Kung-Fu / Box   作:勿忘草

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バトル回ではなく解説回で有り気絶回です。


『最後へ進む者』

アレから十分かそれぐらいは経っただろうか、芋虫のように這()い蹲(つくば)

必死に動いているが一向に体が進まない、立ち上がろうにも支えになるものは無い壁へと転がってどうにか立とうと試みるが練り上げる『気』が少ないのか、体がつるりと滑ってうまく立てない。

 

「こいつは非常に困ったぞ……速くここから出て移動しなくては」

 

どうにか出る事を最優先にして立ち上がる為に深呼吸で多くの『気』を練り上げる、リーの奴の一撃は余りにも強烈で、更に付け加えるならばあの場面では若干不意打ち気味だったのでとてつもなく効いている。

 

「生まれたての小鹿じゃあるまいし……ガクガクしすぎにも程がある」

 

深呼吸をする事三回、どうにか立ち上がる事ができる、歩くのは少し不自由なものだがどうにか壁に手を突いて吹っ飛ばされたところから出て行く。

 

「んっ……出たのは良いが心なしか大きな音が聞こえてくるような」

 

よたよた歩きで時間を掛けながら出たが、どうやらまだジュリエッタはここから出れてはいないようだ、俺は一体何処からこの大きな音が聞こえるのかを確かめようとする、まるで壁を突き破ってくるような音がだんだん『下』から迫っている。

 

「なっ……、『下』って言う事はまさか突き破っているのは『壁』というわけではなく下の階の『天井』!?」

 

するとその大きな音は近くなり考えたとおり……下の階から延々と天井を突き破り、ついには俺の目の前の床をを突き破って崩壊させた。

 

「危ないな……一体誰がここまで飛ばされたんだよ?」

 

砕かれた床の砂煙で一体誰が飛ばされたのか分からない。

しかし視界が晴れるにつれ足元が見えてくる、その足元は見覚えがある、足の太さも見覚えがある、服の色も、肌の色も、印象的な髪の色も含めて全てに見覚えがある。

砂煙が完全に晴れる頃にはその人間が誰か分かっていた、しかし俺はそれが夢であって欲しいと願った、目の前に居る横たわっている人間は別人であって欲しいと願った。

 

「リー……嘘だろう、嘘なんだろう?」

 

俺は歯を食いしばりながら嘘だと己に言い聞かせた、眉間(みけん)に皺(しわ)を寄せ頬(ほほ)を抓(つね)り、壁に頭を打ち付けて『幻想(まやかし)』かどうかを確かめた、結果としていうならば……痛みが走るため現実であると認識する。

 

「つまりあの坊主が勝ったのかよ……」

 

言葉を口にしたとたん、何だか虚しい気持ちになった、俺はあの坊主と戦う為にきたわけではないから、俺はジョンス・リーと戦う為に来たのだから、友を傷つけた佐伯四郎は別にしても、俺はジョンス・リーとの戦いを切望してそこで全てを出し切るつもりだった。

 

それが今目の前で根底から崩れてしまいこの戦いにおける目的を見失ってしまった、俺はどうすれば良いのだろう、今先ほどまでの状態からは考えられないほど噴出す『気』を、見失った戦いの目的をどこに、誰に、どこにぶつければいいのだろう

 

 

「誰にぶつければ良いのか……別に悩む必要はないか、あの坊主だ」

 

できる事なら喉が嗄れるほど怨嗟の声を出したい、己より強い八極拳士が負けたという驚きも哀しみも、戦いたいと心から願ったものに届かなかった悔しさも一緒くたにして叫んでやりたかった、ただそんな事をしても何も意味はない。

 

「あの坊主さえ居なければ……あいつさえ居なければ……」

 

あの坊主がいなかったなら俺は戦えただろう、それなのにその思いをあの坊主が台無しにしやがった、此処に来た意味を、ここで戦う理由をあの坊主が奪っていった……だから俺はあいつにその分を叩き込めば良いんだ。

 

一刻も早くあの坊主の元へ辿り着く、そのためにはもう階段には頼らない、穴ぼこだろうがなんだろうが飛んで降りてやる、待っていやがれあの坊主、ちゃんと俺の怒りをぶつけてやるよ。

 

「俺から大事なものを奪った事を罪として、その分を渺茫(びょうぼう)、テメェに…

…償わせてやる!!!!」

 

その叫びのまま俺は下へと飛び降りて行く、一度降りて次の穴からも降りると次は床のところどころが穴ぼこだらけ、丁度一撃の際に踏み込んだぐらいの大きさだ。

 

「これはリーの踏み込みだろうな、こうも綺麗にできるのは熟練の賜物(たまもの)だ」

 

