鉄健の最後のランカー狩りの前に、深道ランキングにおける最後の戦いが行われていた、その始まりはある朝の電話だった。
「ランカー狩りが出没か……」
先日喫茶店で深道から聞いていたが正直二人もいる時点で相当ランキングに支障が出ているだろう、なんせ正体は金ちゃんと時田だ。
拳を合わせて分かったが正直な感想で言えばこの二人が居れば深道ランカーの上位層は容易くやられてしまうだろう。
「幾らなんでもイレギュラーすぎるもんだ」
苦笑いを浮かべているとは言えどその様に自由に戦う二人が羨ましいと思っている俺がいた、そんな中ポケットに入っている携帯から音楽が鳴り響く、俺は取り出してディスプレイを見て発信者の名前を調べると深道とあった。
「深道か、一体どうしたんだ?」
俺は電話を取って通話ボタンを押して応答する。
「こんな朝に何か用でもあるのか?」
まだ九時に差し掛かっている頃に呼び出すなど普段では考えられない、だから少し疑問を持って話しかけた。
「ああ、実は試合の用があってな、喫茶店に来て欲しい」
「分かった、何処の喫茶店だ?」
俺が待ち合わせの場所を聞こうとしたら、一瞬間が空いた、そして電話の向こうで深道が笑ったような物音を立てる。
「場所は信彦に案内させる、そっちに向かっているはずだ」
そう言われて目の前を見ると手を振っている奴がいた、とりあえずあいつについていけば良いんだな。
それから数分後、俺は信彦に道案内をされて喫茶店へと到着する、すると深道は窓際の席でコーヒーを飲んでただずんでいた。
「深道、で試合の詳細を聞かせてくれ」
俺は席に着き開口一番、最優先事項を深道に言う、その姿を見て深道は少し笑いながらこちらの方へと向き直った。
「とりあえず言っておくが今回が深道ランキングにおける最終戦だ」
「随分といきなりだな」
爆弾発言を放つが俺は驚きもしなかった、いきなりだっただけで別に問題事ではない。
「だから今回はお前が満足するであろう相手を用意しておいた」
自信満々に深道が言ってのける、俺が満足する相手……ランキング一位の奴だろうか?
「もしかしてランキング一位の奴か?、最後だからって随分と羽振りが良いな」
「ああ、お前の思っている通り、『一位』の奴で間違いない」
そう言って深道は紙を出す、それは地図だった、もう場所まで決まっていたのか。
「此処に書いている場所、そして相手は夜の七時に待っている、俺は伝えたぞ」
夜の七時、俺は深道から貰った地図を頼りにその場所へ到着していた、それは広々とした公園で思いっきりやりあっても問題がなさそうな場所だった。
「深道の奴が戦える奴を用意するって行ってたがあんただったのか、リー」
「そうだな、俺もお前だとは思っていなかった」
目の前に居たのはジョンス・リー……なるほど、深道の奴が一位の部分を強調したのは『新一位』という部分があったからか。
「やろうぜ、それ以外の言葉が見付からないんだ」
「そうだな……俺も四位を倒せるような奴、しかも同じ八極拳士として興味はあった」
俺はもはや逸る気持ちを抑えられそうになく言う、するとリーも少し口角を上げて正直な気持ちをいってくれていた。
「まやかしかどうかか?……いやそんな事今更どうでも良いか」
「それは戦っているうちに分かる、お前の言うとおりどうでも良い事だ……」
「そうだな、じゃあ……」
「あぁ、そうだ……」
ダンッ!!!
合図など交わさずお互いが踏み込み、肩と肩がぶつかり地面にはお互いを中心にして、蜘蛛の巣のようにヒビが広がったクレーターが出来る。
それに伴って砂煙が舞い上がる、俺は場所を動かずにすんでいる、リーの方はどうなったんだ?
