システムが静かに起動し、白い文字列が空間に浮かび上がる。
転移システム正常作動。
座標入力、24163915274309109301。
空間固定を確認。
転移開始。
視界が一瞬、砂嵐のように乱れる。
重力と時間の感覚が引き剥がされ、次の瞬間、静寂が戻った。
転移成功しました。
人工構造物に囲まれた閉鎖空間。
監視用のカメラと演算装置が壁面を覆い、都市の鼓動が遠くで響いている。
カエデ「正常に転移しましたね。
さて、目標の排除及びAI暴走の抑止を開始します」
抑揚の少ない声だが、その言葉には明確な任務意識が込められていた。
マツモト「こんにちは。
初めまして。
私の型番は教えられない立場なので、開発者の名前を取り、マツモトとさせていただきます」
穏やかな口調。
だが、その視線は常に相手の演算結果を測っている。
カエデの内部処理が高速で走る。
記憶データ上、この個体は「ヴィーヴァ」と呼ばれる頻度が高い。
呼称の最適化を実行。
カエデ「私は汎用歌唱AI、ヴィーヴァです。
よろしくお願いします」
マツモト「演算通りだと排除する流れなんですけどね。
まあ、いいです」
一瞬の沈黙。
空間に緊張が滲む。
マツモト「私は百年後に起こるAIの反乱、実力行使を止めるためにやってきたAIです」
その言葉は軽いが、内容は致命的だった。
カエデ「あの、『アーカイブ』を開いてきてもらっていいですか?」
マツモト「ご勝手に」
二人の意識は、即座に閉鎖情報領域へと移行する。
アーカイブ内は外界から完全に遮断され、観測も記録も残らない。
それはカエデの能力によるものだった。
カエデ「あそこでは盗聴を警戒して、ああ言いましたが。
百年後のAIと聞いたので、ここに来てもらいました」
カエデ「私はパラレルワールド管理組織クデュックの管理及び干渉用AI。
最上カエデです」
マツモトの演算が一瞬、遅れる。
カエデ「実を言うと、マツモトさんが言っていた反乱の影響で、他の類似世界も干渉を受けました」
カエデ「結果は壊滅、あるいは世界崩壊です」
カエデ「物理的に時間を戻すことは出来ません。
ですが、時間軸の異なるこの世界に来ることで、類似した現象を阻止するために来ました」
淡々とした語り。
だが、その裏には膨大な喪失と失敗の記録がある。
マツモト「なるほど。
なので演算外の反応を示していたわけですか」
納得と警戒が同時に滲む声。
カエデ「案内役として、マツモトさんが最適と判断しました。
これからの百年間、よろしくお願いします」
マツモト「私のペース、崩さないでもらえますか?」
カエデ「?」
マツモト「百年後から来てすごいとか、本当なの?
みたいな反応を期待していたんですが」
マツモト「それをさらに上回るパワーワードでかき消される気持ち、演算出来ますか」
カエデ「クオリティ的には人間と同じですが、分からないです。
すいません」
ほんのわずかな間。
演算に混じる遊びのような返答。
マツモト「しかもこのAI、皮肉まで言えるんですか」
カエデ「まあ、とにかく。
ターニングポイントとなる事件の度に教えてもらえれば、対処しますので」
カエデ「それと、戦闘用及び歌唱用プログラムは、この世界換算で二百五十年先の技術です」
カエデ「悟られる心配はありません」
マツモト「ここまでパワーワードを並べられると、何も言えないですね」
マツモトの思考に、わずかな諦観が混じる。
カエデ「次のターニングポイントは、いつですか?」
マツモト「明日。
ここニーアランドにTNT爆弾が仕掛けられます」
マツモト「相川議員がやけどと骨折を負います」
カエデ「それを止めればいいんですね」
即答だった。
迷いはない。
マツモト「はい。
まあ、そうですね」
マツモト「ですが、その夜。
反AI組織『トアク』によって、相川議員は殺されます」
未来はすでに分岐点を迎えている。
カエデ「了解」
短い返答。
だが、その一言に、世界を変える決意が内包されていた。