故郷は地球 著/アラン・ビロッツ   作:山田甲八

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七 見えないロケット

 私は一同を集め、世界地図の描かれた透明なプレートの前でムラマツ以下隊員達に今回の事件について説明を始めた

「この図で分かる通り、今年に入って起こった空や海の事故は、すべて国際平和会議に出席する各国の代表団の乗った船や航空機なのです」

「ということはムッシュアラン」

 ムラマツが発言した。私は一瞬、耳を疑ったが、確かにムラマツはそう言った。

 私の姓名はアラン・ビロッツである。もちろんアランはファーストネームであり、ビロッツがファミリーネームだ。

 ムッシュは英語のミスターに相当する言葉である。ムッシュはミスターと違ってファーストネームに付けることもできるから「ムッシュアラン」と呼び掛けること自体、文法的には間違いではない。

 しかし、マナー的には大間違いだと言わざるを得ない。

 ムラマツが私にとても親近感を持っていて、私のことをファーストネームで呼びたいというのであれば、それは私にとっても好ましいことではあるかもしれない。しかし、ムラマツと私は初対面であり、さらに私はムラマツの上役なのだ。

 確かに私はパリ本部ではミッチェル班の副隊長格に過ぎない。しかし、私が所属するのはパリ本部であり、アジアの片田舎にある日本支部の隊長と比べれば私の方がはるかに格上である。実際、私はピース長官から直接、日本支部の指揮を執るようにと言われてきているのだ。

 ここは明らかに「ムッシュビロッツ」と呼びかける場面であった。私をファーストネームで呼ぶのは酒でも飲んで双方が打ち解けてからで、その席ですら私の了解なしにはできないことだ。

「今度、東京で開かれる国際平和会議を妨害しようとするやつの」

 ムラマツが続けたが、私は心のもやもやが晴れなかった。それともムラマツはファーストネームとファミリーネームの区別もつかないほど愚かなのだろうか。もっともムラマツは精密機器の並ぶ基地の中でパイプをくわえるほど非常識な男だ。

 もし、今が非常時でなければ私はムラマツの胸ぐらをつかみ、その非常識な言動を慎むようたしなめていたことだろう。

 私は「おい」と叫びたくなる気持ちを抑えて説明を続けた。

「ウィー。パリの本部でも事態を重要と考え、私を日本に派遣したのです」

 私が言うと一同は各々小さくうなずいた。

「畜生。全世界の代表が集まるというのに一体どこの国だ。隠れてこそこそ妨害しようとしている卑怯な国は」

 イデが言った。

「待ってください。それは地球上の国とは限りません」

 言って私は少し後悔した。イデが言っているのはパリ本部の一つ目の仮説だ。通常の人間なら国際テロと考えるのが常識で、わざわざ二つ目の仮説に誘導することはないのだ。

 もちろんそれなら一般の警察が担当で科学特捜隊の出る幕ではないという反論に会うかもしれないがそれに対する言い訳はなんとでもできる。

「それでは地球の平和を妨害しようとする別の星の宇宙人」

 ムラマツが言った。私はそれには明確な回答をしなかった。

 ちょうどその時、警視庁から入電があった。老人と子供をひき逃げした車が国道一号線を逃走中、何かにぶつかって大破したというものだった。

 単なるひき逃げ、逃走事件であれば一般の警察が担当であるが、追跡した警察官の証言によると車は何か見えない壁のようなものにぶつかったようだとのことであった。そのため、科学特捜隊にも連絡があったのだ。

 私は一連の航空機事故、船舶事故においても見えない壁にぶつかったとの証言があり、その証言が黙殺されていたことを思い出した。

 私は次の日、追跡した警察官を連れて現場検証をすることとし、ムラマツに命じた。

 私はゲストハウスに戻り、パリ本部に報告をしてからベッドに横たわった。しかし、なかなか寝付かれなかった。

 

