故郷は地球 著/アラン・ビロッツ   作:山田甲八

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九 除隊

 二週間後、休暇明けの私を待っていたのはミッチェルの転勤及びミッチェルの後任が決まるまでの間、私が科学特捜隊パリ本部隊長代行として指揮を執るという人事の発表だった。ミッチェルは国際科学警察機構ワシントン支部の次長に転出することになった。

 下部組織である科学特捜隊パリ本部隊長と上部組織である国際科学警察機構ワシントン支部次長では後者の方が格上なので栄転ではある。またミッチェルは元々家族の待つ母国に戻りたがっていたので人事そのものには違和感は覚えなかった。

 異動を前にミッチェルは私を柔道に誘った。パリの思い出に稽古をつけて欲しいというのだ。私に異論があろうはずはなく、私は二人の都合のつく時間を見つけ、道場のあるフランス警察パリ第〇〇分署に出かけて行った。

 パリ第〇〇分署には立派な道場があり、そこは私が少年時代、ジャミラに稽古をつけてもらった思い出の場所だ。幸い同署の警務部に知り合いがいたので事情を話し、使わせてもらった。

 ミッチェルと私は柔道着に着替え、ストレッチなど準備運動を入念に行った。まだ日の高い時間であり、道場には二人しかいない。

 二人は青畳の上で向かい合い、立って一礼した。

「た~っ!」

 二人がどちらともなく声を掛ける。そして組み付いた。

 私は小さい方ではないがミッチェルは二メートル近い大男であり、傍から見れば大人と子どものようだ。しかし、キャリアは私の方がはるかに上であり、私はがっちり引手と吊手をつかんだままミッチェルが技を掛けてくるのを待った。しかしミッチェルは技を掛けず、むしろ口を開いた。

「今日こんなことをしたのはお前に聞いてもらいたいことがあったからだ」

「・・・・・・」

 私はミッチェルの突然の告白に驚き、ミッチェルを凝視した。

「ここなら盗聴器もないし、監視も入っては来られないからな。傍目には柔道をやっているようにしか見えない」

「聞いてもらいたいこと?」

「上層部はお前を日本に派遣する前から既にジャミラの正体を知っていたのだ」

「何?」

 ミッチェルは大外刈りを掛けようと私を崩しにかかったが、技は荒く、私は軽くこれをかわした。

「長官はこの前、お前のことを上機嫌に迎えたが、本当はハラワタが煮えくり返っていたのだ。このミッションは失敗だったのだ」

「失敗ですと?私は命令どおりジャミラを宇宙怪獣として葬ったはずですが」

 ミッチェルは、今度は払い腰を掛けようとしたが、私はこれも軽くかわした。ミッチェルの息が荒くなってきた。一方、私の呼吸はまったく乱れていない。

「上層部はお前がジャミラを連れて帰ってくることを期待していたのだ。そして何十年も宇宙空間で生き延びたジャミラの生命力、見えないロケットの技術、それらのものをこれからの生命科学や宇宙開発に活かしたいと、そう思っていたのだ。しかし、それはできなかった。ジャミラはただ暴れ回るだけの怪獣になってしまっていた。だからお前にジャミラの抹殺を命じるよりほかなかったのだ」

 もう一度、ミッチェルは払い腰に入ろうとするが私は巧みにかわした。

「上層部はこの失敗を隠蔽するために秘密を知る者を異動させている。私を異動させたのもそうだが、お前を私の後任に据えるのは直接監視下に置くためだ。そして落ち着いたらどこかの閑職に飛ばすのだろう」

 ミッチェルはもうフラフラだった。可哀想になった私はミッチェルの身体を一度押してから全力で引き寄せ、背負い投げを掛けてみせた。

 ミッチェルの巨体がきれいに宙を舞い、青畳にドスンと落ちた。

 一本を取られたミッチェルはなお饒舌だった。

「私達はもう科学特捜隊員としての任務を終えたのかもしれない。完全に果たし終えたのだ。黙っていれば美味しいポストが与えられ、特に仕事らしい仕事もなく、それでいて十分な収入を保証され、のんびり過ごせるのだろう」

 聞いた私はミッチェルの道着から手を離した。

 ミッチェルは激しい息づかいのまま立ち上がり、私と向き合い、一礼した。

 数日後、ミッチェルは母国へと異動していった。

 

 それからしばらく私は隊長代行として科学特捜隊パリ本部の指揮を執っていた。しかし、今思えば、それはミッチェルが言ったとおり、私を同じくパリに本部を持つ国際科学警察機構の監視下に置くための措置に過ぎなかったのだろう。