暫くして砂煙が僅かに晴れるとそこには倒れこんだリーが居たのだった。
「どうやら俺の方がファーストコンタクトは成功したようだな……だが」
「カハッ……ゴホッ、ヒュー……ヒュー」
起き上がったはいいがどうやら声が出ないようだ、ヒザを着き咳き込みながら深呼吸を始める、そして少しした後喉に手を添えて調子を確認しながら少しばかり頷いた。
「起きるか、やっぱり
「そっちも……ナカナカやるな」
こっちが賞賛の言葉を投げかけると相手も不敵な笑みをして返してくる。
「こっちとしては二撃目にすぐ入りたいが、その前に疑問がある」
「おいおい、何だよ、勝負熱を冷まさせるのは勘弁だぜ」
すぐに攻めてくると思ったのか俺が疑問があると言い中断するとに少しガッカリしたような声色で言って来る。
「大丈夫だ、一言で済む、本当にそれが本気なのか?」
「まぁ、自分よりでかいのをぶち込まれたってのもあるが……思うよな」
俺は真剣な目で問いかける、仮にも一位がああも簡単に吹き飛ばされる訳が無い。
「そりゃあこっちは
「そうか……それだけやる気があるのか」
「そりゃあ、そうだろう……だからこそ手加減されて勝つなんて真っ平ごめんなんだよ」
構えながらもこの戦いに対する心意気があることを声高に言う、己と同じ八極拳士
であり鏡のように手足が逆なだけで構えも全く一緒、そこまで刺激されて黙ってられはしない。
「ならば俺もその気持ちに答えるかな、お前にも分かるだろうがこの世界に居る以上…その道じゃあ負けたくないって事があるよな」
「ああ、それは痛いほどに分かっている、『負けたくない』、その思い一つに縋った結果、今まで負けずにここまで昇ってきた」
俺は構えて気を満たしていく、いつでも踏み出せるように、一撃を放つ準備を万全なものにしていた。
「そうか、それは良い事だ、できればもう少し語り合いたかったが」
「これ以上長引かせて勝負熱を冷ましたくは無いってわけだな」
「その通りだ、まあ、ただ一言だけ言うのであれば……」
その瞬間、リーから立ち昇る気が先ほどとは異なる密度を誇っていた、これこそがリーの……
「本気にさせたな」
「これは楽しみだ……ぞくぞくして来た」
「さっきとは桁違いだろう、悪かったな…行くぞ!!」
「あぁ…こちらも行かせて貰うぜ!!」
ダンッ!!
再び俺とリーの肩がぶつかる、そして再び地面にひびが入り大きな音を立てていく。
「がぁあああ!!」
「どうした……踏み込みがヌルイぞ」
「ぐっ!!」
俺は叫んで力を振り絞るが、威力に差が出た為にほんの少しだけ後退させられる形となった。
なんなんだ……こいつは、俺が…押されてる?
俺が!?、押されてる!?、今まで負けてこなかったのに!?、押された事などなかったのに!?
ふざけるな!、俺は負けない!!、負けるわけにはいかないんだ!!!
しかしその思いとは裏腹に額に汗がにじみ出て息が荒くなり、顔の筋肉が僅かに動いている、こんな事は俺が今まで戦ってきた中で知る事はなかった。
「はぁはぁ……」
「全開とだけあってマジででかいな、かなりの『勁』だが……んっ?」
「くそっ!」
俺は空を見上げて悪態をつく、なんでこんな行動をとったのかは自分でも分からない。
「どうしたその顔は?」
「初めてだぞ、なんだこの気持ちは……」
胸を中心に苦い水がジワジワと染み渡るような感覚というか洗い落とせない何かがまとわりつくような感覚が広がる。
「そうか、打ち合って初めて気づいたか、それが『屈辱』って奴だ」
「こんなに苦い感じがするものなんだな」
「そういうもんなんだよ、お前は『安いプライド』は持っているようだから説明不要だな」
リーが不敵な笑みを浮かべて俺に言う、『安いプライド』とはなんなのだろうか、分からない俺はオウム返しに聞いていた。
「なんだと……『安いプライド』?」
「そうだ……俺はコイツにしがみついてる。フッ、お前みたいな若い奴にはまだピンとこないか?、でもお前は言ったよな、負けたくないってよ……それはプライドだろう?」
「いや、あんたが言うようにピンとは来ない、でもこれだけは守りたい境界線なんだよ」
「そうか、そこまで思っているなら上等だ」