 翌日、ムラマツ、ハヤタ、アラシ、昨日の事件を追跡した警察官、そして私の五人は専用車に乗って現場に向かった。イデとフジは基地で待機となった。

「見えない壁?そんな馬鹿な」

 現場に向かう専用車のリアシートで助手席に座る警察官の証言を聞いたハヤタが言った。ハヤタはムラマツと私に挟まれて座り、アラシはハンドルを握っている。

「いや、本当なんです。確かに見えない壁か何か」

 警察官が言った。私はそれを聞いてパリ本部で長官から言われたことを彼らに説明しなければならないと思った。

「ムッシュムラマツ。これは今、全世界を震撼させている事件と関係あるかもしれません」

 リアシートの左側に座った私は、右側に座ったムラマツに言った。

「というと?」とムラマツ。

「今までにパリの本部に来た資料によれば沈められた船も墜落した航空機も、すべてみんな壁みたいなものに衝突したと考えるほかないのです」

 真剣な眼差しで私の話を聞いていたハヤタがムラマツの方を向いた。

「見えない壁か」

 ムラマツがつぶやいた。

 そのうち専用車は事故現場に到着した。事故現場は市街地からは大きく離れた場所にあり、国道一号線を外れた空き地だった。

「あっ、あそこが昨夜の事故現場です」

 警察官が言った。

「よし、徐行しろ」

 ムラマツが言い、アラシは専用車を減速させた。

 次の瞬間、専用車は何かにぶつかったような激しい衝撃を受けた。もし、あのまま減速せずに進んだら専用車は大破していたかもしれない。

 アラシはアクセルを踏んでいたが専用車は前には進まなかった。

「どうした。故障か?」とムラマツ。

「おかしいんです。エンジンに故障はないのに進みません」とハンドルを握るアラシ。

「何?」

「まるで前に壁かなんかあるみたい」

 そうするうちに不気味な電子音が聞こえてきた。隊員の誰もが危険を察知していた。

「危ない」

 ハヤタが叫んだ。五人は慌てて専用車を放棄し、外に出て、全力で専用車から離れた。

 次の瞬間、専用車が爆発し、ロケットのようなものが上昇する気配を感じた。ロケットそのものは見えなかったが、噴射の炎は見えた。

「ロケットだ」とハヤタ。

「見えないロケットだ」とアラシ。

 ムラマツは胸につけている流星型トランスミッションアンドレシーバーのアンテナを立てた。

「ムラマツから本部。ムラマツから本部。見えないロケットに注意せよ。東京上空を警戒せよ」

 それからムラマツはあちこちに連絡し、人を集め、現場検証に取り掛かった。

 一方、見えないロケットの追跡を留守番のイデとフジに命じた。イデとフジは速やかにジェットビートルを出動させ、レーダーで探知し、見えないロケットを追いかけて、マルス133で攻撃したが取り逃がしたとの報告を受けた。

 現場検証の結果、見えないロケットはこの空き地を駐機場代わりに使っている可能性が高いことが分かった。ここは国際平和会議の会場からそれほど遠くないところにある。

 基地に帰還後、ムラマツは隊員達と今後の作戦を練るというのでこれを任せ、私はゲストハウスに戻ってパリ本部に報告し、指示を受けた。

 

 ゲストハウスでパリ本部から送られてきた資料を分析していると、私の部屋をムラマツが尋ねてきた。

「ムッシュアラン」

 ムラマツがまたファーストネームで私を呼んだ。私はムッとしたが、私の気持ちはムラマツには伝わらないようで、私の気持ちには構わずムラマツが続けた。

「見えないロケットは機体を高速で振動させることによって見えなくなっていると考えられる。さっき隊員達と検証もした」

 こいつはですます調で話すこともできないのか。私はそう思ったが非常時なので我慢し、普通に受け答えをすることにした。

「どうするのだ。何かアイデアがあるのか?」

 私はムッとした表情で言った。しかし、私の不機嫌さはムラマツには伝わらないようだった。

「今、イデに見えないロケットを見えるようにする方法を検討してもらっている」

 ムラマツがそう言ったので私は驚いた。

「イデに?彼は科学者なのか?」

 確かに日本には一ノ谷博士や岩本博士のような優秀な頭脳がいる。しかし、イデはどうみても三十前である。こんな若造に見えないロケットを見えるようにすることなどできるとは思えない。

「科学者というより発明狂だ。マルス133も彼が作ったのだ」

 それを聞いて私はある種の納得をした。✕✕✕とはイデのことだったのだ。マルス133を開発した隊員の存在は聞かされていたが、それがイデであることは知らなかった。

「イデが優秀なのは分かったが、猶予はない。国際平和会議はもう始まるのだ。いつまでに見えないロケットは見えるようになるのだ」

 私は不機嫌に言った。今から不眠不休で、百人体制で取り組んでも一年以上はかかると思われた。

「早ければ明朝にでも」

 ムラマツがあたり前のように言った。聞いた私はもう一度ビックリした。

「明朝?明日の朝ということか?」

「そうだ」

「いや、いくら彼が天才でもそれは無理だろう。時間がなさ過ぎる」

 私は言ったがムラマツは表情を変えなかった

「彼は天才を越えている。これまで飛び級を重ね、あの若さで工学博士号を持っているのだ。ここは彼の実力を信じましょう。では明朝、また来ます」

 ムラマツはそう言うと「失礼します」ということもなく、ゲストハウスの私の部屋を出て行った。

 

