先ほどのサッカー部の試合に引き続き審判を引き受けてくれた用務員さんが笛を鳴らす。
試合はボクたち閑陀田中チームのキックオフから幕を開けた。
「じゃ、忍ちゃん。いってらっしゃ~い」
「アンタこそ、あいつら通すんじゃないわよ」
そう言い残して、忍ちゃんは比得さんと並び、その後ろにたけしが続く形で敵陣に攻め込んでいった。
今回は人数が少ないので、DFのたけしにもオフェンスに回ってもらい、ボクがディフェンスに専念することを予め話していた。
一方、果敢に進む三人を、相対する暴走イレブンは侮り切っていた。
全員最初についた位置からほぼ動かず、忍ちゃんたちの進路上の者だけがノロノロと動き始める。
三人とも、特に忍ちゃんは、ナメられるのが大嫌いなので最高の悪手である。
「そんなんで止められるわけないでしょ!」
「なんだと!?」
急加速で前衛の脇をすり抜けて、忍ちゃんはずんずん敵陣に切り込んでいく。
あまりにもあっさりと抜かれたのを見て、ナメプしてる場合じゃないと流石に気づいたらしい他の面子がカバーに動くが、あまり意味はなかった。
「キラースライド!」
「ハン」
マシンガンのように繰り出されるスライディングを、忍ちゃんは嘲るように笑いながらかわした。
そして続く暴走イレブンのディフェンスを向き、不意に相手にボールを差し出した。
目の前の相手へ、味方にパスするように優しくボールを相手に蹴る。
思わずトラップしてしまった相手だったが、その意図を理解して顔を青くした。
だがもう遅い。
「“ジャッジスルー”!」
「げはぁっ……!」
力一杯の蹴りでボールを思い切り腹に押し込まれ、不良が弾かれるように吹き飛んだ。
流石忍ちゃん、常日頃ボクらにも気軽にぶっぱなしてる必殺技なだけあって、慣れた動きだ。
この技は帝国発祥なのだが、シンプルな使いやすいモーションのため、ラフプレーを気にしないチームとかは結構採用していたりする。
極論、最低限のサッカー技術さえあれば力業でも行えるお手軽必殺技の一つなのだが、それを行うに当たっての迷いのなく滑らかな動きから、彼女の技術が洗練された高レベルなものなのは連中にもよくわかったことだろう。
ここまで同じようなことを相手にやってきていたであろう彼らも、まさかそれがそっくり返ってくるとは思っておらず、その容赦のない一撃に息を呑んでいた。
「どうしたのよ。まだ試合は始まったばかりでしょ?」
「このアマ……!」
「怯むな、囲んで確実に止めろ!」
リーゼントの号令により、さらに数人が忍ちゃん目掛けて動き出す。
もしこれが通常の11対11の試合だったなら、守備に間隙ができてしまうような危うい動きだが、この人数差なら問題ないと判断しているのだろう。
しかし残念ながら、これだけやっても問題が残っている。
「“イリュージョンボール”!」
「増えた!?」
「バカ野郎、ボールに気ぃ散らすな!」
結局彼女を止めることができないという、致命的な大問題が。
思い切り踏みつけられて三つに分裂したボールが、クルクルと高速で宙を舞う。
忍ちゃんに詰め寄っていっていたディフェンスはリーゼントの怒鳴り声も虚しく、全員がそれに惑わされたその隙にこれまたあっさりと抜き去られていった。
あれも帝国学園の必殺技である。
最近だと、某天才ゲームメーカーくんが使っている印象が強いドリブル技だ。
習得するには若干センスが要るので、他校での使用率はあまり高くないがその分、習得が容易なもののモラル的な意味で色々危ない“ジャッジスルー”に比べて見栄えも良くて使い勝手がいい。
必殺技のことはさておき、こうして忍ちゃんはたった一人でペナルティエリアに辿り着いた。
それに対し、暴走イレブンの中でも細身だが背丈のあるGKが身構える。
