LifeⅠ
覚めない夢を見る
覚めない夢を見る
覚めない、現実を見る
毎日毎日毎日血が流れる
毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日肉が潰れる
毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日脳髄が飛び出る
毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日
___人が、死ぬ
もう嫌という問題じゃない、もうこれ以上見たくもない地獄
だが俺はここにいる
終わらせて欲しい悪夢から逃れられずにいる
少しでもこの苦しみから逃れるように酒と薬に溺れて
緩やかな自殺を図る
何度もやろうとした事だ
何度も実行しようとしていた
それなのに、俺は毎回何かを躊躇う
__何を?
機械の体になる前から何かを期待していた
自分の犠牲で誰かが救われるのなら、こんな苦しみは苦しみのうちに入らないと、そう信じていた
しかし現実は非情で、その「誰か」が助けられるなんてこともなかった
奇跡なんて起きなかった
だからもうこんな人生なんて終わらせてやろうと思った
それなのに、何かが俺の中でありもしない心臓を突き刺すような錯覚に陥らせるんだ
それは呪いの言葉
遠い記憶に眠る、誰かの
貴方は生きてください
絶対、ですよ
擦り切れて、ノイズだらけの中に響く言葉
何度も何度も何度も再生したのに、その記憶だけ鍵が掛けられて閲覧できない
この記憶は、いつかの俺が見たものなのだろうか
俺は自分が知らない間に交換されていて、そのまま引き継がれた秘蔵のデータなのだろうか
パスコードもわからないのに抱え続ける必要も無い
それなのに、その呪いの存在が俺を死から遠ざけようとする
もうやめてくれ、頼むから、眠らせてくれ
そう懇願しようにも誰かから返事が返ってくるわけでもない
スミレ色の双眸が俺を見下ろしている
ああ、あれは正しく魔女だ
全部、お前の掌の上だっていうのか
管理人は思う
「今回こそ」、そう確信していた
記憶を失って何度も繰り返してきたロボトミーコーポレーションの業務
何度も失敗してはやり直して、失敗してやり直して、失敗してやり直して、失敗してやり直して、失敗して失敗して失敗して…
一万年の苦行を記憶と正気を保ったままやり遂げられる人間なんていないように
しかし、それが罰であるかのように
管理人Xは今、やり遂げようとしている
傍らに立つ目を閉じた上級AIは何も言わない
そう、今日の業務を始める前に、彼にはやるべき事
否、話すべきことがある
セフィラ達の問題を解決してきた…向き合ってきた、と言うべきか
自分が犯してきた罪と、彼らが見た絶望を
それでも尚、立ち上がるのなら…
光の種はいつか芽吹くように
…そして、管理人Xは緑の空間に立ち寄った
違和があったんだ、過去の周期で
だが今回は、何か別のものに苦しんでいるようにも見える
…今回も、と言うべきなのだろうが、それがより顕著になっている
きっとどこかの魔女が何かに介入しているのだろうが、アレもまた光の種シナリオを遂行する為に協力している者だ
その為に、これも必要なことなんだろう?
