故郷は地球 著/アラン・ビロッツ   作:山田甲八

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第二部 帰還  六 国際平和会議

 それからさらに何年かがたち、東京で国際平和会議が開催されることになった。

 国際平和会議は各国の首脳が集まる一大イベントであり、この星が平和であり、一枚岩であることを象徴するものであった。かつては地球人同士が血を流し合う殺戮がこの星でも行われたが、それは本当に大昔の話で、今では、少なくとも国家間の争いは消滅している。

 私は国際平和会議とは直接の関係はなかったが、一人の地球人としてその重要な会議が懐かしの地、東京で開催されることは知っていた。マスコミも大々的に報道していた。ただ、その会議そのものには格別に大きな関心を抱いてはいなかった。

 もう一つ、この時期、世界を賑わせていたニュースとして航空機や船舶の事故の頻発というものもあった。しかし、私はこのことにもそれほど強い関心を持ってはいなかった。自動車事故は日々発生しているわけだし、乗り物の事故そのものはそれほど珍しい話ではない。

 私は航空機事故が発生する場合、それが連鎖すると言われていること、それが仮説であり、実際には連鎖するという現象はないことも知っていた。

 いずれにしても国際平和会議も乗り物の事故も私にとって重大な関心事となることはないはずであった。

 この両者が密接に結びついていることを知らされるまでは。

 ある日、私は当時の国際科学警察機構のピース長官に呼び出され、科学特捜隊パリ本部の隊長、ミッチェルと共に長官室を訪れた。ミッチェルはアメリカ人であり、家族をニュージャージに残したまま一人パリに赴任していた。身長は二メートル近い大男であり、肌は黒く、立派な口ひげを蓄えている。あまりに口ひげが立派なのでどうやってメンテナンスをしているのか聞いたことがあるが、鏡を見ながらハサミを使って自分でやっているという答えだった。この男は豪快だが手先も器用なのだ。

 ミッチェルと一緒に長官室に入ると応接に座るよう勧められ、並んで座った。対面には長官と次長のコリンズが並んで座った。

 コリンズは何か武道で鍛えたのだろうと思われる頑丈な身体を持っていたが、ピース長官は警察官にしてはやせ細っており、頭髪は後退し、遠近両用の眼鏡を掛けていた。その風貌はおよそ現場向きではなく、腕っぷしの強い悪漢に殴られたら一発でノックアウトさせられそうであった。

 恐らく現場にはほとんど出ることはなく、長い間、官房系で上司のゴマを擦って来たのだろう。ここまで出世できたのも経費削減に努めた結果かもしれない。公務員の出世などどこの国でもそんなものだ。

「やあ、アラン」

 長官は気さくに私に話しかけた。ミッチェルのことは視界に入っていなかったようなので、長官は私に話があってミッチェルと私を呼び出したのだろうと私は考えた。

「これから私が話すことは極秘にしてもらいたい」

 長官が低い声で言った。

「はい」

 私は少し緊張して言った。

「国際平和会議が東京で開催されることは知っているな?」

「はい」

「そして、最近、航空機や船舶の事故が頻発していることも」

「ええ、知っていますがそれが何か?」

 私が逆に質問すると長官は少し間を置いた。

「・・・実は事故にあった航空機や船舶には必ず国際平和会議に出席する代表団が乗っていることが分かったんだ」

「なんですって!」

 私は思わず大きな声を出した。長官が少し沈黙したので私が続けた。

「では、最近、頻発している航空機や船舶の事故は代表団を狙ったものだと?」

「・・・確証があるわけではないがそう考えるほかないだろう」

 長官が低く唸った。ミッチェルと同席の次長はさっきから黙っている。

「それで私に何をしろと?」

 私はもう一度質問した。私をこの席に呼び出し、そんな話をするのは私に何かを命じようとしているのだろう。

「その前に今回のこの事件について我々がどのように考えているかということを話しておこう」

「それは犯人の目星ということですか?」

「そうだ」

 言って長官は軽く咳払いをし、姿勢を正して少し前かがみになり続けた。

「国際科学警察機構としては今回のこの事件、三つの仮説を立てて分析している」

「はい」

「まず一つ目の仮説。どこかの国の、あるいは国際的なテロリストが犯人だということだ。昔に比べて随分と平和にはなったが、政治的な、あるいは宗教的な対立から国際平和会議を面白くないと考えるグループもいるだろう。世界は広いからな」

「それなら科学特捜隊が出てくるまでもないのでは?」

 私は疑問を呈した。人間同士の争いであれば科学特捜隊の出る幕ではない。そもそも人間同士が対立する際、科学特捜隊がどちらか一方に与するというのは科学特捜隊の本来あるべき姿ではない。