 次の日、駐機場に呼び出された私は隊員達と共に整列し、ムラマツと対峙することになった。ここでも私はなぜ、ムラマツの側ではなく、隊員の側に並ばせられるのか理解できなかった。本来ならば私がムラマツ以下隊員たちに対峙し、訓示の一つでも述べるべき場面であった。

「では、出発する」

 そんな私の気持ちは無視するようにムラマツが隊員達を前に号令をかける。

「一号機にはスペクトルアルファ線とスペクトルベータ線、二号機にはスペクトルガンマ線がそれぞれ積み込まれている・・・」

 そこまで言うとムラマツは少し沈黙した。

「イデ、・・・おい、イデ・・・」

 なんと、イデは立ったまま居眠りをしていたのである。

 私は日本に留学したこともあるから、もちろん日本を研究してきた。日本あるいは日本人に関する本もたくさん読んでいる。その中の一冊、ルース・ベネディクトの「菊と刀」という本に、日本人は立ったままはおろか、歩きながらでも眠ることができる民族だと書いてあったことを思い出した。

「イデさん!」

 イデの左隣に立っていたフジが呼びかけ、イデを起こそうと左肩を叩いた。

「・・・はっ、はっ、なんですか・・・」

 イデがようやく目覚めた。右隣に立っているアラシがムラマツの方を指さす。

「なんですかじゃない。これから出発だというのに何を寝ぼけておるんだ」

 ムラマツが叱責した。

「スミマセン。夕べ徹夜したもんでつい」

「○○な(早口過ぎてムラマツの言葉が聞き取れなかった)やつだ。お前から一応、三つの新兵器について説明してくれ」

 ムラマツがイデに命じた。

「はい。では説明します。スペクトルアルファ線は光の屈折を自由に変えることができるもの、スペクトルベータ線は光の色彩吸収力を破壊するもの、そしてスペクトルガンマ線は光の反射速度にある種の制限を加えるものです」

 ムラマツはあたり前のようにイデを叱責していたが、私はこのとき、ある種の驚きを持ってイデの話を聞いていた。たった一晩で、しかもたった一人でこれだけの装置を作ってみせたのだ。私はイデが✕✕✕と呼ばれていることが分かるような気がした。とてもではないが常人ではない。

 メンバーは二組に分かれた。ビートル一号機にはムラマツ、イデ、フジそして私が、二号機にはハヤタとアラシが搭乗し基地を飛び立った。

 見えないロケットは国際平和会議の会場周辺をさまよっており、その居場所はレーダーが探知していたので発見はたやすい。

 イデは「スペクトルアルファ線発射」と叫ぶと一号機から見えない円盤が飛んでいると思われる方向に向かってスペクトルアルファ線を発射し、次いで「スペクトルベータ線発射」と叫ぶとスペクトルベータ線をその方向に向かって発射し、無線マイクに向かって「スペクトルガンマ線発射」と叫んだ。

 次の瞬間、スペクトルガンマ線が二号機から発射された。スペクトルガンマ線はなかなか目標に命中しなかったが、次の瞬間、スペクトルアルファ線、スペクトルベータ線、スペクトルガンマ線の三つの光が一つの目標に結束した。

 見えないロケットが姿を現し、イデが歓喜の声で「見えないロケットが見えた」と叫んだ。

 見えないロケットはしばらく同じ場所にホバリング状態でとどまっていた。

「攻撃開始!」

 ムラマツが無線に向かって叫び、まず一号機からレーザーが発射され、二号機からもレーザーが発射された。しかし、レーザービームは見えないロケットには当たらず、地面を焦がすだけだった。

 これに関しては私も文句は言えない。科学特捜隊は、所詮は警察組織であり、軍隊ではない。所属する隊員も軍人ではない。なるほど、それ相応の訓練は受けている。だから、ジェット機を操り、レーザービームを放ち、ミサイルを撃ち込むことは、そこら辺を歩いている人よりは上手だろうが、熟練しているとも言い難い。

 しかも、科学特捜隊員はそれぞれが陸、海、空の武器を操らなければならない。それだけではない。軍隊では決して扱うことのないベルシダーという名の地底戦車まで隊員たちは操縦するのだ。