「…正直、俺に褒められたくて来たんじゃないよな?」
安全チーム、そのメインルームは緑に覆われた安穏とした空間だった
その端に、壁に寄りかかりながら一人の男が項垂れている
緑色の長い髪を持つ、安全チームのセフィラ…ネツァク
彼の近くに転がるのはいくつもの缶ビールと…空になった薬の容器
それは、このL社が取り扱うエンケファリンという、エネルギーとはまた違う薬物だった
緑色のそれは数滴零れながらも、一人の人間が摂取するには明らかに致死量に達していた
…いや、認知フィルターでそう見えているだけなんだ
今の彼は人間ではなく機械であり、だとしてもその量は機械の体を破損させるのには十分過ぎる量だった
「こんな時まで黙りか、相変わらず無愛想で無口な奴だな
まぁ、お前に何も期待しちゃいないが…
お前は、今日も明日も何かをやり遂げるだろうさ
本当は大した仕事でもないのに、アンジェラや他のセフィラ達はお前を褒めるだろう
俺の部門でまた事故が起きて、何人かが死んで何人かが狂い、何人かは一生回復できない傷を背負うだろう
その時ホドは俺を慰め、イェソドは俺が守らなかったルールに怒って、マルクトは明日からもっと頑張ろうと発破をかけるだろう」
ネツァクはゆったりと語り出す
その口の端には直飲みしたであろうエンケファリンの蛍光緑が垂れ流れている
「誰も俺のせいだと口にしないが、結局は俺の責任なんだ
毎日それの繰り返しだ…いつも死から始まって、死で終わる」
覚束無い足取りで立ち上がった彼は、幾度か噎せ返し、奥まで侵食しているエンケファリンを吐き出しかける
人が喀血するように、緑色の液体は彼の口から溢れ出す
「…ここにいる職員は皆、定期的に少量の薬物を支給されていることは知ってるか?全てのことに無感覚になるようにしてくれるんだ
考えてみろ、さっきまで同じ飯を食べていた仲間が木っ端微塵になって、その残骸を正気のまま片付けられる人間がどれほどいると思う?」
背後に気配がした
迅速な業務の開始を、そう訴えかけるようなスミレ色の眼差しが管理人に突き刺さる
どこまでも機械的な人間を一瞥する
灰色の髪もスミレ色の瞳も、魔女の子供らしい出で立ちに嫌気が差す
「お前はそんな奴らを責めることができるのか?薬に頼るのは卑怯だとでも言うのか?
皆、それぞれの方法で逃げてるだけなんだよ…大丈夫に見えて、本当は誰一人大丈夫じゃないんだよ」
ネツァクは誰かを思い出すように両手で顔を覆った
一体誰を思い出しているのか、それは管理人にはわからない
「死ねる方法について考えていたんだ
知ってるさ、比喩表現ってやつだ
俺達に死なんて変な話だって知ってるさ
エンケファリンのような薬物類を機械内部に流すと少しずつ腐食するそうだ
それを一瓶丸ごと中に入れたら、機械内部で復旧不可能な損傷を起こすだろうよ
今まで入れたエンケファリンの量より遥かに多く俺の中に入れたのに、
今までこれほど精神が透き通ったことはないな」
再び顔を上げたネツァクは、今までより明らかに顔色が悪いのに
過去一番、とでも言うように穏やかな表情をしている
「もしも再び目が覚めるなら、お前も他のセフィラもアンジェラもいない場所だといいな」
ネツァクの視線が管理人の後ろを見る
その先に立つ人造人間を認知しては、苦笑を浮かべた
「…楽しくはなかったが、もう二度と会わないようにしようぜ」
コギト運用における最重要課題はその使用量だった
Aはその研究を手伝ってくれる人間を探した
志願したのはたった一人だけ
ジェバンニという少年はCが連れてきた人物であり、Cを助けられるかもしれないという期待からコギトの実験に参加した
コギトを投与され続ける毎日、歩くことは愚か立つことすら出来なくなった彼はとうとう眠ることもままならなくなる
そんな実験の初期段階、一人の子供が彼の部屋に迷い込んだ
青緑の髪、ターコイズブルーの瞳
その瞳の色は、かつてL社に存在していたとあるアブノーマリティと酷似しているものだった
子供は彼と僅かな時を共に過ごした
ほんの数十分間、たったそれだけの時間なのに
彼がその後もコギトにより蝕まれ続けて尚、彼の精神を支え続けていた
その記憶はジェバンニがネツァクになった後にも引き継がれている
…そして、その子供とよく似た人間が、目の前にいる
薬に侵食され内部崩壊していくネツァクのカメラが、スミレ色を捉える
(…そうだ、そうだった
今になってようやく思い出せた
パスコードは、お前の名前だった
ほんのわずか、お前が誰かを救う為に駆けたあの日の記憶…お前が死にゆく記録
誰も覚えちゃくれないから、せめて俺だけは忘れたくないと必死に縋った
魔女が与えてくれた奇跡に頼り、今こうして思い出すことが出来た
…レイン、お前がくれた呪いに応えられなくて、ごめんな)
彼の意識は、シャットアウトした