「そうだ。だから二つ目の仮説になる。二つ目の仮説は今回の事件が宇宙人の仕業ではないのかということだ。実際にそれを裏付けるような証言も寄せられている」

「証言?」

「事故に遭った航空機や船舶は何か見えない壁のようなものにぶつかったという目撃証言が寄せられているのだ。もちろんそんなことは日常では起こるはずもなく、そんな証言もあてにならないので現場の関係者は黙殺しているが、宇宙人が犯人だとすればあり得ない話ではない。科学特捜隊の出番だ」

「なるほど、それなら科学特捜隊の関与も分かりますが、日本支部に任せておけば良いではないですか。日本支部は数々の怪事件を解決し、優秀です。もちろん日本支部の活躍の裏には、あるいは表にはウルトラマンなる宇宙人の存在があることは否定できませんが」

 私が言うと長官は大きくうなずき、続けた。

「そのとおり。単に宇宙人の仕業ということであれば日本支部に任せておけば良い。それで三つ目の仮説だ。ここにパリ本部が直接この事件に介入しなければならない理由がある。そしてさらにアラン。君を日本に派遣しなければならない理由があるのだ」

「私が日本に?」

 私は少しビックリして聞き返したが、そのときはまだ日本に行ったら秋葉原で遊べるかもしれないくらいにしか考えていなかった。

「そうだ。日本に行って私の代理として直接、日本支部の指揮を執ってもらいたい」

「それでどういう仮説なのでしょうか?」

 既に前かがみだった長官はさらに前かがみになった。

「パリ本部が考えている最悪の事態だ」

「はい」

 長官の眼力に私は一瞬、たじろいだ。

「君はジャミラを知っているね?」

 長官が唐突にジャミラの名前を出した。ジャミラと言われて思いつくのは一人しかいない。それでも長官の頭の中のジャミラと私の考えているジャミラが違っているといけないので一応念を押すことにした。

「宇宙飛行士のですね?」

「そうだ」

 長官は静かに言った。

「X国の」

「そのとおりだ。君はジャミラと親しかったのかな?そういう記録があるが」

 どういう記録か思いもつかなかったが、科学特捜隊員の人事情報ファイルにはどうでも良い情報まで書き込まれているのだろう。もちろん人事ファイルは極秘中の極秘で私が直接目を通すことはできない。

「確かに親しい関係でした。もう何十年も前になります。私はまだ子どもでしたが、彼がフランスに留学していた時、ジャミラは私の家に下宿していましたから」

「親しかったのだね?」

「ジャミラがどうかしたのですか?」

 私は長官の質問の意図が分からず、少しイライラした声で言った。

 ジャミラが事故に遭ったのはもう何十年も前の話だ。

「ジャミラが事故で死んだのは知っているね?」

「はい」

「ジャミラの人間衛星には遭難した時に遭難信号を発する装置が組み込まれていた。無線も電気系統もすべてがダウンしたとしても信号だけを発することのできる装置が」

 それを聞いて私は何十年も前に交わしたジャミラとの会話を思い出した。

「それも聞いています。鉱石ラジオの原理で、無電源で特定の周波数の電波を規則正しく、それこそ何万年でも発することができると当のジャミラ本人から聞いたことがありますが、それが何か?」

「・・・先日、その特定の周波数の電波が大気圏内で確認された」

「・・・・・・」

 私は驚きのあまり言葉を失った。長官が続けた。

「そして、その日以来、原因不明の事故が多発するようになったということだ」

 私は直ちに長官の意図を把握することができなかった。

「どういうことでしょう?」

「三つ目の仮説、パリ本部が考えている最悪の事態はジャミラが帰って来たということだ」

「はあ?しかし、ジャミラは宇宙航行中に人間衛星が爆発し、死亡したのでは?」

 確かにそう報道されていたはずだ。ジャミラの葬式も行われたし、ジャミラは宇宙開発に多大な貢献をしたということによりX国で最高の勲章を受章している。英雄の家族が受け取る勲章、すなわち本人はその英雄的行為によりもうこの世にはいないので家族が受けるしかない勲章をだ。

 それだけではない。私はジャミラの両親にも会い、お悔やみの言葉も言った。墓参りもした。故郷には立派な銅像も立っていた。ジャミラはもうこの世にはいないはずでそのジャミラが今さら帰還するなどということはあり得ない。

