「バカなっ! 俺の“ダイナマイトシュート”を……無傷で止めただと!?」
俊夫は落ち着きなく、そしてその動揺を隠そうとするように大声を上げた。
彼には、また点を取られたことよりも自分の自慢の必殺シュートを止められたことのほうが重要らしい。
「うげぇ、大分汚れちゃった……」
当の、俊夫の想定ではシュートを受けてボロボロになっている筈だった絡女は、うろたえる俊夫になど目もくれず、舞い上がった土で汚れた服をはたいていたが。
「ありえねぇ……ありえねえっ! てめえ、どうやって俺の“ダイナマイトシュート”を……」
「わざわざ説明してあげる時間も義理もないでしょ。ほら、さっさと戻って。またそっちボールだよ」
「このっ……!」
俊夫は居ても立ってもいられずに問い詰めるが、対する絡女の態度は、それをまともに相手にしない飄々としたもの。
それが、絶対的な自信を打ち崩された俊夫の神経を逆撫する。
俊夫は衝動に従い、全生徒全不良の暴走学園らしい短期さで拳を振るいそうになったが、総動員された理性がなんとか押し留めた。
流石のサッカーでも、むしろサッカーだからこそ、拳を使えば“ジャッジスルー”と違い言い逃れのできない反則となる。
「マグレは何度も続かねえぞ!」
屈辱と怒りを呑み込んで踏みとどまり、苦し紛れの捨て台詞を吐いて自陣へ戻ろうとした俊夫は、その瞬間に異様な悪寒を感じて振り返った。
後ろに居た絡女はニコニコと笑顔を見せるばかりで、その正体はわからなかったが。
そして、再びの試合再開。
暴走イレブンは、俊夫も含めて一も二もなく駆け出していた。
勝たなければ、負けようものなら、総帥とその使いに自分たちなどあっさりと見捨てられてしまうだろう。
負けることは許されず、彼らが生き残るにはなんとしても点を奪い返すしかなかった。
負けを恐れる一心からか、彼らは閑陀田中チームの動きに少しずつ食らいつけるようになっていった。
忍たちにシュートを放たれればまず止められないが、なんとかその前にボールを掠め取ることができるパターンが生まれるようになったのだ。
忍たちはとにかく忌々しげにして彼らを容赦なく蹴散らすが、ここは人数の差がようやく働き始めたといったところか。
大人数が絶え間なく襲ってくるというのは、如何に忍たちが優れたプレイヤーといえど、常に完璧に捌ける状況ではないのだ。
とはいえ、その死に物狂いの守備を蹴散らして点を奪うパターンの方が攻防の九割近くを占めていて彼女たちの有利は欠片も揺るがない。
人数という条件が同じならば、そもそもそんなマグレさえ起こらない程圧倒的で一方的な展開だっただろうが、彼女たちに“たられば”は意味がない。
見下していた雑魚たちとの勝負で、一度でも出し抜かれたという結果が、ひたすらに彼女たちのプライドを傷つけていた。
ただ、彼女たちのオフェンスが失敗するということは、相手のオフェンスが始まり、自チームが守備に回る番だということだ。
しかし、暴走イレブンが自分たちと閑陀田ゴールとの間に立ちはだかる少年を抜き去ることが叶うことは一度たりともなかった。
彼らのオフェンスは絡女に確実に防がれ、特に俊夫は徹底的にマークされたのだ。
絡女が俊夫との距離を空けたのを隙と見てパスを出せば、その距離を一瞬で詰める瞬発力を見せつけられながらパスカットされ、すぐさま失点に繋がる。
かといって、俊夫抜きのメンバーでも絡女のディフェンスを抜くことができる筈もない。
そうしてなす術なく点差は開いていき、無得点の暴走イレブンに対して閑陀田チームが十六点もの点差をつけた状態で前半が終わることになった。
0-16という絶望的点差をつけられて、暴走学園側のベンチはほぼほぼお通夜ムードになっていた。
こっちに来た直後のヒャッハーっぷりはどこへやら。頭であるリーゼントこそ、屈辱を晴らすという空元気に近い執念からまだやる気が見えるものの、他の連中の闘志は悲しくなるほど弱々しい。
「ムカつく、あの糞雑魚ども! 雑魚は雑魚らしく蹴散らされてりゃいいってのに!」
「忍ちゃ~ん、女の子があんまり汚い言葉使っちゃだめだよ~」
「うるさい! 私はあんな雑魚連中に手こずってられないのよ……!」
