指揮官として初めての出撃から2日、チヒロは明石からヘッドホンが完成したという知らせを受け、工廠に来ていた。
「どうにゃ?ちゃんと聞こえるかにゃ?」
特注のヘッドホンは、左側は普通の形状だが、右側は刺股のような形状で、チヒロの角を挟み込むようにできていた。
「あぁ、音質に少し差はあるが、これなら支障はないな」
「改善の余地アリと。それならちょくちょくメンテナンスとバージョンアップするにゃ」
「わかった。それで代金の方なんだが……」
「別にいいにゃ」
「……え?」
「こんな絶海の孤島で金なんか大して意味ないにゃ。せいぜいぬいぬいの店で買い物するくらいしか使わないし、それも今ある金で十分足りるにゃ」
「そうか……」
「まあ、どうしてもって言うなら、金の代わりに今度セイレーンの残骸とか持ってきてにゃ。それでチャラにするにゃ」
「ああ、わかったよ」
「ところで指揮官はこのあと何か予定はあるにゃ?」
「あぁ、綾波と一緒にこの母港をブラブラしてみようと思ってるんだが……まだこの辺りのことはよく知らなくてな」
「だったら永瀬も連れて行ってあげて欲しいにゃ」
「うお、いきなり話振るなよ!」
たまたま通りがかったヒロキが突然話を振られ驚く。
「永瀬も暇を持て余しているみたいだし、ちょうどいいと思うにゃ」
「まぁ確かに、俺もあんま外出てなかったからな……」
「案内役は明石が呼んでおくにゃ。じゃあまたにゃ〜」
そういうと明石はそそくさとどこかへ行ってしまった。
それからしばらくして、工廠の前で待っていたチヒロたちのもとに綾波がやってきた。
「お待たせです」
「あぁ……ってなんで吹雪と響までいるんだよ」
綾波と一緒に吹雪と響がいることを指摘するチヒロ。
「ふっふーん!明石に呼ばれて来ました吹雪と……」
「響でーす!」
「あぁ、案内役ってお前らだったのか……」
「綾波と同じ特型の私たちなら綾波も少しはリラックスできるでしょって」
「なるほどね……。それじゃ行くとするか」
「まずはどこ行きたいとかある?」
「あぁ、前にベルファストから聞いた畑を一度見ておきたいな」
「了解!こっちだよ!」
元気よく先頭に立って歩き出す吹雪。
その後ろをついて歩く3人。
「ここが畑だよ!」
しばらく歩いてたどり着いたのは、大きなビニールハウスが並ぶ農場だった。
「すごい数ですね……」
「確かに、これなら肉以外はなんとかなるな……」
「お肉はねー……。魚ならなんとかなるんだけど……」
「肉か……」
チヒロは夕立との約束を思い出す。
「セイレーンの技術ならどうにかできるか…?」
「どうかしたですか?」
「いや、なんでもない」
「それにしても、饅頭までいるんだな。鏡面海域だってのに」
「あぁ、あの饅頭ね、元はナナハさんが連れてきたらしいよ」
「!」
チヒロが目を見開く。
「『人手が足りないなら』って何匹か連れてきて、それが繁殖したのかこんなに増えちゃった」
「母さんが……」
(この母港を発展させて、母さんは何を考えてたんだ……?)
「……まあいい。とりあえず次に行くか」
「じゃあ次は広場に行こう!」
歩き始める5人。すると、向こうから人影が近づいてきた。
「向こうから誰か来るな」
「うわっ!みんな逃げよう!」
突然吹雪と響がチヒロたちの背中を押して走り出した。
「おい!?」
「どうしたんですか急に!!」
「いいから早く!!捕まったら大変だから!!!ほら走って!!!」
3人は訳がわからないまま走らされる。
しかし、吹雪が躓いて転んでしまう。「痛ッ……」
「大丈夫か!?」
「うん、ちょっと擦りむ「うおおおおおおおおおおおお!!!大丈夫か駆逐艦の妹よおおおおおおおおおお!!!」
「うわああああああああああああああああ!!!!???」
青い軍服を着た女性が猛スピードで駆け寄ってきた。
「大丈夫か怪我してないかもし怪我しているなら私が舐めて治してやるぞおおお!!!」
女性は涎を垂らしながら吹雪に抱きつこうとする。
「気色悪りいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
ヒロキは思わずその女性を蹴り飛ばした。
「ぐぼああああああ!!!」
「ハァ……!ハァ……!正当防衛だよな!?」
「た、助かった……」
「なんなんだ、今のは……」
「空母のアーク・ロイヤルさん。すごく強くて頼りになるんだけどね、その……駆逐艦が好きすぎて時々暴走しちゃうんだよね……アハハ」
「……笑えねぇ」
「む、そこにいるのはもしや指揮官閣下ではないか!?」
「うわもう復活した!」
「これは失礼した!私は航空母艦、アーク・ロイヤルだ!よろしく頼む!」
「あ、あぁ……」
チヒロは引きぎみに挨拶する。