そして俺は次の場所へ飛び降りようとする、すると雄()(たけ)びが聞こえてくる、この雄叫びは余りにも懐かしく感じるものだ、俺は急いで飛び降りたのだった。

 

「おおおおおおおおお!!!!」

 

降りてみると金ちゃんが雄叫びを上げて渺茫へ一撃を当てていた、鉢巻を巻いて精神面が復活したんだろう、あのパワードスーツとは違う、これこそが本当の北枝金次郎であって、あのような物を着るよりもはるかに強いのだ。

 

「ハッ!!!」

 

渺茫が勁《けい》の一撃を金ちゃんに叩き込む、残念だが金ちゃんに勁は通用しない、効いていても『気合』で無効化してしまうからだ。

 

着地してから勁が『通って』いる為吐く動作をするが、叫びと『気合』と今まで閉じ込めてきた感情の爆発からか無効化して、渺茫に更に一撃を叩き込む。

 

「おっ、おっ!、おっ!!、おっ!!!」

 

まるで呼吸のように気合を発する金ちゃん、驚いている渺茫へ一撃を放つ、渺茫が逸らして金ちゃんを天井へと打ち付ける、リーをこのようにしてからとてつもない一撃を浴びせたというわけだな。

 

金ちゃんが落下する際に右手で一度、左手で更に追撃、そしてまた右手で一撃を加え、渺茫は合計四回もの勁を通す、見るからにかなりの量だろうな、しかしそれでも……

 

「おおおおおお!!!!」

 

効かないんだよ、渺茫。

 

この状態の金ちゃんを倒すには勁を通すだけでなく八極拳の重い一撃も使わないと効果的なダメージを与えるのは難しい、だって勁の一撃なら吐くだけで気合で乗り切られるとダメージが無いからな。

そしてあのパンチが余計に戸惑いを生む、技術でもなく鍛錬の果てでもなくただ『当てる』だけの一点突破、何故それを当てられるのかといえばきっと渺茫にはまだ備わっていないものがある、それを金ちゃんが持ち合わせていると言う事だ。

 

「やっと金ちゃんは戻ったんだな、長戸」

 

俺は長戸の横に言って話しかける、長戸は嬉し涙を流して金次郎を見守っていた。

 

「そうだ、今だ!!、決めろ金ちゃん!!!」

 

大きい一撃を見舞おうとしているのが見て取れる、すると渺茫は驚愕の顔をうかべているのがわかる、このタイミングと距離ならば化勁では間に合わないからだ。

 

「おっ……おぉ!!!!」

 

気合というか感情をあらわにして八極拳の一撃で相殺をする、その後僅かに微笑む、渺茫の奴……金ちゃんに引っ張り上げられていやがるな。

 

「おおおおおおおお!!!」

「おおっ!!」

 

そして金ちゃんが雄叫びを上げて拳を出すと、渺茫も同じく雄叫びを上げて互いの拳がぶつかる、するととんでもない音を立てて金ちゃんの腕が折れる、そして若干押し返されて無防備となった体に渺茫の勢いをつけた一撃が入ってしまう。

 

「金ちゃん!!」

 

長戸が驚いている間に渺茫に殴り飛ばされた金ちゃんを受け止めるが、衝撃が余りにも大きい、俺は後退していき壁に強(したた)かに体を打ち付ける。

 

「ぐっ……」

 

衝撃が一時的に意識を失わせる、長戸が代わりに金ちゃんを抱えるのが分かる、少しの間視界がはっきりとしない間に何が有ったのだろうか、長戸が渺茫の前に立っていた、渺茫が睨みつけるような目線で長戸に問いかける、それに対しての長戸の答えは。

 

「俺は金ちゃんへの『愛』で動く、お前みたいな糞坊主にゃあ分からないだろうがな」

「分かりたくもない、その様なくだらない冗談で戦えるのか!?」

 

渺茫が問いの答えに対して疑問を抱く、すると上から誰かが来る、この気配はジュリエッタか。

 

「そう、愛だ、愛は素晴らしい、あと……お前はそこに居たら邪魔だ」

 

降りてきて早々ジュリエッタに蹴られてしまう、幾らなんでもそれはやめようぜ、それ

にそこまでここ重要なポジションじゃあないし……。

 

まさかの不意打ちで意識が暗転する、思いっきり来る前に受け流したが衝撃で顎が揺れて脳震盪を起こしていたのだ。

 

「すまなかった、良く見ればそこまで重要ではなかった、まあ、紛らわしい所にいた

 

お前が悪い」

 

意識を失う前に聞こえたのはジュリエッタの謝る言葉だった、全く謝るくらいなら最初からするんじゃねえよ……。




次回はバトル回です。
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