 レーザーの第一撃が当たらないと見るや、見えないロケットはその場を離れた。

「撃て!・・・撃て!」

 ムラマツが興奮して叫ぶ。この男はその心意気だけは警察官を離れ、軍人の域に達しているのかもしれない。

「逃がすな。撃て!」

 ムラマツが無線マイクに向かって二号機に指示を出す。

「了解」

 ハヤタと思われる冷めた声がスピーカーから聞こえた。

 二機のビートルは見えないロケットを追撃するがやはりレーザービームは当たらない。

 そのうち、見えないロケットも反撃し、光線が放たれたがこれもビートルには当たらなかった。やはりどんなに射撃の名手でもマッハで動く物体に命中させることは難しい。鳥を散弾銃で撃ち落とすことすら簡単ではないのだから。

 そのうちビートルの発したレーザービームが見えないロケットに命中した。見えないロケットはそれでもそれだけで爆発することはなく、フラフラしながら山中へと降下していった。そして地上に激突し、大爆発を起こした。科学特捜隊はついに見えないロケットを撃ち落としたのだった。

 

 日本支部の五人のメンバーと私は見えないロケットが墜落した森の中を探索していた。

 見えないロケットが降下を始めてから地上に激突し、大爆発を起こすまでに相応の時間があったことから、搭乗者が脱出することは可能だったと考えられた。そして、その搭乗者が誰かを確認することこそが私に与えられた最大の任務だった。

 得体の知れない宇宙人であればその場で爆殺してしまえば良い。しかし、そうでなかったら・・・。私の気は重かった。

 東京も西の方は山岳地帯である。その深い森の中を日本支部の五人と私は火器を抱えながら進んだ。時折、鳥の不気味な鳴き声が聞こえる。

 しばらく進むとウーという、うめくような声が聞こえ、山の谷間から白く巨大な身体が現れた。

「あっ、あれは何だ」

 ムラマツが指をさして叫ぶ。

「やっぱりジャミラ」

 その巨体を見た私は思わず叫んでいた。確かにジャミラだった。巨大化しており、身体が変形し、肩がせりあがって頭と一体化してしまっていたが、確かにその巨体はジャミラだった。フランス警察本部の道場で乱取りしたジャミラその人だった。私には分かった。

「なんだって?」

 ムラマツが聞き返した。

「ジャミラ、お前は・・・」

 私は茫然とその場に立ち尽くした。動くことも考えることもできなかった。頭の中にはジャミラと過ごしたパリでの思い出が現れては消えていった。

 ジャミラは言葉を発することができなかった。獣のように鳴くことしかできなかった。

 重火器を持った日本支部の隊員はジャミラ攻撃のため、ジャミラに向かって走っていった。それを視認したのだろう、ジャミラは逃走をはかる。しかし、ジャミラはよたよたしており、かつて青畳の上で見せたような俊敏さはなかった。久し振りの地球の重力に耐えかねているようだった。

「撃て!」

 ムラマツの声が山中に響く。ハヤタの肩からマシンガンが火を噴いた。

 丸腰のジャミラは逃げるが何発かが命中した。ジャミラはなおも逃げる。

 私は依然として身動き一つできずにいた。そんな私に気付いたフジが心配そうに私のところに寄って来た。

 フジはジャミラ攻撃に直接、参加していないようだった。恐らく、ムラマツから連絡要員として後方で待機するよう命じられたのだろう。

「ムッシュアラン。どうしたの?」

 もし私の心が平常であったならばその場でフジを撃ち殺していたかもしれない。フジは私をファーストネームで呼んだばかりでなく、友達のように、あるいは子どもに対するかのように話しかけたのだ。本来ならば「ムッシュビロッツ。どうかなさいましたか?」と話しかけるべきだったのだ。

 しかし、その瞬間はあまりの衝撃にフジに顔を向けることさえできずにいた。私の目はただただジャミラを追いかけた。

「アラン」

 フジはもう一度、友達のように私に呼び掛けた。

 イデは前方で何かを叫びながらマルス133を撃ちまくっていた。私の目には怪獣化したジャミラよりもイデの方がよっぽど怪獣に見えた。

 ジャミラはそのうち振り返ると我々に向かって火を噴いた。彼は長年の過酷な生活の中でこんなこともできるようになっていたのだ。

 隊員が一瞬怯む。

「怯むな。撃て撃て」

 ムラマツはさかんに隊員たちを煽った。

 そのうち、ジャミラの姿は見えなくなった。どこかに隠れたようだった。

 

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