「それは表向きだったのだよ」

 長官がかみしめるように言った。

「表向き?」

「人間衛星の爆発などなかったのだ。あれはX国の自作自演だったのだ。第一、それを検証した人は誰もいないのだ」

「なんでまたそんなことを」

「ジャミラの人間衛星は宇宙航行中にトラブルがあり、遭難した。遭難信号を発するまでもなく、ジャミラは本国に救助要請をしたのだ。しかし、ジャミラの救助には莫大な費用が掛かる。技術的には可能だったのだよ。しかし、ジャミラの救助に金を掛けては他に投ずる金がなくなり、国際間の宇宙開発競争に後れを取ってしまう。まだそういうことにしのぎを削っていた時代だったからな。一方、ジャミラの代わりはいくらでもいる。それこそ宇宙飛行士の公募をすれば何万という馬鹿が応募してくる。結果としてX国はジャミラを見捨てたのだ」

 私は長官の言葉を素直に飲み込むことはできなかった。

「しかし、人間衛星は爆発したと、そう報道されていたはずです。ジャミラの葬式も行われたし、ジャミラはX国の宇宙開発に多大な貢献をしたということでX国では最高の名誉勲章を受章しているはずです。大人になってから私はX国に行く機会があって、その時、ジャミラのお墓参りにも行っています。両親にも会い、お悔やみの言葉も申し上げました。両親はジャミラのお蔭で年金がもらえていると言っていました。ジャミラはもうこの世にはいないはずでそのジャミラが今さら帰還するなどあり得ない話です」

 言うと長官は鼻を鳴らした。明らかにイライラしているようであった。

「もう一度言う。それは表向きの話であって真実ではないのだ」

「・・・・・・X国が真実を隠蔽していたということですね?」

 しばらくの沈黙の後、私は静かに言った。

「ようやく理解できたか。そうだ。隠蔽だ。宇宙開発のために救えるはずの命を犠牲にしたとあっては、国内世論はもちろん、国際世論も黙ってはいないだろう。だからX国はすべてを美しい物語に塗り替えたということだ」

「もしそれが事実でジャミラが生きていたとしたら、ジャミラも黙ってはいないでしょうね」

 コリンズ次長が言った。長官が続けた。

「そうだ。ジャミラが生きていて帰還できたなら、自分を見捨てた地球人に報復したいと考えるだろうな」

「しかし、それなら標的はX国であるべきではないですか?なぜ、国際平和会議が標的なのでしょう?」

 私が言った。

「それは分からないが何度かの政変を経て、X国は昔の形ではもう存在していない。だから、この星の代表ということで国際平和会議が狙われているのかもしれない。いずれにせよそういう事情でパリ本部としては君を日本支部に派遣したいということだ。ジャミラの盟友である君をな」

 盟友は大袈裟だが、そういう文脈なら理解できない話ではない。

「分かりました。日本に行ってまいります」

 私は混乱していたが、そう言った。日本は大好きな国であり、行くこと自体はウェルカムだ。もし犯人がジャミラじゃなかったら秋葉原で遊んで帰ろうかと思ったくらいだ。

 実際、ジャミラが生きているなどということはあり得ない。人間衛星の爆発が嘘だったとしても遭難したのはもう何十年も前の話なのだ。生きているはずがない。

 私は今回の主犯が国際テロ組織であり、さっさと日本の公安警察に事件の解決を押し付けて戦線離脱することを夢想した。

「ムラマツを知っているか?」

 長官が唐突に話題を変えた。

 名前は聞いたことがある。きっと会ったこともあるのだろう。しかし、会えば思い出せるかもしれないというレベルだ。ただ良い印象はないからそれほど優秀ではないのだろう。

「名前には聞き覚えがありますが、よくは存じません。ただ武勇伝は聞いたことがあります」

 武勇伝を聞いたことがあるというのは嘘ではなかった。ムラマツが多々良島という怪獣無法地帯でマグラーと名付けられた怪獣を、スーパーガンやスパイダーショットのようなレーザー銃を使わずに倒したという話を聞いたことがあった。飛び道具を使わないということはそれだけ至近距離から攻撃せざるを得ないのであり、そのことが既にムラマツの勇敢さを物語っていた。

「この事件は日本支部のムラマツ班が担当することになる。君が直接、指揮を執れ」

 長官が力強く言った。

「もし三つ目の仮説に該当した場合、私はどうすれば良いのでしょうか?」

「もし、ジャミラが人間の心を失っておらず、交渉が可能であるならば説得してパリ本部まで連れてきてもらいたい。どうやって帰還できたのか聞きたいからな」

「もし交渉が不可能な場合には?」

「その時はまた別に指示する」

「分かりました」

「それと」

 長官は思い出したように付け加えた。

「日本支部には✕✕✕(訳注:活字にすることができない差別的な言葉。以下、✕✕✕にはすべて同じ言葉が入る。)が一人いる。観察すると面白いかもしれないし、君の科学特捜隊での今後のキャリアに役に立つかもしれない」