こっちのベンチでは、向こうのお通夜ムードなど眼中に入っていない忍ちゃんがキレ散らかしてるけど。
一応ボクら勝ってるのにねぇ……止められたのだってほぼほぼマグレだし、実力差は歴然だ。そんなこと言っても火に油だから言わないけど。
たけしや比得さんも大体同じようなこと考えてるとはいえ、忍ちゃんの怒り具合は少し過剰な気さえした。
そんなにリーゼントや他の三下からボールを取られたのが気に食わないのだろうか。自分自身への憤りにしても、向こうが忍ちゃんを止めたのなんて最初のを除けば複数人によるごり押しやファウルになった強引なプレイばかりだし、そこまで気にしなくていいと思うのだけれど。
単純な屈辱や連中への敵意以外にも何かありそうな気はしたが、漠然とした直感のみで今追及するのは躊躇われた。
「まーまー忍ちゃん落ち着いて。そんで絡女ちゃん、もうOK?」
考えている間に、忍ちゃんのことを宥めながら比得さんがこっちに目を向けてきた。
意図はよく分かる。ジュニアチームの時から、
ボクは比得さんの問いに頷いて、口を開いた。
「オッケー。忍ちゃん、そろそろ話聞いてね~。向こうの動き方、大体わかったから」
そう言えば、忍ちゃんも渋々とながらも、一旦聞く姿勢になってくれた。
いつもよりお怒りだからちょっと心配してしてたけど、キレながらもちゃんとその辺りは冷静だった。
よかったよかった。
ハーフタイムを終えて始まった後半戦。
試合は、点差は圧倒的ながらも終了間際まで暴走イレブンが抵抗をしていた前半と打って変わり、もはや僅かな抵抗も、一矢報いることも許さないといった具合に一方的な展開を見せていた。
暴走イレブンは五秒以上ボールを持つことができず瞬く間に奪われ、人数に任せたディフェンスもするするとかわされ、すり抜けられる。
触れることすら叶わない、文字通り手も足もでない状態となっていたのである。
「どうなってやがる!?」
ここまでボールに触れさせてさえ貰えなくなった俊夫が困惑して声を上げる。
幾ら、散々彼らの実力を見せつけられた暴走イレブンとはいえ、流石に信じがたい事態だった。
何かをしようとしたその瞬間に、ボールが奪われる。
進撃を防ごうと進路に飛び出した瞬間に、入れ違うようにして脇をすり抜けられる。
あらゆる動きが読まれているかのようだった。
それどころか、後半開始数分後には彼らがまるで初心者にでも戻ってしまったかのようにミスが頻発するようになっていったのである。
暴走イレブンは完全に翻弄され、絡め取られた巣の上で弄ばれていた。
「性格が悪ぃな」
不動はその光景を眺め、ニヤリと口を歪めて呟いた。
その試合展開は、影山から聞いていた通りのものだったからだ。
この展開の黒幕である、ニタニタと口が持ち上がろうとするのを今まさに堪えている少年へ目を向ける。
羽取絡女。彼について影山が注目していたのは、純粋なDFとしてのスキルだけではない。
選手が人間である以上、どれだけ無駄を削ぎ落とした効率的な動きを目指そうとしても、何らかの癖が出る。
その癖を見つけ、相手の行動を限りなく正確に予測することができる観察眼を絡女は備えていた。
更に彼は予測のみに留まらず、その観察眼を磨くことで、相手の“調子の崩し方”というものを見抜けるようになったのである。
自分自身でも不思議なくらいに体が自由自在に動き、素晴らしいプレーができる。
人は、そんなある種の全能感をもたらすような体験をすることが稀にあるが、絡女はその逆の事象を狙って起こすのだ。
相手にしたい動きをさせない。
絶対に、気持ちのいいプレーをさせない。
言ってみれば単純で、しかし誰もが「それができれば苦労はしない」と言うであろうそれを、絡女の観察眼は可能にする。
そして何をしても上手くいかないとなれば、大抵の選手はどうしても落ち込むものだ。
気持ちが沈めばプレーへの意識も散漫となり、新たに隙ができる。
絡女は容赦なくその隙も突き、選手は益々プレーに集中ができなくなる。
痛めつけるラフプレーなど必要ない。安っぽい挑発で冷静さを奪う必要もない。
ただ当たり前にサッカーをするだけで、相手を蝕む毒を仕込む。
それこそが、絡女が“フィールドの毒蜘蛛”と恐れられた所以だった。
……そろそろ皆、自信も自尊心も折れきったかな?
