私は強いショックを受けていたがなんとか気を取り直し、隊員たちに気付かれないようにジャミラの足跡からジャミラのDNAを採取し、パリ本部を発つ前に預かった携帯情報転送装置でパリ本部にそのDNAデータを送った。
結果を待つまでもなかった。私には分かった。彼がジャミラその人であることを。そして、今、私はパリ本部が想定していた最悪の事態と向き合っていることを。
パリ本部からはすぐに無線が入った。あまりにも反応が早く、既にパリ本部はこの事態を知っていたのではないかと思ったくらいである。
「アラン応答せよ」
「こちらアラン」
私は周りに日本支部の隊員がいないことを確認してからトランスミッションアンドレシーバーに答えた。
「ピースだ」
言われなくても声だけで分かった。しかもミッチェルではなく、長官自ら無線を操るということは最悪の結果を伝えるということだ。長官が続けた。
「DNA検査の結果が出た。結果はあの生命体はジャミラか百パーセントジャミラと同じDNAをもった生命体だということだ」
結果は分っていた。だからだろう私は冷静だった。それでも一つ大きなため息をついてから長官の無線に応えた。
「了解しました。それでどうしますか。ジャミラと交渉はとてもできそうもありませんが」
ジャミラと交渉できないのは明らかだった。ジャミラは火を噴き、盟友であるはずの私を攻撃してきたのだ。完全に怪獣化してしまっていた。
「パリ本部からの指示を伝える。ジャミラの正体を明かすことなく、宇宙から来た一匹の怪獣として葬り去れ」
「何ですって?」
私にジャミラを殺めろというのか。私は絶句した。
「聞き取れなかったか?ではもう一度言う。ジャミラの正体を明かすことなく、宇宙から来た一匹の怪獣として葬り去れ」
長官の声は冷たく、冷静だった。
「私の手で、ジャミラの友人であるこの私の手でジャミラを葬り去れと?」
「それが国際平和会議を成功させるただ一つの道だ」
「・・・他に方法はないのですか?ジャミラは人間じゃありませんか?」
「他に方法はない。ジャミラは既に人間ではない。一匹の宇宙怪獣だ」
「だがしかし」
「これは命令だ。通信終了」
そう言って無線は一方的に切れた。
もう死んだと思っていたはずの親友との再会は言い表せないほど悲しいものだった。
私はしばらくその場に呆然と立ち尽くし、身動きすることができなかった。
そのうち日が暮れ、辺りは暗くなり、空には満天の星が光り輝き始めたが、ジャミラの探索は続けられた。
科学特捜隊はここで野営をすることになった。臨時の作戦室が作られ、いくつかの照明が隊員たちの顔を前からあるいは後ろから照らしていた。
「この美しい星空なのに、一体どこの星から来たのかしら。どうして国際平和会議を妨害しようとするのかしら」
五人のメンバーと円陣を組み、明日の方針を協議しているとフジがポツリと言った。
「ムッシュアラン」
紙巻きたばこをふかしていたムラマツが言った。
さすがに野外行動にパイプを持っては来ないだろうとは思ったが。この男はポケットに紙巻きたばこをしのばせていたのだ。そんなにもニコチンが切れるとこの男は生きていけないのだろうか。
しかし、「吸っていいですか?」の一言もなく、当たり前のように紙巻きたばこに火をつけるムラマツに飛び掛かる元気はもはや私にはなかった。
「さっき、あなたはあの怪獣を見た時、ジャミラと言いましたね?ジャミラとは一体なんなのですか?」
ムラマツのしゃべり口がですます調に変わっていたのには感心した。ようやく私の方が上役であることに気が付いたようだ。
ジャミラはパリ本部の最重要機密事項だ。たとえ日本支部の隊員とはいえ、それをペラペラとしゃべることは躊躇する。
「あ~っ、ムッシュムラマツ。パリの本部で予測していた最悪の事態になりました」
私は何とかごまかせないか次の言葉を探した。
「というと」
ムラマツが次を促す。
「ムッシュアラン。もうここまで来たんです。あいつの正体を教えてください」
ハヤタが立ち上がり、そう言った。
この男は副隊長格で、日本支部のメンバーの中で一番まともかと思っていたが、やはり上役である私のことをファーストネームで呼んだ。
それを聞いて私はある意味どうでも良くなった。こいつらに自分との格の違いを教えてやらなければならないという気分になってきた。