 言うと長官は隣に座ったコリンズ次長を見てから、ミッチェルを見た。二人に発言を許したような雰囲気だったが、二人が黙ったままだったのでさらに続けた。

「アラン、君を派遣するのは君が日本に留学していたことがあり、日本語がペラペラだというのが表向きの理由だ」

 私は日本語がペラペラなだけではない。短歌だって詠めるし、日本人の心も分かるのだ。

「そして本当の理由は私がジャミラを個人的に知っていて、ジャミラと交渉できるかもしれないからということですね?」

「そうだ。言葉の問題だけならジムやアンヌでも良いような案件だ」

 長官がそう言うとそれまで黙っていた隣のミッチェルが「ジムはともかく、アンヌ・モハインは先日、地底人に拉致監禁されるという大失態をやらかし、現在、謹慎中です」と言った。

「そうだったな。まあ、そのことは今回の件を考えるとむしろ好都合だった。アンヌのような吹替の女優がしゃべっているんじゃないかと思わせるくらい、訛りのない綺麗な日本語を話す隊員を差し置いてアランを派遣するんだからな」

 長官はそう言うと、机の上に置いてあった小さなケースを私に差し出した。

「それからこれを持って行け」

 長官が言った。私はそのケース状のものを手に取った。ケースの表面にはいくつかのボタンがある。一見するとエアコンのリモコンのようだ。

「なんですか、これは?」

 私は長官に聞いた。

「君は今まで使ったことがないだろうが、DNA情報を転送する装置だ」

「DNA情報?」

「そうだ。容疑者に遭遇したとき、容疑者のDNAを採取してこの装置で本部まで転送してもらいたい。これが操作マニュアルだ」

 長官はやはり机の上に置いてあった小冊子を私に渡した。

「転送したDNA情報を本部で分析するのですね?」

 私は念を押した。ジャミラ本人かどうかを確認するということなのだろう。

「そうだ。それこそあっという間に分析できる。ただ、装置の使い方は少し練習した方が良いかもしれない。どんなに動揺していても即座に使えるように。他に何か質問はあるかな?」

 長官が聞いた。

「いや、別にありません」

 私が答えた。

「では、早速出発したまえ」

 長官はそう言うと立ち上がった。長官に促され、私も立ち上がり、「失礼します」と言って長官室を出た。ミッチェルはまだ長官室に残ったままだった。

 その後、三人が何を話し合ったのか私は知らない。これは推測であるが、私が長官室を去った後、三人はこの機密をどうやって保持するかということを話し合っていたのではないかと考えている。

 私はすぐに訪日の準備をし、最も早い民間機でシャルルドゴール空港を飛び立った。

 久し振りの訪日だった。

 

 日本支部は東京の郊外にあった。

 日本支部に到着した私はまずゲストハウスに案内された。

 日本支部のゲストハウスは素晴らしかった。一流のホテルと同等あるいはそれを上回る設備とサービスであった。パリ本部にもゲストハウスはあるがそれは寝台列車の客室のようなあつらえだ。

 ゲストハウスでしばらく待っているとムラマツその人が直接、私を呼びに来て作戦室に来るように言われた。

 私は隊員服に着替えたかったが、あいにくブルーのブレザーを持ってきていなかったのでスーツのまま作戦室に向かった。

 作戦室ではまず、日本支部ムラマツ班の五人のメンバーを紹介された。

 ムラマツと会うのはやはり初めてだったのかもしれない。顔を見ても思い出すものは何もなかった。

 私は一見してムラマツがとても優秀な人物であることを感じ取った。なぜならムラマツは基地の中であるにもかかわらず、パイプをうまそうにくわえていたからである。私が上役ならば即座にムラマツを更迭することだろう。

 パイプをうまそうにくわえながらなお、ムラマツが隊長の地位を失わないのは、ムラマツにパイプをくわえることによるマイナスを補って余りあるだけの力量があるということの証明である。

 もう一つ、私はムラマツのパイプから吐き出される煙から情報システムを守る基地の空調設備にも敬意を持った。

 それから順にハヤタ、アラシ、イデ、フジの四隊員を紹介された。

 ハヤタは見るからに真面目な警察官であり、副隊長格だった。

 アラシは筋骨隆々で体力自慢という印象を受けた。

 イデは日本人にしては背が高く、どことなく明るいムードメーカーという雰囲気を醸し出していた。顔つきも日本人らしさが薄く、ハーフかクォーターのように見えた。

 フジは女性で見た目にも若く、学生と言われても違和感を覚えないほどであった。

 私は長官に言われた✕✕✕はアラシ、イデ、フジのどれかだと思ったのだが、第一印象ではその三人のうちのどれか直ちには分からなかった。それほど✕✕✕はなりを潜めていた。

 

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