リーゼントを除いた全ての暴走学園の選手のプレーは前半とは比べ物にならない程鈍く、投げ遣りなものとなっていて、もう試合は点差としても、チームの心としても決したと言っていいだろう。
指揮を執ってくれた忍ちゃんの仕事には脱帽だ。最後の試合から全く
十一人全員の動きを読むまではいいが、ボク一人じゃあ一人一人と対決して心を折るなんてことしていられない。
そこで、司令塔として広い視野を持つ忍ちゃんにボクの見た情報を託し、それに合った動きを比得さんとたけしへ指示してもらうことで、効率的に向こうのメンタルを削っていったのだ。
彼らのもう何をしても駄目、自分は駄目なんだって自信喪失した表情。これを見ながらなら多分ご飯三杯はいけるね、うん。
よっぽどの精神的主柱が向こうに居たりでもすれば、これの効きはちょっと悪くなったりするんだけど、まあ暴走学園なんぞに居るわけもない。
試合終了間近で0-25という絶望的な状況で、立ち止まったり、座り込む奴まで現れだした暴走イレブンだけど、唯一リーゼントだけが、最後の意地だけで動き続けている。
それもいい。心が折れた姿は中々良いけど、なるべく最後まで抗ってくれた方が、叩き潰した時の快感、悔しがる所を眺める感動もひとしおだから。
ただ試合するだけじゃつまらなかっただろうけど、楽しませてくれたお礼だ。
「打ってきなよ。最後にもう一回勝負しよう?」
後半中に全くボールに触れられていなかったリーゼントにボールを蹴って、ボクはそう笑いかけた。
「……! 後悔すんなよ!」
リーゼントの割にまだ心折れないし、これにも乗ってきてくれる辺り、グレなければ結構いい選手だったんじゃなかろうか。
経歴知らないし、興味もわかないけど。
「“ダイナマイト”――」
忍ちゃんが“負けたら殺す”って感じの物騒な目で見ている中で、リーゼントは打ち上げたボールをオーバーヘッドでゴールへ向けて打ち下ろした。
「――“シュート”ォ!!」
カチリという、タイマーにスイッチを入れたような音と共に、さっきと同じようにボールが飛んできた。
万が一がないように、しっかり叩き潰せるように。
腰に持ってきた掌に丁寧に“気”を集めて、振りかぶると同時に解き放つ。
「“スパイダーネット”!!!」
空中に広がった幾つもの蜘蛛の巣状の網が、一斉にボールを何重にもして包み込んだ。
同時にボン、とボールが爆ぜて糸が散り、爆風が広がるが、空中で起こったそれは土埃を巻き上げたくらいで周囲はもちろん、ボクにも何の被害も与えることはなかった。
同時に、試合終了のホイッスルが鳴り響いた。
「……っ!」
ああ……その顔が見たかった。
歯を食い縛って、その口を振るわせて、でも睨み付けて頑張って敵意を示すそのちぐはぐな表情、とても良い。
端的に言うと興奮する。十分くらい眺めていたい。
けど、そういう訳にはいかないみたいだ。
パトカーのサイレンが聞こえてくる。
まあ常識的に考えて、中学校に不良集団が乗り込んで暴れてるとか通報ものだよね。
近所の人が通報したのか、あるいは……。
試合に出ていた十一人が戦意喪失するのをまざまざと見せつけられて放心状態だった暴走学園の不良たちは、サイレンを聞いて我に返り、逃げようと慌て出したが、そこに到着した警官とかち合って揉み合いになっていた。
校門からは出られないと見た不良が校舎側に逃げ込んできたりして、ちょっとした混乱が起こる。
それに乗じてリーゼントからペンダントをむしりとり、三人にアイコンタクトでずらかることを伝える。
校門は避け、そこから遠い塀を飛び越えて学校を後にする。サッカー選手ならこれくらいは簡単だ。
比得さんとたけしに事情を話しながら、さっきチラ見えしたモヒカンの姿を追って路地に入ると、案の定そこで待っていた。
「やあ、これでテストとやらは合格でいいの? 忍ちゃんたちも?」
「ああ。実力が十分なのはわかったし、チーム集めをしてるとこに一気に四人も入ってくれるなら願ってもねえ。文句はねえよ」
「ふん。私たちの実力は当然だけど、あんな雑魚連中で本当にテストになったの? 比較にならないことはわかったでしょ」
モヒカンは皆でチームに入れてくれるそうだが、忍ちゃんが、そもそものテストに疑問を呈した。
もちろん、あれらが弱すぎてテストにならないって意味ではボクもわかるけど、あの試合にはもう一つ目的があった。
「デモンストレーションしたかった“力”って、これのことでいいんだよね?」
突き出した、紫色の石のペンダントに、モヒカンの目が行く。当たりだな。
「ああ、それこそが俺のチームに与えられる力だ。その名を“エイリア石”」
「なーるほど。これのお陰で、あのリーゼントは他の雑魚よりちょっと強かったってことか」
「話が早いねえ。そういうことだ」
何度も頷いてから、モヒカンはその目を鋭くしてこちらを見た。
試すような視線だった。
「お前らに入ってもらうチームの名は“真・帝国学園”。この力を与えたエイリア学園の下、俺たち真・帝国学園は雷門中を叩き潰す! お前ら、何を犠牲にしてでも勝つ覚悟はあるか?」
名前からして、誰がそのチームに絡んでるかは明白。
その上でのこの問いに答えるには、文字通りに覚悟が要るだろう。
「――もちろん」
「当然」
「当たり前だ」
「オッケ~」
生憎、今更怖じ気づくなんて可愛げ、うちの面子は持ち合わせていないが。
「あっ、忍ちゃんはいつでも可愛いからね!」
「なんの話よ」
「あ痛」
忍ちゃんとのやり取りに対して馬鹿を見る目に変わったモヒカンが背を向け、ついてこいと促しながら路地の暗闇に進んでいく。
……そうだ、大事なこと聞いてなかった。
「キミ、名前は?」
「あ? ……そういや言ってなかったな。俺は不動明王、お前らのキャプテンだ。
――ようこそ、真・帝国学園へ」
羽取絡女
動きを読み、徹底的に封じることで相手の調子を崩す戦法を好む。
性格が悪い。
スパイダーネット:オリジナル技
目標に向け、幾つもの蜘蛛の巣状の網を投げて捕らえるブロック技。
シュートブロック可能。