「点はやらねえ!」
「アンタのやるやらないなんて関係ない。私たちが取るのよ! ――比得!」
「はいはーい!」
忍ちゃんとGKとの一対一かと思われたそこに、軽快な足取りで比得さんが滑り込んできた。
暴走イレブンが中央突破する忍ちゃんに手を焼いている間に、サイドから走ってきていたのだ。
二人はボールと共に飛び上がり、ゴールに狙いを定める。
そして、目にも留まらぬ速さの蹴りを何度も何度も打ち込んだ。
帝国学園伝統の必殺シュートの一つ、“百烈ショット”の強化バージョン。
「“二百烈”――」
「――“ショット”!!」
通常一人でおよそ百回の蹴りをボールに打ち込み、蹴り百発の威力が込められたボールを放つ“百烈ショット”。
その行程を二人で行うことで、威力は単純に二倍だ。
勢いよく飛んでくるそのボールに、暴走イレブンのGKは受けて立つ気満々らしい。
腰を落とし、両腕を引いてボールを待ち受ける。
やがてボールが眼前まで迫った時、掌を前に向けた両腕を弾かれるように突き出した。
「暴走学園の不良の力、見せてやる! ウオォォ、“つっぱり乱舞”!!」
――それは相撲では?
そんなツッコミを置き去りにする張り手の乱れ打ちが、飛来したボールに激しく打ち込まれる。
しかし、その拮抗は僅かな時間しか続かなかった。
ボールがつっぱりをすり抜けて顔面に突き刺さり、勢いのままGKごとゴールネットに飛び込んだのである。
早速一点目だ。
「いいぞー忍ちゃ~ん! カッコいいよーー!」
「絡女ちゃん俺は!? 俺もシュート打ったよ!?」
「あ、比得さんお疲れ」
「雑っ!」
「アホなことやってんじゃないわよアンタたち」
「まだ一点目だろ」
比得さんと戯れていると忍ちゃんの冷めた視線と、今回で見せ場のなかったたけしからの正論をもらった。
忍ちゃん、褒めても顔色一つ変えてくれないんだよなぁ。たまには照れ顔くらい見せてくれていいのに。
でもこれが試合開始直後なのも事実だし、仕方ないか。
忍ちゃんたちには後十五点くらい取ってもらうとして……
ボクはあっちのオフェンスを完封しなければ。
暴走学園のボールとなって試合が再開される。
「先制点くらいで調子乗るんじゃねーぞコラー!」
「すぐに倍にして返してやるぞコラー!」
「ザルディフェンスしてんじゃねえぞコラー!」
試合に出ている者以外の、観戦している不良たちの応援なんだか野次なんだかわからない声援が非常にうるさい。
そんなギャーギャーと喧しい外野を他所に、再びボールが動き出す。
「行け!」
フォーメーションの中程に立つリーゼントの命令に従い、前衛のFWが周囲に他のメンバーも引き連れながら、力強いドリブルでぐんぐんこちらへ切り込んでくる。
GKの居ないボクたちの場合、抜かれたらその時点で点を奪われることがほぼ確定なので、ちょっとしたミスも即失点に繋がる鬼難易度の状況だ。
そんなことはお構いなしに、ボク以外の三人はオフェンスに目もくれずに走り去っていったが。
これで彼らとゴールの間に居るのはボク一人だ。
「あ゙ぁ゙!?」
あちらはてっきり、ボクたちが全員で全力のディフェンスを仕掛けてくるとばかり思っていたらしく、なかなか驚いてくれている。
というよりキレている。まあ始めからとっくにキレてるから、今ここでさらにキレさせたところで特になにもないが。
「たかが一人で止められるかよォ!」
「サッカーはチームスポーツだぜェ!?」
「できることなんざ知れてらァ!」
確かに、サッカーは一人でやるものじゃない。
たとえ一人が多少上手くても複数人で挑めば、パスを回したりスクリーンを仕掛けたり、様々な手を打って相手を突破することができるだろう。