私が日本に派遣されたのは、表向きは私が、日本語がペラペラであり、日本支部のメンバーとコミュニケーションが容易に図れるというものだったが、実際は違う。
パリの本部でも一部の人間しか知らないような機密任務を負ってきているのだ。
それをばらすのは今のタイミングしかない。彼らも全員が日本人とはいえ、科学特捜隊の隊員、機密の意味も、それを守らなければならない重要性も理解できるだろう。
私は決心した。
「諸君、あれは怪獣ではありません。・・・あれは、いや彼は我々と同じ人間なのです」
一同が驚いた。
「そっ、それは」
ムラマツは何か言おうとしたが、結局、何も言えなかった。
「昔、地球上で国家間の宇宙開発競争が繰り広げられていた頃の話です。ある国の打ち上げた人間衛星がついに帰ってこないという事件がありました。その国は人間衛星が爆発し、搭乗員は死亡したと発表しました。それがジャミラでした。ジャミラは祖国の宇宙開発に貢献した英雄としてあがめられ、勲章も与えられました。しかし、死んでなどいなかったのです。人間衛星は遭難しました。そしてジャミラは母国に救助を要請したのです。しかし、救助には莫大な金がかかる。結果として、母国はジャミラを見捨てました」
聞いた隊員たちはしばらく口をつぐんでいたが、そのうちムラマツが口を開いた。
「そうか、そしてそのジャミラの乗ったロケットは宇宙を漂流しているうちに、どこかの星に流れ着いた」
ムラマツは立ち上がり続けた。
「しかし、その星には地球のような水も空気もない。だがジャミラはどうにかして生き延びた。しかし、その星の異常な気候風土の中で生きているうちにあんな姿に変わってしまったというわけか」
私も立ち上がった。
「そうです。恐らく彼は何十年かかって自分の乗って来たロケットを作り替えたのでしょう。そして地球に帰って来たのです。地球の全人類に対する恨みと呪いの心だけを持って」
「俺やめた」
私が言い終わらないうちにイデが叫んだ。
「どうしたんだ、イデ」
イデの右隣に座っていたアラシが声を掛ける。マルス133を持ったままイデが立ち上がった。
「俺やめた。ジャミラと戦うのやめた」
「何を言ってるんだ」
アラシも立ち上がり、イデの両腕を掴む。
「離せよ!離せよ!」
イデが荒々しくアラシの腕を振り払う。
「よく考えてみりゃジャミラ、俺達の先輩じゃないか。その人と戦えるか?」
「しかしなあ」
アラシがたしなめる。
「おいアラシ。俺達だってなあ、俺達だってなあ、いつジャミラと同じ運命になるか知れないんだぞ」
言ってイデは手に持っていたマルス133を地面に叩きつけた。
「何をするんだ」
アラシがさらにたしなめた。イデは下を向いた。
「くそ~、俺がこんなものを考え出さなければ良かったんだ」
イデが下を向いたままつぶやいた。
「そうすりゃ、ジャミラは、ジャミラは」
イデはブツブツとつぶやいていた。
そんなイデのつぶやきを聞きながら隊員たちは茫然としていた。
「諸君!」
そんな隊員達を見ながら私は改めて呼びかけた。
「改めて科学特捜隊パリ本部からの命令を伝える。ジャミラの正体を明かすことなく、秘密裏に葬り去れ。宇宙から来た一匹の怪獣として葬り去れ。それが国際平和会議を成功させるただ一つの道だ」
私がそう言うと、いつの間にかしゃがみこんだイデの傍にフジが寄ってきて声を掛けていた。そのうちムラマツもイデの傍に立ち、その肩に手を置いた。
「イデ。お前の気持ちは分かるがジャミラは今や人類の敵になってしまってるんだ。・・・なっ」
できればムラマツには同じ言葉をイデではなく私に掛けてほしかった。イデよりもこの非情な命令を発しなければならない私の方がはるかに傷ついているのだ。
次の瞬間、イデは立ち上がると大声で「バカヤロー」と叫んでいた。
それからパリ本部とも協議しつつ、ジャミラ宿滅作戦が検討された。検討の結果、現場は国際平和会議の会場に近く、レーザーやミサイルの使用はできないとの意見が強く出された。
結果として火攻め、火攻めが功を奏さない場合には水攻めという方針が決定され、国際平和会議の会場周辺に巨大な火炎放射器と降雨弾が配備された。
夜が明け、再び、ジャミラは国際平和会議場の近くに現れた。ジャミラは会議場の方に向かってくる。会議場もろとも壊滅させようとしているようだった。
