外装を破り、薬に侵された中身が溢れる
セフィラ・コアの暴走により異常をきたしたL社内は、混乱しないよう管理人の的確な指示の元業務が遂行されている
回復リアクターのシステムが異常をきたし、アブノーマリティの作業を終えた職員達のダメージが回復されずにいる中で、部門メインルームにて陣取るネツァクはひたすら胸の内の苦しみを零し続ける
『ここでは誰も安全じゃない…お前は違うと思ったか?』
『望まない死を先延ばしにしたところで、 その先に何がある』
『俺が信じたかったのはお前じゃなかった』
樹木のように伸びた中身に埋もれながら、蛍光色の緑のレンズがカメラ越しに管理人を見る
『すべての罪悪感を捨てろ、 どうせ助けられない仲間だ』
ネツァクのその言葉に肯定することも否定することもなく、多くの職員に指示を繰り出す
「ロイドは引き続き白夜の管理を
カウレスは笑う死体の山、ココは絶望の騎士に祝福を授かるように」
犠牲のない傲慢な計画なんていつか破綻するもの
自分の心に硬く鍵をかけ、自分の身も磨り潰して、いくつも繰り返してきたこと
管理人はただ一つの希望を叶える為に、今そこに立っている
自分がしてきた行いを赦して欲しいとは思っていないし、死んだらきっと今までの
それでも管理人は止まらない、もう停滞したくはない
黄金の瞳は続け様に指示を続けた
「緑の黎明だ、ヴァイオレット
お前の子供一人で事足りるだろう」
「当然さ、管理人
君達のおかげでここまで完成できた僕の最高傑作なら、試練のひとつやふたつ余裕だろう」
「ならいい、頼んだぞ」
スミレの魔女の微笑みにすら目を向けず、管理人はモニターを凝視する
ひとつたりとも見逃さず、失敗は認められない
モニターの向こうでスミレ色の瞳をした一人の職員が、誰よりも速く試練の機械を殲滅している
戦闘能力に特化した殺戮兵器さながらに、生存の為に相手の動きを学習し、最適な動きをする
あの魔女の子供は無数にいるが、周期を重ねれば重ねるほど学習したデータは膨大になり、最新になればなるほど逸脱した強さを誇るようになった
最新作の魔女の子供はその強さにより犠牲が生まれる前に対象を屠り去る
「ね?前に言っただろう管理人
最初は無駄も多く余計に人間を盾にするが、あらゆる戦闘パターンのデータを学んだあの子達に無駄はなくなる
レインシリーズの完成こそこの会社の、この都市の無駄な命の消費を抑えられる
今ならALEPHクラスを二体以上相手にしても我が子が勝つだろう」
「ああ、優秀な人材だ
想定より遥かに被害の拡大を抑えられている」
危険な幻想体達の管理、鎮圧…そのどちらにおいても魔女の子供は卓越した結果を残している
…そう、
都市の病に苦しむ必要すら無くなるのだろう
意識が朦朧としている
俺は何処かから俯瞰しているように朧気な世界を見ている
どうせ今日死ぬか明日死ぬかの命が、恐怖に震えながら…はたまた心を失いながら仕事を続けている
俺には理解できない、納得できない
希望のない世界に生まれちまって、もう生きるのに疲弊しきっているのにも関わらず、どうして生きようとするのか
苦しみの中に藻掻くくらいなら、いっそのこと穏やかに眠りたい
もうこれ以上、誰かが苦しむ様を見ないように
誰かを失わないように
「なぜ…生きたくないのですか
それは、死にたいということですか?」
ふと、そんな声が聞こえた
この声には聞き覚えがあった
しかしそれは誰かが俺に話し掛けているものではなく、俺の記憶から流れているものだった
パスコードにて封じられていた
あの時のお前は、今社内で走り回ってるアレとは違う個体なんだろう
何度もあのスミレ色を見かける度に、アンジェラに見つからないように隠していた記憶が頭の隅で傷みと共に流れてきていた
あの頃のお前は今のアレみたいに機械的で、冷淡で…自分が生き残る為なら誰かの命を使うことに躊躇いのない兵器そのものだった
なのに、俺の生きたくないという切実な願いに疑問をぶつけてきた…だから俺は少しムカついて、意地悪にも疑問を返してしまった
死ねない理由も無ければ生きたい目標も無い
何も無い空っぽなお前が生き続けることと、死ぬことは一体何が違うのかと
鬱陶しいその瞳を見せることがないように、もう疑問を俺に向けないように…そう期待して言った言葉、だったのに
俺の言葉でお前はどんどん変わっていった
食事に関心を向け、娯楽に関心を向け、余計なものと切り捨てられた無駄を次々と拾い上げて
生きる理由を探そうと、必死になって
初めて自分の意思に反して誰かの命によって生き延びた時、子供みたいに泣いて浴びるように酒も飲んで
そうして変わっていったお前はあの日、自分を守る装備すら他人へと施して
他人を守る為に、一人で適うはずもない怪物に立ち向かって…
…ああ、そうだ、俺だ
あの子を殺したのは、俺だ
それなのにも関わらず、俺は
「…ネツァクさん
貴方は生きてください
絶対、ですよ」
あの日見た君の笑顔が、頭の中に蘇る
折り紙を見せて不満そうにする顔も
一日の仕事終わりの一杯に頬を赤くして酔う顔も
在り方を変え他の仲間と親しく話す顔も
誰かを守ろうと戦う姿も
他の周期ではついぞ見れなかった、変わった君はもういない
唯一無二の
お願いだ、お願いだから、もう一度会わせてくれ
終わりの見えない地獄を生き続けるのはもう沢山なんだ
あの日、君ばかり俺に言うだけ言って死んでしまった
俺だって言いたいことが沢山あった
はじめは在り方に気に食わなかったことを
変化に喜ぶ反面苦しめるようになってしまったことを憂いたことを
強く優しく誰かを守る君を誇りに思っていたことを
俺だって、君にありがとうを言いたかった
俺だって、君に生きて欲しかった
君を死にに逝かせたのは俺だ
だからお願いだ、こんな愚かな俺だけど
どうかもう一度、どうか…彼女に会わせてくれ
「あなたはダメ
ここでは死さえも私の許しが必要なの」