Labyrinth of the Violet   作:白波恵

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LifeⅢ

 

強い光に目を覚ます

 

ここは安全部門のメインルーム

 

緑の花のオブジェが特徴的な、ロボトミーコーポレーションの一室

 

「…」

 

意識を取り戻したネツァクはゆっくりと体を起こす

 

ところどころ溶けて破損している体内の部位は火花を散らし、痛みに嫌気を覚える

 

そんな時、メインルームに一人の足音が入ってきた

 

それは、ネツァクにとって嫌いな人物で…

 

金色の瞳を冷たく向ける、管理人だった

 

「…またお前と会ったということは、失敗したということか」

 

ネツァクはぶっきらぼうにそう吐き捨てる

 

痛みを自覚した時点で薄々そんな気がしていたが、管理人を見た事により決定的となった

 

「次は別の新しい方法を探してみるよ

…冗談だよ、だからアンジェラや他のセフィラには言うな

面倒になる」

 

また自殺を試みようと言うネツァクに、管理人は小さく溜息を吐いた

 

他のセフィラ達と違い、自殺を図ったのはネツァクくらいなもので、干渉的なセフィラ達に知られたら面倒臭いことになるのは必然であった

 

だから懇願するように、面倒事を引き起こした張本人は面倒事を嫌うように内密にと言った

 

エンケファリンにより腐食、破損した部位は当分の間治療を受けなければいけないだろう

 

自分がいなくてもアンジェラが余裕で補えるだろうが…やはりどうしても、自分の存在する意味を理解できないネツァクは今後のことを想像するだけで気が滅入りそうだった

 

少しだけ、痛いだろうな

 

少しだけ、苦痛だろうな

 

目を覚ましたくなかった彼は、久しぶりに長く眠れたと口にした

 

そして、眠っている間に聞いた声を思い出す

 

その懐かしいような、聞き慣れない声は死ぬことですら許可が必要だと言った

 

「虚しいことに俺はまた目が覚めた

これからもこの場所は安全ではないだろうよ

それは誰が努力しても叶わないことさ

…ともかく、結論が出たんだ」

 

死にかけた先程より透き通ってはいないが、心がやけに穏やかなネツァクは思い出す

 

もう二度と手放さないと決めた、ずっと昔の人間の記憶を

 

意味もなく誰かを踏み台にしてまで生き続けたその子は、やがて誰かを守って死んでしまった

 

故意でないとはいえその人間が死の運命を辿っていったのは、そう仕向けてしまったのはネツァクであった

 

出会わなければよかった、あんな意地の悪いことを言わなければよかったと後悔がとめどなく押し寄せてくるが、死んでしまった彼女が自分の人生を「よかった」と認めていたのだ

 

それを、ネツァクが否定することなどできない

 

そして…そんな彼女の最期の願いが、自身の生存ではなく…

 

「生きろってことさ

如何に苦痛しかない人生でも、一握りの可能性を求めて手に入れる

お前と、俺を呼んだ声がそう望むなら

仕方ない、気が済むまでやってみるさ」

 

願いも呪いも、祈りから来るもの

 

それはネツァク本人が痛いくらいに解っていた

 

彼女の純粋な祈りを歪めてしまっていた

 

それに苦しんで、でも消え去らないように封じ込めて

 

彼もまた、大切な人を生き返らせたかったのに

 

お互い様だなと、ネツァクは損壊した心の中で小さく笑った

 

「見たところ、お前も俺と似たような状況みたいだな

過去の業に囚われているみたいだ」

 

ネツァクは初めて立ち上がり、管理人を真正面から見据える

 

「俺が変わったんじゃない

お前が、いや管理人がちゃんと見え始めたんだよ」

 

ネツァクの言葉に管理人は一度、小さく頷いた

 

そしてそのまま踵を返し、安全部門メインルームから退室した

 

 

 

後悔が俺にはある

 

後悔だらけだが、それでも一際大きな後悔だ

 

ベッドの上で寝ていた俺に、偉いと言った小さな子供

 

あの言葉で、俺は少しだけ救われた

 

カルメンを助けたい、生き返らせたいという思いで実験に自主参加した

 