しかし、しかしだ。
「“くもの糸”――」
彼らは今まで町を彷徨いていた連中から聞いていないのだろうか。
「――“V2”!」
「うおっ!?」
「動けねえ!」
自分たちがどんな風に蹂躙されていたのかを。
フィールドを手の平で打ち、その点を中心に放射状に一瞬で広がった蜘蛛の巣の糸が、ボールを持っていた選手やその周囲のチームメイトの足を捕らえた。
「はい、たけしパース」
糸に足を絡め取られてその場から一歩も動けなくなった不良たちから悠々とボールを奪い、丁度いい位置にいたたけしに渡した。そしてたけしは忍ちゃんに回す。
そうしてボールはすぐにこっちの得点に変わって、暴走イレブンとの点差をさらに開いた。
ここでようやく糸から逃れられた不良たちが、呆然とした面持ちでこちらを振り向いていた。
「てめえ、今のは伊賀島の……」
「へー、知ってるんだ。便利そうだから覚えてみたんだよねー」
いつも大会中に問題を起こして、試合の勝敗とは別件で一回戦落ちして大会から消える暴走学園とはいえ、キャプテンともなればサッカーにもそれなりの知識があるみたいだ。
リーゼントはこの技の本家を知っていたらしい。
彼の言う通り、あれは“戦国伊賀島中”で使われている必殺技だ。
忍者の末裔の指導で鍛えあげた肉体と、伝授された秘伝の忍術を生かしてサッカーをする近畿地方の強豪。
面識はないが、ある時に見た試合の映像で彼らの使っていた必殺技が気に入ったので、独学で少しアレンジして使っているのだ。
この技は一人で、その場ですぐに使え、広範囲をカバーできる。そのため複数人纏めてこともできるのでなかなか使い勝手がいいブロック技なのだ。
弱点としては、広がっていく蜘蛛の巣を上回るスピードで素早く射程圏から脱出するか、そもそも飛んでかわしてしまうなどの逃れる術が幾つかあるが、一度捕らえればまず逃げられず、弱点を無視できるレベルで強力だと言っていい。
流石は忍者学校の秘伝忍術と言ったところだろう。
本家から怒られそうだが、まあその時はその時だ。使うなと言われて従うつもりは毛程もないけど。
「さっ。一人でやるディフェンスの限界、教えてくれるんでしょ? さっさと次いこっか」
「……っ」
さっきまで威勢よく喚いていたのが静まり返っていたので、もう一度怒りで気合いを入れ直してくれればと挑発してみたが、期待通りの反応は生まれず、聞こえてきたのは誰かの息を呑む音。
今度はすっかり精細を欠いたドリブルで、必殺技を使うまでもなくあっさりボールを取れてしまった。
奪ったそれを得点に変えるべく、走る忍ちゃんの下へ届ける。
彼女はゴール目掛けて走り、シュート体勢に入ろうとしたがその先は先程と同じようにはいかなかった。
「させるかよ!」
「あ゙ぁ゙!?」
胸元から紫色の光を迸らせたリーゼントが急接近し、目を見張るような速さでボールを奪い返したのだ。
忍ちゃんがドスの利いた声をあげる。ただぶちキレたように見えるけど、あれはしてやられた苛立ちと、驚きとの半分半分くらいの声色だ。よく聞いてるからわかる。
「ははは! まぐれは何度も続かねえってことを教えてやらァ!」
ドリブルしながらこちらへ向かってくるリーゼントは、不自然な程に速かった。
風を切って走る様は、リーゼントが他の者とは桁違いの凄まじいスピードを発揮していることを如実に語っている。
やっぱりおかしい。
暴走学園は暴力的な面でこそ有名だが、肝心のサッカーの実力はと言えば、帝国と違って別段優れている訳じゃない。
修行を積んでいる伊賀島中の選手みたいな速さで動ける選手が居るとは考え難い。
忍ちゃんも、他の不良たちより多少強いだけの想定で居たから意表を突かれたんだろう。
