 

(…こんなに怯えるなんて、外郭の研究所以来だな)

 

アルガリアは震えるアンジェリカの手に自身の手を重ねる

 

それに気が付いたアンジェリカがアルガリアを見つめると、彼は慈愛に満ちた眼差しで微笑みかける

 

幼い頃から怯えるアンジェリカに対して安心させる為の、柔らかな微笑み

 

それを見たアンジェリカもまた顔を綻ばせ、緊張は和らぐ

 

「新婦の入場です」

 

マイクから聞こえる司会進行の声にとともに、ホールへの扉が開く

 

挙式の参列者はそれほど多くはないが、仕事でお世話になった人達が集まっておりそこそこの人数がアンジェリカを見つめる

 

その先の聖壇前に、アンジェリカが愛する男は待っていた

 

「行くよ、アンジェリカ」

 

「ええ」

 

二人はバージンロードを歩き出す

 

一歩一歩、二人が歩んできた人生を思い返しながら

 

苦しい思い出ばかりだった

 

痛い記憶ばかりだった

 

けれど、チャールズ事務所に来てからアンジェリカの人生は変わった

 

共に大きな仕事を成し遂げた男は少し情けないところもあるしすぐ周りから自分を隠そうとするけれど

 

心根は優しく、器用なのに不器用なところを支えたいと思ったのだ

 

初めて、家族以外の誰かをこんなにも愛せたのだ

 

男と共に暮らす少女のことも、愛おしく思っている

 

自分達の為に多くの協力をしてくれた少女も家族の一人として、これからの時間を共に過ごそうと

 

「アンジェリカ」

 

ふと、アルガリアが彼女を呼んだ

 

アルガリアと共に歩めるのはここまでであった

 

ここから先の道は

 

「行っておいで」

 

アルガリアに見送られながらアンジェリカは足を踏み出す

 

「行ってきます、兄さん」

 

ここからの道は、愛する男と共に

 

数歩先のローランの腕を掴み、二人は見つめ合う

 

「綺麗だよ、アンジェリカ」

 

「貴方も、とても素敵ですよ、ローラン」

 

二人並んで、聖壇へと登っていく

 

壇上に辿り着けば、神父が静かに言祝ぐ

 

「新郎ローラン、貴方はアンジェリカを妻とし

健やかなる時も、病める時も

喜びの時も、悲しみの時も

富める時も、貧しい時も

これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い…その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

 

「はい、誓います」

 

ローランは神父の言葉に強く答える

 

「新婦アンジェリカ、貴方はローランを夫とし

健やかなる時も、病める時も

喜びの時も、悲しみの時も

富める時も、貧しい時も

これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い…その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

 

「はい、誓います」

 

アンジェリカは神父の言葉に穏やかに答える

 

「両者共に誓いを立てたことをここに認める

新郎新婦に指輪を」

 

その神父の呼び掛けに応じ、舞台横で見守っていたイナがその手に二人分の結婚指輪を抱えて歩いてくる

 

二人の側まで歩み寄り、健やかな笑顔で祝福する

 

「ローラン、アンジェリカ

ご結婚、おめでとうございます」

 

その時のイナは眼帯を外し、スミレとターコイズブルーの瞳を見せている

 

「…」

 

アンジェリカはその瞳の色と微笑みに、いつかの誰かを重ね…

 

「…ありがとうございます、イナ」

 

そのまま、イナから指輪を受け取った

 

両者が互いの指輪を手にし、交互に相手の左薬指に嵌めていく

 

「では、誓の口付けを」

 

アンジェリカはローランがベールを上げやすいように、目を閉じ俯く

 

ローランはベールの両端を摘み、アンジェリカの後頭部へと避ける

 

ベールが取り除かれたことにより互いを隔てるものはもう何も無い

 

ローランとアンジェリカは数秒互いを見つめながら、ゆっくりと唇を重ねた

 

その瞬間、二人を祝福する拍手が会場を包み込む

 

唇を離した二人は参列者席の方を見る

 

事務所の面々を始めとした知り合い、友人達が二人を祝う

 

その拍手は舞台横に控えたアルガリアとイナも勿論鳴り響かせている

 

「綺麗ですね、アンジェリカ」

 

「当然だろう、俺の妹だからね」

 

「本当に…素敵です」

 

アルガリアはイナを見やる

 

その瞳はうっとり、と呼ぶに相応しく頬を染めながら二人を見ている

 

「……いつか君にも訪れる未来かもしれないね」

 

「なっ、なっ…ま、まま、まさか!私はそういうのは考えられません!

…憧れないと言えば、嘘になりますが」

 

「はは、素直じゃないね」

 

「…本当に、私も花嫁になれると思いますか?」

 

先程とは打って変わり、今度は仄暗い影が差したように暗い表情を浮かべるイナ

 

そんなイナの頭を、アルガリアは優しく撫でる

 

「俺は、君の花嫁姿も中々似合うと思うよ」

 

そう、優しく言葉をかけるとイナは照れ臭そうに俯いた

 

「おーい親族のお二人さん!

家族写真撮るぞ〜!」

 

オリヴィエの呼び声に気が付いたイナは慌てて新郎新婦の元へ駆け寄り、アルガリアもゆっくり会場の外へと歩いていく

 

 

 

晴天の下、教会を背景にひとつの椅子が用意されている

 

新婦であるアンジェリカはそこに座り、その隣をローランが、後ろにアルガリアが立つ

 

イナはせっせと足元に花弁を撒き散らし、「映え」というものを意識して見た目を華やかにしている

 

「もうそろそろいいか?この後のパーティーが遅くなっちまう

イナが楽しみにしている料理も冷めちまうぞ」

 

「わ、わかってます!ちょうどこのくらいにしようとしてました!」

 

オリヴィエに急かされ花弁が入った籠を離れた場所に置き、イナはローランの横に立つ

 

「今後絶対に撮ることがないであろうメンツだな」

 

「お前だけが邪魔だけど、主役として仕方なく映るのを許してあげるよ」

 

「こんな時まで口が減らない奴め…」

 

口喧嘩が耐えない二人を諌め、ようやくカメラの画角調整に入る

 

イナは、これまでの人生を振り返る

 

魔女である母により作られ、L社の中で生き、死ぬはずだった彼女

 

アルガリアから名前を貰い、ローランと家族になり、アンジェリカと約束を交わし…

 

七年間、奇跡の連続であった

 

多くの恩人、友人、仲間ができた

 

その奇跡に感謝を込めて

 

「無二」

 

シャッターを切る10秒前

 

イナは小さくその名を呼んだ

 

ターコイズブルーの左目が神経を通して熱くなる

 

無二がイナの命を繋いでくれなければ、今こうして生きてはいない

 

様々な奇跡の大元に、この世界蛇がいる

 

そのことに、感謝を込める

 

「ありがとう」

 

小さな言葉を聞き届けた蛇は、彼女にだけ聞こえる声で囁いた

 

「笑え、イナ

貴様には、笑顔が佳く似合う」

 

イナは、めいっぱいに笑う

 

シャッターの切る音がした

 

 

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