毎日毎日苦痛から眠れもしない生活が、認められたような気がしたんだ

 

しかし俺はその子供を助けられなかった

 

あの時、魔女に連れ去られていったあの子の手を微かに動かせた左腕で掴めば、何か変わったのだろうか

 

もしかしたら何も変わらなかったかもしれない

 

それでもきっと、俺は後悔をひとつ抱えずに済んだかもしれない

 

でも…皮肉なことに、あの子の手を握らなかったから、レイン…お前に会えたんだ

 

あの周期のあの日、あの時のレインはお前だけなんだ

 

お前を信じて送り出したのは俺なのに、自分ではない他の誰かを守るために戦うお前を止められなかった

 

人になれたお前の生き様を、生きた証を、俺だけでも覚えていなければ

 

生き続けるという勇気を背負って生きていく責任が、俺にはある

 

その、先が_____.....

 

 

 

「良かったのですか、母様

あのセフィラと結んだ契約…反故になさるおつもりですか?」

 

魔女の子供が母親に質問を投げ掛けた

 

試練やアブノーマリティ達を討伐したエージェントはその強力なE.G.Oを着こなしながらも全身を返り血で染め上げている

 

そんな有様を見兼ねて、魔女ヴィオラは懐から取り出した白いレースがあしらわれたハンカチで子供の頬を拭う

 

「反故なんて、これは必要な工程だよ

社内体感にして約1万年、本当に長かったが…それも今回で終わりだ

終わりが見えたんだ、アンジェラも下手に手を下すこともないし

契約の代償は()()()だからね」

 

「左様でしたか

…あの、ハンカチはしっかりと洗って…」

 

「あぁいいよいいよ、要らない

100年前の生産中止された最後の一品だったけど、飾ってるだけじゃ意味無いしね

それはあげるよ、捨てるも使うも好きにしなさい」

 

子供は魔女のハンカチを握り締めて、頬を染める

 

スミレの香りと血の匂いが混ざり合い、脳に絡み付くよう

 

ヴィオラは子供をその場に残し、アンジェラがいるであろう管理人室へと向かう

 

管理人室に今、管理人はいない

 

いたとしても、内緒話に男は無用なのだ

 

「アーンジェラっ♪」

 

自動ドアの向こう、メインモニターを眺める人型のAIは振り返る

 

「不用心ね、貴方が私に話し掛けるのは…」

 

「大丈夫大丈夫、A達への認識阻害は処理済みだって

改めてお礼をしに来たんだ、ありがとう

()()()を取り戻したおかげでかなり冴えている」

 

魔女は足元に白い触手を召喚する

 

その数は六本、七本の権能のうちの六本がヴィオラの手中にある

 

幾つかの周期の前に、紫の深夜を鎮圧した管理人が白の石版をヴィオラへと献上した

 

「管理人がくれた石版のおかげで、六本目の本体の居場所がわかった

本当に助かったよ

あぁ、試練の方のダミーもちゃんと残してあるから安心してくれ」

 

「そのことについては管理人も了承したこと、今更礼を言われる必要も無いわ

それで、本題は?」

 

冷たく言い放つアンジェラに、魔女は唇を弧に描き笑みを絶やさず言葉を紡ぐ

 

「…あの話、考えてくれた?」

 

「…」

 

「アンジェラ、君には復讐する権利がある

僕は君にその方法を啓示した、あとは君が決断するだけだ

僕は君を買ってるんだ、同じ舞台装置として世界に見放された同士…お節介を焼くのは不思議ではないと思うけれど」

 

それは魔女の契約の誘い

 

スミレの魔女は、契約に基づいて狂気を得る

 

甘い言葉で罠へ誘い込み、美味な餌や甘美な悦楽を与え

 

そして…

 

「…いいわ、その話に乗っかってあげる

貴方の言う通りにすれば、私は自由になれるのよね」

 

やがて最期に、絶望へと叩き落とし

 

その絶望から生まれる「狂気」を糧に魔女は生きる

 

「あぁ…君ならそう言ってくれると信じていたよ」

 

魔女は静かに微笑む

 

シナリオは確実に描き進んでいる

 

 

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