 半年もたつと宇宙怪獣による国際平和会議妨害事件も人々の記憶から薄れていくはずであった。しかし、薄れはしなかった。それはこの頃からネットを中心にある噂が流れ始めたからである。

 順番としてはどれが最初だったのかもはや分からないのであるが、私の認識している時系列に立つと、まず某国の柔道の選手だか、審判だかが国際平和会議場の前庭で繰り広げられたウルトラマンと宇宙怪獣の肉弾戦を見て柔道ヨーロッパチャンピオンのジャミラを思い出したと述べたといった話が最初だった。

 ある人はヨーロッパ選手権に出場した柔道家の話として噂し、またある人はジャミラの試合をさばいた審判から聞いた話として噂した。

 次にX国から、ジャミラの事故は実は嘘で、それを隠蔽するためにジャミラには名誉勲章が与えられ、両親は年金でのうのうと暮らし、御殿のような家に住み、召使いを雇っているという噂が流れ始めた。御殿のような家や召使いはまるで嘘なのでこれはまさしく都市伝説に過ぎなかった。

 さらにこれは日本発ということになるが、科学特捜隊日本支部のメンバーが、例の宇宙怪獣が宇宙飛行士のジャミラであることを知っており、宿滅後、国際平和会議の会場となった建物近くに墓まで作ったとの噂が流れ始めた。その噂が流れ始めた頃、日本支部は慌ててジャミラの墓を撤去したようで、元あった場所にその墓はもうないのであるが、写真に写り込んでいる画像がネットに流れ、噂の信憑性を高めていた。ネットの中には墓があった場所に、かつてそこに何かがあったことを示すくぼみのアップ画像が流れたりしていた。

 極めつけは、日本のあるテレビ局が都市伝説の特集番組でジャミラの噂を取り上げたことだった。この番組の中で司会者は「信じるか信じないかはあなた次第です」と力強く語っていた。

 いつしか国際平和会議を妨害した宇宙怪獣の名は「ジャミラ」と呼称されるようになり、それまで、他の怪獣たちと異なり、あえて宇宙怪獣303号と番号で登録されていた国際科学警察機構の公式レジストリにもジャミラで登録すべきとの意見が多数を占めるようになっていた。

 当事国のX国はこの動きに抵抗を見せなかった。私は当時、抵抗するとかえって隠蔽を剥がされるとの判断があったのではないかと考えていたが、真実はまた別のところにあった。X国の報道官は祖国の英雄ジャミラの名を後世に残すために同意したとのコメントを発表した。

 宇宙怪獣の名は正式にジャミラとなった。

 こうしてジャミラは正式に本名で呼ばれるようになったのだが、それは世間がジャミラの事実を認めたのではなく、得体の知れない宇宙怪獣を名付けるにあたりジャミラにあやかったのに過ぎなかった。事実、この星の良識の多くはあの宇宙怪獣が本当にジャミラその人であるとは思ってはいなかった。

 それは冷静にならなくとも理解できることである。第一に、ジャミラは何年も前に死亡している。宇宙空間でそんなにも長い期間生きていられるはずはない。第二に、国際平和会議の会場に現れたジャミラは、人間と呼ぶにはあまりにも巨大過ぎた。どんな突然変異があったにせよ、現代の生物学ではあの巨大化を説明することは不可能である。そして何より、X国も他の国際機関も都市伝説に関わらず、宇宙怪獣ジャミラと人間ジャミラとの同一性を認めていなかった。

 

 それからさらに何年かが経過し、人々がジャミラの都市伝説にも飽き始めた頃、国際科学警察機構はもう大丈夫だろうと判断したのか、私を科学特捜隊パリ本部隊長代行から国際科学警察機構パリ本部主任監察官に栄転させた。

 監察官は国際科学警察機構及びその下部組織に勤務する職員の非行を監督するポジションであり、その地位は高いもののハッキリ言って閑職である。国際科学警察機構のメンバーたるもの、それだけ品行方正な者が多いということである。

 私が主任監察官に異動したのは定期人事異動の時だった。私の他にも異動するメンバーがいて、私の隣の席にはX国から派遣されてきたミハエル・パノフという男が座った。

 私はこのパノフという男が気に入らなかった。それは多分にX国の人間だということが原因だったのだろう。しかし、そんな私の心を知ってか知らずか、異動してきたその日に私はこの男に飲みに誘われた。