最後まで譲ることは出来ない、『負けても良いや』なんて気持ちの奴なんてこれから先勝っていく事はできない。
そう思うからこそ、『負けたくない』、『負けてたまるか』という気持ちを持って今までやってきた、それがプライドだと言うのならば受け止めよう。
「さて、三撃喰らって立たれてるのはいやだからな、終わりにしようぜ……さぁ、打たれ、ろ!!!!」
「ふざけるなよ、負けてたまるか、おおおおおおおお!!!!!」
三度、俺とリーの肩がぶつかる、とてつもない音と共に地面へ今までよりも大きなひびが入る。
俺の今出せる全力をこめた一撃だ、これがこの勝負の最後の一撃になる、そう決め付けても良いほどに力を込めた。
「やるか……だけど、まだ足りないな、長枝!!!」
「ぐはっ……………」
最後にまさに爆発したような一撃を受けて吹っ飛んでいく、クリーンヒットではないが受けた攻撃が重い為に体が動かない。
「吹っ飛びやがったか、お前が最初から全開だった分、単純に最後に残っていた量の違いで勝ったんだな……認めてやるよ、まやかしなんかじゃねぇ、お前は正真正銘『八極拳士』だ」
そう飛んでいった俺に言ってリーはひびが入っている地面を見たまま公園から出て行った。
俺はどうにか最後のぶつかり合いが僅かに拮抗していた為、気絶を留めてくれていたようだ、体が動かないだけで危険なんだが気絶する事に比べればまだ良い、気が練れたら回復していけば良いのだから。
「負けたのか……俺が、初めて…」
「戦いを見る事はできなかったけどなんだか全力を出したって顔ね?」
「皆口由紀……」
転がっている俺の目の前に陰が落ちる、見上げるとそこには皆口由紀が立っていた。
「畏まらなくて良いわ、呼びやすいように呼びなさい。」
「なら由紀さんで良いか」
呼びやすいように呼んで良いらしいのでフルネームで呼ぶのをやめる。
「まぁ、それで良いわ、貴方は今回の勝負良くやったんじゃないかしら」
「良くやっただと、負けたのにか?」
「誰も敗北を知らずに前に進み続ける事はできないのよ」
負けたのに良くやったなど慰めは俺の中では意味を成すとは思えないが、それでも次の言葉は何かしら感じるものが有った。
「でも俺は……俺は…」
「悔しいのかしら、悲しいのかしら、私には貴方の気持ちなんて分からないわ」
「分かられていたら、それはそれで不気味だろう」
心の中を読むことができるなら先日の勝負で負けるはずもない、それに読まれていたら背筋が凍りそうだ、気持ちなんてそうすぐには簡単に分からない。
「貴方はそのまま逃げるの、雪辱を試みたいと思わないの?」
「逃げる訳が無い、負けたら次は勝つ、それしかない」
負けたなら次はそれを相手に叩きつけてやれば良い、負けてこなかった俺はその選択肢が一番先に浮かんだ。
「前に進む気があるのはどうしてかしら?」
「負けて良い気はしないだろう」
何故前に進むのか、このままやられてそれで良い訳ないからな、理由なんてものはまだうっすらとしか分からないが。
「良い気はしないってどういう意味なの?」
「あの時に比べて饒舌だな、気持ちは悲しいとか……はっ」
質問攻めの中、俺は負けたという感情の中から生まれたものを知ることができた、負けたことが無いからこそ、悲しいなどと感じる事もなかった。
他人に言うような『負けて悲しくないのか』など
「そうでしょ、それを知っただけでも貴方は成長したのよ」
「リーが言ってたけど『屈辱』とか『敗北』って奴か?」
「そうよ、あと深道さんから伝言ね」
「何って?」
「○○日後に廃ビルへ集合らしいわ、私は伝えたから」
動けない俺の為に顔を低くして伝わるように伝言を言ってくれた。
出来れば深道の奴が伝えてくれればこのような場所に赴く事も無かったのだろうが、まあ、口が裂けても本人の前で言う言葉ではないよな。
「あの、由紀さん……」
「何?」
「わざわざ有難う……言葉をかけてくれて」
俺は自分でも気づかない事を気づかせてくれた女性に感謝の気持ちを述べていた。
「簡単な事だったし、良いの、さよなら」
そう言って軽やかに去っていく姿は確かに美しかった。
次回は鉄健の戦いです。
何かご指摘の点がありましたらお願いします。