すぐに会議場前に配置された火炎放射器が火を噴く。しかし、大型火炎放射器のすさまじい炎にもジャミラはビクともしなかった。
ここで想定外の事態が起きた。ジャミラが前進を諦め、迂回を始めたのだ。火炎放射器が功を奏さない場合には、間を開けて後方に控える高射砲から人工降雨弾が発射される予定だった。ところがジャミラはこれを回避するかのように退却を始めた。
これは私の推測であるが、ジャミラは火炎放射器の後方に降雨弾が控えているのを察知し、前進を断念したのではないか。
ジャミラが方向を変えたのは予想外だった。ジャミラが変えた方角には民家が点在しており、そこには低いレベルの警報しか発せられていなかった。
直ちに科学特捜隊は一般警察と共に住民の避難誘導に従事したが、逃げ遅れた住民が何人もいた。
科学特捜隊が住民の避難に気を取られている隙にジャミラは会議場に迫る。科学特捜隊はすぐに体勢を立て直し、ジャミラに向け降雨弾を放った。
降雨弾はただ弾の中にこめられた水を撒き散らすものではない。大気を刺激し、大気中の水蒸気を集め、人口の雲を作り、人口の雨を降らせるのである。
水攻めにするには例えば消防車のポンプなどを使って汲み上げた水を浴びせるという方法もあるにはある。しかし、これでは四十メートルはあろうかと思われるジャミラの頭上には届かない。
結局、水攻めとしては降雨弾により人口の雨を降らせるのが最も効率的なのであり、高射砲はジャミラの頭上めがけて降雨弾を放った。
降雨弾がジャミラの頭上で炸裂し、たちまち人工の雨がジャミラに降り注いだ。
ジャミラは苦しみ、会議場の前でのたうち回った。私は思わず、心の中で「ジャミラ、頑張れ!」と叫んでいた。
ジャミラは既に瀕死の状態だったが、なんとか立ち上がり、再び会議場の方に向かって歩いて行った。
すると次の瞬間、森の中が光り輝いたかと思うと、空から巨人が降って来た。話には聞いていたウルトラマンだった。私が実物を見るのはこれが初めてだった。
ウルトラマンはジャミラに体当たりし、ジャミラは崩れ落ちた。しかし、すぐに立ち上がると、次の体当たりをジャミラはかわし、寝技に持ち込んだ。柔道の元ヨーロッパチャンピオン、ジャミラは寝技の名手だった。
ジャミラはウルトラマンの上に乗り、マウントポジンションを取った。ジャミラがウルトラマンの首を絞める。その姿に私は既視感を覚えた。
それは昔、パリで見た柔道世界選手権の決勝戦だった。ジャミラは日本人選手の上にかぶさり、襟をつかみ、十字締めで苦しめていた。その光景が甦ったのだ。
ウルトラマンがどれだけの超能力者かは知らないが、少なくとも肉弾戦では互角なように見えた。
私はもう一度、心の中で「ジャミラ、頑張れ!」と叫んでいた。
両者はしばらく寝技で戦っていたが、地力に勝るウルトラマンが首を絞められたまま立ち上がった。柔道なら審判から「待て!」の掛け声がかかり、試合が一時中断するところだが、審判はいない。そのままの体制で二者の戦いは続行された。
立ち技に戻ったジャミラはもう一度、得意の寝技に持ち込もうとしたが、ウルトラマンは足蹴りでジャミラを弾き飛ばした。
再び立ち技に戻り、ジャミラとウルトラマンの間に距離ができる。ジャミラの正面に立ったウルトラマンは両掌を垂直に合わせると、掌から勢いよく水が噴出した。水は容赦なくジャミラに襲い掛かる。既に瀕死の状態だったジャミラはあっという間に崩れて行き、会議場の前に飾られていた万国旗と共に崩れ落ちた。
しばらくのたうち回っていたが、ほどなく絶命した。赤ん坊のような泣き声がいつまでも耳にこびりついて離れなかった。
ウルトラマンがその手で直接、地球人を殺害したのは後にも先にもこの時の一回だけだったのではないだろうか。
私はなぜウルトラマンが人類に味方するのか分からない。
かつてアメリカではやったスペースオペラ「スーパーマン」は人類ではなく、アメリカの国益のために戦っている。それは、スーパーマンが移民国家アメリカにやって来た数多くの移民の一人に過ぎないからだ。しかし、ウルトラマンは地球上では平時、どのような生活を送っているのかも分からない。