 国際科学警察機構の入る建物の中には食堂などの厚生施設もあり、小さなショットバーもある。職員限定なので酒を酌み交わしながら機密事項に属する話もできる。

「アランと呼んでも良いか?」

 カウンター席に座り、飲み物を注文するとパノフは軽い口調で言った。

「・・・ご自由に」

 私は冷たく言った。事実、私はこの男と酒を酌み交わすことが愉快ではなかった。しかし、パノフは笑顔で続けた。

「俺のことはミーシャと呼んでもらって構わない」

 言ったがその言葉を私は無視した。

「何か話があるのだろう?」

 私は不機嫌な声で言った。パノフは不敵に微笑んだ。

「ジャミラの話だ」

「ジャミラの話?」

「ジャミラの件、もう許してはもらえないだろうか?」

 私は話の筋が分からず、首を捻った。

「許す?誰を、何を許すというのだ?」

「ジャミラの件、お前は憤っているのだろう?何に対して、誰に対して憤っているのかは俺には分からない。国際科学警察機構に対してか、ピース長官に対してか、あるいはX国に対してか、ジャミラを見捨てたことを怒っているのか、あるいは隠蔽工作を怒っているのか」

「・・・・・・」

「もう良いではないか。ジャミラの事故があってからもう何十年もたっている。国際平和会議の事件からも数年がたっている。多くの人がそのことを忘れ、過去のこととして今の生活を送っているのだ」

 聞いて私は首を振った。

「・・・許すことはできない。何年たってもだ。ジャミラは私の親友だったんだ。その親友が無残にも殺されたんだ」

「しかし、実際に殺したのはお前だ」

 それまで上機嫌だったパノフは突然私を睨んで言った。

「・・・そうだ。ジャミラを直接、殺したのは私だ。私がやったことは、一人の人間であるジャミラを降雨弾で攻撃し、死に至らしめた私の行為は特別公務員暴行陵虐罪の構成要件に該当する。だから日本政府は私を逮捕し、起訴すれば良い。逮捕状が出れば私は喜んで出頭する。まだ時効ではないはずだ」

 私もパノフを睨み付けて言うとしばらく私を睨んでいたパノフは軽く微笑んだ。

「だからそういうことはやめにしようというのだ。関係者はみんなジャミラの件は過去のこととして幸せに暮らしている。ジャミラが遭難した時の関係者の多くはもう年金生活に入っている。ジャミラのご両親もだ。墓の中に入っている者も少なくない。お前はその墓を掘り返して、死体に鞭打つというのか?」

「許せないものは許せない」

 私はそう言ってオンザロックを一気に飲み干すとショットバーを後にした。

 確かにパノフの言うとおりかもしれない。このまま何もしなければ誰も不幸にはならない。私はこのままジャミラとのことを墓場まで持って行かなければならないのだろうかと考え始めていた。

 

 しかし、運命というのは不思議なもので、私が主任監察官に異動した数日後、このジャミラ事件は劇的な展開を見せる。

 国際科学警察機構に長年君臨してきたスイス人のピース長官が死亡したのだ。

 死因は脳溢血による病死だったが、それは突然の出来事で事故死と言えるレベルのものであった。長官は執務中に突然倒れ、二度と目を覚まさなかった。

 そして、長官の死から一ヶ月くらいが経過し、報告があるといって私の部下の一人が私のところにやって来た。その部下は長官の死後、長官の周辺にある奇妙な出来事を調査していた。その調査結果を見て私は驚いた。長官の懐にX国の中央銀行から少なくない金が振り込まれていたのである。

 私はさらに詳細に調査するよう部下に命じ、フランス検察庁の特別捜査部ともコンタクトを取った。

 しかし、その翌日、パノフが私の前に立ちふさがった。

「アラン、話がある」

 パノフはそう言って監察官室の中の面接ブースに私を誘導した。ブースの中で二人は向かいあった。

「長官の件だが、俺が担当することになった」

「何?」

 私はパノフを睨み付けた。

「これは首席監察官の決定なのだ。悪く思わないでくれ」

「闇に葬るつもりか?」

「結果的にそうなるだろう。長官がX国を脅していたのか、X国が長官に忖度していたのか、今は分からない。しかし、懲戒処分にするべき長官はもうこの世にいないのだから書類を整理して終了ということになる」

「公表すべきだ。ジャミラの件も含めて」

「ジャミラ事件と関係性があるかまでは分からない」

「それ以外に考えられない。長官はジャミラ事件の真相を知っていた。X国はこれを隠蔽したかった。そこに金の授受が生まれた。十分じゃないか」

「それは仮説だ。それにジャミラ事件の証拠はすべて散逸している。証明はできないよ」

「なぜ国際科学警察機構はそこまでしてX国をかばうんだ?」

「なぜって、それはX国が国際科学警察機構の大切な資金提供者だからさ。国際科学警察機構に限った話じゃない。国際機関はどこも似たようなものさ。ユニセフや国連難民高等弁務官事務所ですらそうだ」

