あの後、エンタープライズたちに助けられたチヒロたちは、彼女らの本拠地に連れて行かれた。
「すげぇ……一通り設備が揃ってやがる…」
ヒロキは思わず呟いた。
事実、そこは重桜の母港ほどの規模こそないものの、ひとつの艦隊を編成できるほどの設備が整っていた。
「ここなら安心して過ごせるだろう?」
エンタープライズの言葉を、チヒロは素直に受け取ることはできなかった。
チヒロにはひとつ不安要素があった。だが、それは後でいいと思い、まずはエンタープライズについていくことにした。
一方、綾波はチヒロたちと少し離れた位置で吹雪と話していた。
「ね、あの人が指揮官なんでしょ?どんな人なの?」
「……それがよくわからないのです。ただ、悪い人では無いと思うです」
「え!?ここに来るまで一緒に居たんじゃないの?」
「そうなんですけど、着任初日に重桜を抜けてノープランで出港したり、とにかく無茶苦茶なのです……」
「へー……でもそんなところも面白そうだよね!」
「そ、そうですかね……?」
綾波はいまいち理解できなかった。
そうして二人が話していると、一人の少女が駆け寄ってきた。
「あ!吹雪おかえりー!……って、もしかして綾波ちゃん!?」
「え……響!?どうしてここにいるですか!?」
そこに現れたのは、重桜に所属している駆逐艦・響だった。彼女は数ヶ月前、任務中に行方不明にになっていたのだが……。
「いやぁ、なんか気がついたらこの母港にいてさー。まあ、みんながいるから別に良いんだけどね!」
「……」
あまりにも軽いノリに、綾波は言葉が出なかった。
それを遠巻きに見ていたチヒロは、改めてエンタープライズに声をかけた。
「お前らはユニオンの艦船なのか?」
「いや、私たちはどの陣営にも所属していない。いわゆる無所属だ」
「……」
チヒロは違和感を覚えていた。響はともかくとして、吹雪もエンタープライズも、つい最近までそれぞれの陣営に所属していたはずなのだ。
なのになぜ彼女たちはこんなところで自由に過ごしているのか。そんな疑問をよそにエンタープライズは足を進める。
建物に入り、廊下を進むと、メイド服の女性が現れた。
「お帰りなさいませ、エンタープライズ様。……あら、そちらの方は?」
「ああ、指揮官だ。…いや、まだ確定してはないか」
「なるほど、ではご主人様とお呼びすればよろしいでしょうか?」
「え」
「お初にお目にかかります。メイドのベルファストと申します。以後、よろしくお願い致します」
ベルファストと名乗った女性は深々と頭を下げてきた。
「あ、あぁ……」あまりに丁寧すぎる対応に、チヒロは戸惑いながら返事をした。
「メイドって……。重桜じゃ縁もゆかりもなかったな……」
ヒロキが呟く。
やがて、エンタープライズはある部屋の扉の前で止まった。
「ここだ」
そう言って部屋に入るエンタープライズに続き、チヒロたちも入室する。
するとそこには──
「うわっ……なんだこれ……」
そこには、重桜のよりも広く、豪華な家具が置かれていた。
「ここが執務室だ。ずっと使われていないが、あなたが来るこの日のために掃除をしておいた」
「……」
ヒロキは言葉が出なかった。
「さて、早速だが、何か聞きたいことはあるか?」
チヒロたちに問いかける。
「当たり前だ。状況が全然飲み込めてないからな。まず、ここはどこだ?」
「…そうだな、ここは……鏡面海域の中だ」
「鏡面海域!?まだ出れてねえのかよ!」
ヒロキが驚く。
「まあ、落ち着け。この母港がある場所は安全だ」
「安全?どういうことだ?」
「この鏡面海域は十年以上放置されている。たまにセイレーンが湧いてくることもあるが、大体は私たちで対処できるレベルだ」
「……それだ」