あるいはウルトラマンの支配する宇宙では宇宙の秩序というものが存在していて、ウルトラマンはそれを守る宇宙の警察官を自認しているのかもしれない。だからその秩序に矛盾しない人類に味方しているのかもしれない。
しかし、この戦いは地球人同士の戦いだったのであり、ウルトラマンは干渉するべきではなかった。残念ながらウルトラマンはジャミラが人間だったことを知らなかったのだろう。
対ジャミラ戦が終了した後、ムラマツの発案で科学特捜隊は葬式の真似事のようなものをやった。国際平和会議の会場近くに急造の墓碑が立てられ、隊員たちが集まってジャミラの冥福を祈った。
「ジャミラ。許してくれ。だけど良いだろう。こうして地球の土になれるんだから。お前の故郷、地球の土だよ」
ムラマツはそんな弔辞めいたことをつぶやいたが、私はムラマツが何を言いたいのか理解できなかった。
結局、それは葬式の真似事に過ぎず、墓碑もペットが死んだときに庭に立てられる手作りの墓と大差なかった。劇団の小道具係が作るような代物だった。
会場には次々と会議の出席者が集まって来ていた。イデだけがいつまでも墓碑の近くに立ち尽くしていた。
ジャミラは科学特捜隊パリ本部の決定通り、宇宙から来た一匹の怪獣として葬り去られた。
何日かが経って、国際平和会議も無事に終わり、私もフランスに帰ることになった。
ムラマツは律儀にも国際空港まで私を見送りに来た。
「ムッシュアラン、お元気で」
国際空港の出発ターミナルでムラマツは私にそう言い、右手を差し出した。
私は最後に一言言ってやらなければという気分になっていた。
「ムッシュムラマツ」
私はムラマツのそのニコチン臭い手を握ったまま言った。
「今回のジャミラの事件は絶対的な機密事項です。ジャミラが人間であったことが外に漏れることのないよう、厳重に情報管理をお願いします」
結局、私はムラマツのその不躾な言動をたしなめることはできなかった。
「分かっています。隊員にも厳しく言って聞かせます」
ムラマツはそう言って握った手に力を込めた。
ただ、その時、私の頭の中は機密保持のことではなく、それとはまた別のことが渦巻いていた。
私は日本での任務を終え、パリ本部に帰任した。しかし、私には一仕事を終えた充実感はなく、虚しさばかりが心の中に渦巻いていた。
ミッチェルに帰任を報告すると、ミッチェルに伴われ、長官室を訪問した。
ピース長官は私の顔を見るとニッコリと微笑み、上機嫌に私を部屋に招き入れたが、出発前のようにミッチェルや私に席を勧めることはなく、自分の席に座ったままで、立ち上がって握手を求めるということもしなかった。次長のコリンズは長官の傍に召使いのように立っていた。
「命令どおり、宇宙から来た一匹の怪獣としてジャミラを葬り去りました」
私は直立不動のまま長官に報告した。
「君の活躍は既に日本支部からも報告を受けているよ」
私は長官がそういうのを聞いて少しムッとした。私は活躍などしていない。かつての盟友をこの手で抹殺しただけだ。
「私の活躍ではありません。ウルトラマンの活躍の間違いでは」
私は自嘲して言った。
「間違いなく君の活躍だよ。確かにウルトラマンは登場し、水芸を披露したが、それはやつの死期を数分早めたに過ぎない。奴は君が直接指揮した降雨弾攻撃に耐えられず、早晩、絶命していただろう」
「ジャミラです!」
私は長官に向かって叫んだ。コリンズの表情が一瞬こわばった。ミッチェルの表情は私の視界からは見えなかったが、恐らくコリンズと同じような表情を見せていただろう。私は続けた。
「奴じゃない。彼にはジャミラというれっきとした地球人としての名前があるのです」
「名前などない!一匹の宇宙怪獣だ!」
それまでニコニコしていた長官が急に真顔になり怒鳴った。こっちの方が長官の本心だったのだろう。しかし、次の瞬間には長官は再び微笑んでいた。
「君は疲れている。少し休みたまえ」
長官はそう言うと机の上の書類に目を落とし、それとなく退室を促した。
私はしばらく長官を睨み付けたが、そのうちミッチェルが私の肩を叩き、退室を促した。ミッチェルと目を合わせると彼はうんうんと頷いていた。
ミッチェルと私は「失礼します」と言って一礼し、長官室を後にした。長官は下を向いたままだった。
作戦室に戻ると私はミッチェルから二週間の休暇を命じられた。