 私はジャミラのことは墓場まで持って行かなければならないかもしれないと考え始めていたが、長官が黒幕だったのであれば話は別だ。中央銀行が直接、関与しているというのであれば国家ぐるみの隠蔽工作なのだろう。公表しなければならないと思った。

 しかし、公表するためにはもう私は国際科学警察機構にはいられないだろう。

 私は国際科学警察機構を去ることを決心し、翌年の定期人事異動を待った。

 

 長官の不正は闇から闇に葬られたようで、同じ監察官室の中にいる私にさえ、その結果がどうなったのかを知ることはできなかった。

 私は次の定期異動までは猫をかぶることとし、退屈に監察官室での一年を過ごし、一年後に晴れてフランス警察本部に戻る辞令をもらった。

 フランス警察本部に戻るといってもパリからパリへの異動であり、両方のオフィスもそれ程離れてはいなかったので転勤という感覚も薄いものであった。

 私が最終日に荷物をまとめて執務室を出て行こうとすると、隣の席のパノフが握手を求めてきた。しかし、私はその手を握ることはなかった。最後までこの男を好きになることはできなかった。

「最後にもう一つだけ教えてやろう」

 右手をひっこめたパノフは静かに言った。

「まだ何かあるのか?」

「以前、ジャミラのレジストコードを303号からジャミラに変更したとき、X国は反対しなかったよな?」

「ああ。覚えているよ」

「X国はジャミラの名を残したいというようなことを言っていたが、あれは嘘だったのだ。本当はX国の中に宇宙怪獣303号をついうっかりジャミラと呼んでしまう輩が何人もいて、それならいっそのことジャミラを公式コードにした方が良いという話になったのだ。ちょうどその話が出ていた頃だったのでこれ幸いと乗ったのだな」

「X国ではジャミラのことは周知の事実だったと?」

「知っている人は知っていたということだ」

 言ってパノフはニヤリと笑った。

 私はそのまま何も言わずパノフに背を向け、その場を去った。

 

 フランス警察本部に戻った私は本部長付となった。本部長付とはどこかの署長クラスのポストが空くまでの待機ポストであり、特に仕事はなかった。私はこの自由な時間を利用してジャミラ事件の真相を公表する準備を始めていた。

 手始めに私は旧知で△△△△紙のA記者に会った。

 かつてX国特派員だったA記者は、その後、地方勤務やその他の国の特派員としての海外勤務も経験していたが、この頃はパリの本社勤務に戻っていたので時々顔を合わせては酒を飲んだりしていた。

 パリにある行きつけの小さな居酒屋で私はA記者にジャミラ事件の真相を語った。A記者は驚くこともせず、冷静に、真剣に私の話を聞いていた。

「で、どうしたいのだ?」と一通り話を聞き終えたA記者。

「世間にこの事実を公表したいです」と私。

「しかし、内容が膨大過ぎて事件記事として紙面を飾ることは不可能だ。週刊誌や月刊誌の記事にするにもボリュームがあり過ぎる」

「ではどうすれば良いですか?私は専門家のアドバイスをもらいたいのです」

 私が言うとA記者は少し考えていたが、やがて口を開いた。

「手記を書いたらいいんじゃないか」

「手記?」

「あるいはルポと言っても良い。要するに単行本を出すんだ。そして、アランがこういうセンセーショナルな本を出したという記事なら新聞にも出せる。内容によってはうちの新聞社からその本を出すことだってできるだろう」

「分かりました。それならすぐに執筆にとりかかりましょう」

「原稿ができたら読ませてくれ。それから今後のことを考える」

 A記者は笑顔で言った。私は正直、うれしかった。これまで胸の内に秘めたものを白日の下にさらけ出すことができるのだ。犯罪を自白する犯人の気持ちが分るような気がした。

 その日から私はフランス警察本部の私のデスクでパソコンを打ち続けた。そして今日、ようやく最後の段落に入ることができたのである。

 この原稿を印刷し、A記者に渡せば私の長かった任務は終了する。本当は原稿データをメールでA記者に送ることができれば良いのだが、残念ながら警察の情報システムは堅牢で、外部への送信が著しく制限されている。外部記録媒体にデータを移すことも、可能ではあるが手続きが厳しく、おいそれとはできない。結果として紙の形で渡すという原始的な方法を取らざるを得ない。

 最後にこの物語を読んでくださった皆さんに心より感謝申し上げたい。そして二度とジャミラの悲劇が繰り返されることのないよう心から祈って筆を置く。

 

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