チヒロが口を開く。
「ん?」
「俺が一番聞きたいのはお前らのことだ。鏡面海域に母港を構えて、指揮官もいないまま戦ってる。そんなことできるもんなのか?第一、エンタープライズはユニオンのエースだ。無所属なんてあり得ないだろ」
「それは……」
エンタープライズは少し言い淀んだ。
「当てようか。お前ら……『駒』だろ?」「「!!」」
その言葉に、ヒロキと綾波は驚いた。
駒、それは鏡面海域で時折現れる艦船のコピー体。自分や仲間と同じ顔が敵として立ち塞がる。鏡面海域という名はこのことから名付けられた。
「それなら鏡面海域に母港を構えることができるし、指揮官がいなくても問題なく活動できる。違うか?」
「……正解だ」エンタープライズは静かに答えた。
「今さらお前らが敵だなんて思っていない。こんな状況でわざわざ騙し討ちなんてするメリットがないからな。……だから、なおのこと気になるんだ。なんで俺が指揮官なんだ?」
エンタープライズは少し考えた後、話し始めた。
「約束なんだ……彼女との」
「彼女?」
「……鷹山……ナナハ」
「!」その名前を聞いた瞬間、チヒロの表情が変わった。
「……母さん……!?」
「……やはりな」
エンタープライズは納得したように言った。
「最初に顔を見たときに確信したんだ。その髪と瞳の色、そして角……。あなたがナナハの息子だと」
「ちょっと待て、母さんのことを知ってるのか?」
「ああ、知っている。ここが……彼女の故郷だから」
「……!?」
「ここがいつから鏡面海域だったのかはわからない。私たちが生まれたときにはこの島には誰もいなかったからな。ただ、この母港だけは残っていた。だが、ナナハだけはたびたびこの島にやって来て、私にいろんなことを話してくれた。……この世界のことを」
「……」
チヒロは黙って聞いていた。
「彼女は……とても優しかった。自分の境遇に悲観することなく、いつも笑顔を絶やさなかった。私はそんな彼女が好きだった」
「……」
「最後に会ったのは5年前だ。その時に、彼女は言ったんだ。『もし、この島に私の息子が来たら、その時は、どうかその子を支えてあげてほしい』と」
「……」
「あの時、なぜそんなことを言うのか分からなかったが、今なら分かる気がする。きっと、あなたに会うためだったんだろうな」
エンタープライズはチヒロを見つめる。
「あなたは、ナナハによく似ている。見た目も、性格も。……いや、もしかしたら、中身も似ているのかもしれないな」
「……」
「……私たちはは彼女との約束を果たしたい。だから……私たちに、力を貸させてくれないか?」
エンタープライズは頭を下げる。
「……」チヒロは考え込んだ。
「……分かった」
やがて、彼は決断を下した。
「やってやるよ、指揮官」
「!本当か!」エンタープライズは顔を上げた。
「おい!いいのかよチヒロ!」
ヒロキが叫ぶ。
「あぁ、決めた。俺はここでセイレーンを狩る」
「……しゃあねえ。乗りかかった船だ」
「……」
綾波は何も言わず、チヒロを見ていた。
「そう言えば、あなたも指揮官なのか?」
エンタープライズはヒロキの方を見る。
「俺は指揮官じゃねぇ、整備兵だ」
「でもお前、メンタルキューブの適性あったよな?指揮官やれるぞ」
チヒロが意地悪な笑みを浮かべる。
「うるせぇ、俺は艦船の整備ができればそれでいいんだよ!」
「整備兵か……。なら、明石と話が合いそうだな」
「明石?アイツの駒もいんのかよ…」
「まあ、とにかくよろしく頼む」
エンタープライズが手を差し出す。
「あぁ」
チヒロはその手を握り返した。こうして、重桜の少年は、どの陣営にもつかない『独立軍』の指揮官となった。
続く
チヒロ以外にも指揮官はどんどん出てきます