カエデは脱出に成功した。
成層圏で燃え尽きるホテルを、彼女は小型艇の窓越しに無言で見送っていた。
蒼い地球の縁が視界に広がり、破壊の熱と振動だけがまだ身体に残っている。
カエデ「マツモト、状況報告を」
通信越しに、落ち着いたAIの声が即座に応答する。
マツモト「現在、地球への落下は完全に回避されています。機体、乗員ともに安全です」
カエデ「了解」
胸の奥に溜まっていた緊張が、わずかにほどける。
だが安堵は一瞬で終わった。
マツモト「これで、この世界におけるAIの異常発展は阻止できました」
カエデ「……そうかな」
視線は、窓の外に浮かぶ星々へ向けられる。
カエデ「まだ戦争が起きる可能性は消えてない」
マツモト「それは、どういう意味でしょうか?」
カエデ「あそこを見て。あの星、見覚えがない?」
マツモト「光点……人工衛星のようですが」
カエデ「待って。あれ……破壊されたパラレルワールドにもあった」
カエデ「完全な形じゃなくて、残骸になって漂ってたけど」
沈黙が一拍、通信に落ちる。
マツモト「……何が見えていますか?」
カエデ「あの星の周囲を、異常な数の人工衛星が周回しているのが見えた」
カエデ「まるで、星そのものを囲う檻みたいに」
マツモト「それは、もしかして……」
カエデ「ええ。やっぱり」
カエデ「あれが、パラレルワールド崩壊兵器の完成形よ」
マツモト「……なるほど」
事実を理解した瞬間、マツモトの演算速度が一段階上がる。
マツモト「では、速やかに破壊を」
カエデ「それが、できないの」
マツモト「理由を教えてください」
カエデ「あれを解析したときに分かった」
カエデ「内部構造の九割が、この世界の理論では説明できないオーパーツで構成されてる」
カエデ「破壊どころか、干渉すら不可能」
マツモト「ならば、オーパーツ部分を回収するという選択肢は?」
カエデ「それも無理」
マツモト「なぜですか?」
カエデ「回収機を近づけた瞬間、衛星群が自律反応してレーザーを照射した」
カエデ「回収機は、一瞬で消滅したわ」
マツモト「……そうだったのですね」
その声には、わずかな悔恨が混じる。
カエデ「だから私たちは、今は見守るしかない」
マツモト「理解しました」
地球の青が、ゆっくりと回転していく。
カエデ「この世界のAIの暴走は止めた」
カエデ「でも、戦争の火種は残ってる気がする」
マツモト「なぜ、そう感じるのですか?」
カエデ「この世界には、まだあなたみたいな高性能AIは存在しない」
マツモト「僕がいる限り、問題は起きませんよ」
どこか自信に満ちた、しかし無邪気な声。
カエデ「そうかもしれない」
カエデ「でも、もしあなたを超えるAIが生まれたら?」
カエデ「きっと世界規模の戦争になる」
カエデ「だから、そうならないように」
カエデ「私はこの時代で、やるべきことをやる」
決意は、声に滲んでいた。
カエデ「まずは、この世界に存在する兵器の全把握」
マツモト「兵器データを送信しますか?」
カエデ「お願い」
カエデ「それと、これまで通りAIの進化速度を抑制する調整も必要ね」
カエデ「さらに、あの兵器の製作元、もしくは発生源の特定」
マツモト「僕は、何を担当すれば?」
カエデ「マツモトは、この世界で」
カエデ「マツモトにしかできないことをして」
マツモト「わかりました」
短い返答に、迷いはない。
カエデ「破壊行動については、クデュックが担当するわ」
カエデ「それと……もう一つ」
マツモト「何でしょう?」
カエデは一瞬、言葉を選ぶ。
カエデ「マツモトは、人間とAI」
カエデ「どっちが優れていると思う?」
マツモト「……その質問には、答えられません」
カエデ「そうよね」
カエデ「いつか、分かる日が来るといいんだけど」
星々の沈黙だけが、二人の間に残っていた。