「――忍ちゃんから取るなんて運がいいね! そのペンダント、ラッキーアイテムか何か?」
「答える必要はねえな!」
さっきからちょいちょい光ってて怪しいペンダントについて聞いてみたが、まあ取りつく島もない。
万が一本当に何の変哲もないペンダントでも、予想通り何か秘密があったとしても、どっちにしても答えが得られる訳ないか。
試合で勝って、奪い取るでもして調べるしかない。
「“ライアーショット”!」
そんなことを考えている間に眼前まで迫ってきたリーゼントは、ゴールとの間にいるボクを見えていないかのようにそのままシュート体勢をとった。
ボクをすり抜けさえできれば、GKのいない閑陀田ゴールにシュートは入れられる。そこを狙っての行動か。
そう思って身構えるが、すぐに奴の狙いがゴールでないことがわかった。
リーゼントは、直前まで思い切り蹴るようにしながら、柔らかくボールを上に打ち上げたのだ。
空中――丁度ボクの真上で――描く放物線の頂点に到達して一瞬止まったそれに、追って跳び上がっていたリーゼントが蹴りを叩き込む。
相手が跳び上がってシュートを打つだけならば、こっちも跳んでそれを止めればいいが、シュートを打つのが真上となると、ただ跳ぶだけでは突っ込んでしまう。それではファウルになりかねない。
かといって、位置を動いてから跳ぶ、なんて悠長なことをする暇もない。
「“ダイナマイトシュート”!」
カチリ、と何かが作動するような音がキック音とともに響き、ボールが放たれた。
時計が秒針を刻むような、カチカチという音を鳴らしながら、ボールがゴールへ飛んでいく。
“ダイナマイトシュート”。それは、リーゼント――暴走イレブンキャプテン・
ボールを見た目からはわからない、何かにぶつかった瞬間に大爆発を起こすことで相手の守備を粉砕する爆弾に変える恐るべきシュートである。
強力な反面、受け止める相手に対して非常に危険なシュートでもあり、彼が元々の普通のサッカー部に居られずに暴走学園に流れ着いた所以だ。
実際に何度かこの必殺技で怪我人を出しながらも使うことをやめなかったために、彼はかつてのサッカー部を追放されたのだから。
しかし――
たとえ相手に怪我をさせようと、点を取れば、勝てばいい。弱いのが悪いのだ。
――彼の中のその信条は今でも変わっておらず、弱い癖に楽しそうにサッカーをする者たちへの歪んだ憎悪とともに彼を突き動かしている。
彼は何度も見てきた。
相手のGKやDF、選手たちが自らのシュートに手も足も出ず、ボロボロになっていく様を。
今回など、何を血迷ったのかたった四人で自分に挑んできた弱者たちが相手だ。
手下たちが少々してやられたものの、元々の強さに加え、
故に俊夫は、ボールを追っていった生意気なチビが、爆発に巻き込まれて倒れることを信じて疑っていなかった。
ゴール手前で鳴り響く爆音。広がる爆炎と煙。それらに飲まれて消えていった少年。
煙が晴れた先にある無様な姿を見物してやろうと、俊夫は爆心地へ歩み寄っていったが、その期待は呆気なく裏切られる。
煙の中から飛び出してきたボールが頬を掠めながら忍の下へ飛んでいき、そのままシュートされて点を奪われたからだ。
「は?」
手下たちがいいようにやられていた時もあった余裕や自信は、今大きく揺るがされていた。
そして、ボールが飛び出したのを切っ掛けにして晴れてきた煙の中から出てきた絡女には、汚れはあれど、傷の一つもついていなかった。
羽取絡女
戦国伊賀島中の必殺技を過去の試合映像から独学で研究してパクった。
“くもの糸”は便利で大分気に入っている。
暴走イレブンGK:本名
元々は相撲部を志していたが、少食で相撲取りの体作りについていけず挫折し、サッカーに転向した。