「それにしても閣下も駆逐艦に負けず劣らず可愛らしいな……どうだろう?今度私と一緒にお茶でも……」
「アーク・ロイヤル様?駆逐艦に近づくのは禁止でしたよね?」
いつの間にか背後に立っていたベルファストが笑顔で問いかける。
「ひぃっ!」
「少しお話がありますのでこちらへ」
「ま、待ってくれ!まだ妹たちと話してない!」
「ご安心ください。すぐ終わりますから」
「いやああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
そのままズルズルとどこかへ連れていかれるアーク・ロイヤル。
「……おい、チヒロ。アイツお前も範囲内っぽいぞ」
「勘弁してくれぇ……」
「……とりあえず、行くか」
「そうだね……」
「そうですね……」
チヒロたちはその場を後にした。
「ようやく広場に着いたよ!」しばらく歩くと、広い芝生が広がる公園のような場所に出た。
「まあ、ここは来たことあるよな」
「工廠の近くだしな」
「ここはねー、みんなでピクニックとかバーベキューしたりして遊ぶところなんだよ!」
「なるほどな」
「しばらくここでのんびりするか。さっきのアレでどっと疲れた」
「賛成です」
5人が腰を下ろして休んでいると、泣き声が聞こえた。
「うえーーーーーーん!!!」
「今度はなんだ?」
「あれは……」
泣いていたのは小さな女の子たちだった。
「園児?」
「ううん、あの子は睦月ちゃん、卯月ちゃん、三日月ちゃん。あれでも立派なKAN-SENだよ」
「マジかよ……」
「でもいつもはあと一人如月ちゃんがいるんだけど……あっ!」
響が木の上を指差す。そこには木の枝にしがみついて動けない様子の如月の姿があった。
「助けてぇ~~!!」
「あの子、高いところが苦手みたいで……」
「早く行かないと……!」
チヒロは立ち上がって走り出す。
「あ、ちょっと指揮官!」
チヒロは睦月たちの元に駆け寄るが、如月は今にも落ちそうになっていた。
「まずい!」
「あ、危な……!」
「…………あ」
如月はついに耐えきれなくなったのか、手を滑らせて落下してしまった。
「きゃああ!!」
「うおおおおお!!」
チヒロは咄嵯に如月に手を伸ばす。
そしてなんとか受け止めることに成功した。
「ふぅ……」
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます……」
「そうか、良かった」
チヒロは如月の頭を撫でながら微笑む。
「如月~!」
睦月たちが駆け寄ってくる。
「だいじょうぶ!?」
「けがはない?」
「怖かったよぉ……」
「よかったぁ~!」
睦月たちは如月の無事を喜ぶ。
「ありがとうおにいちゃん!……えーっと……あ、しゅきかん!」
「あぁ。もう大丈夫だからな」
「うん!」
「それじゃ、俺たちはそろそろ行くぞ」
「ばいば〜い!」
「またね〜」
「ありがと〜!」
「気をつけて帰れよ」
チヒロは4人に手を振り、再び歩き出した。
その後、チヒロたちは母港を散策し、艦船たちとも交流を深めるのだった。
「今日は楽しかったです」
「そうだね!指揮官はどう?」
「俺もいい気分転換になった。明日からも頑張れる気がするよ」
「また一緒に遊ぼうね!」
「あぁ」
5人は別れてそれぞれの部屋に向かった。
「……ん?」
チヒロは自室の前に誰か立っていることに気づいた。
それは、黒い軍服に身を包んだ長身の女性。
「あら、ようやく来たわね」
その女性はチヒロに気づくと、不敵な笑みを浮かべた。
「……誰だ?」
「私はプリンツ・オイゲン。鉄血の重巡よ」
(鉄血……。そういえばヒロキが鉄血の船が一隻だけいるって言ってたか)
「それで?何の用だ?」
「新しく来た指揮官がどんな子か見に来たのよ。なかなか面白そうな人じゃない」
「そりゃどうも」
「フッ。これからよろしく頼むわ」
オイゲンは不敵に笑うと、そのまま去ろうとする。
「……オイゲン」
チヒロはオイゲンを呼び止める。
「何かしら?」
オイゲンは立ち止まったまま振り返ろうとしない。
「下手な作り笑いはやめとけ」
「……っ」
「これでも、表情から感情を読み取るのは慣れてるんでな」
「……ふぅん、ナナハの息子なだけはあるわね」
オイゲンはそのまま去っていった。
「……さて、寝るか」
チヒロは部屋に入っていった。
その夜。
「……加賀……加賀!」
「ん……」
「起きなさい、加賀!」
「……姉さま?……っ!これは……!」
「えぇ、鏡面海域よ」
「セイレーンか……!」
周りには既に大量のセイレーンが囲んでいた。
「行きましょう、加賀」
「はい、姉さま」
二人はボロボロの艤装を展開し、セイレーンの艦隊に向かっていく。
本当は今回で一航戦加入させるつもりでした