「どうして、どうしてサッカーの大会に出られないんですか!」
俺の服の裾を泣いて叫ぶ少年がいた。雨上がりのグラウンドを一人で整備して文句の一つも言わない、強い子供だった。
だからそんなこの夢を崩すようで悪いけれど、大人として、彼の夢を知っている人間としてこの役目を誰かに、ましてや書面などで済ますつもりはなかった。
「いいか、よく聞くんだ
ぐしゃぐしゃに握りしめられたワイシャツに手を伸ばし、彼の手を自分の手のひらで掬い上げる。
思い返すは2年前、過疎が激しいこの山奥にある学校に赴任し目が死んでいた教師である俺。
「俺を無理やり顧問にしたのも、部員を集めたのだって知ってる」
人間の生徒よりも飼っている動物の数のほうが多い。こんなクソ田舎中学のいいところは、場所を気にせずタバコが吸えること。
そんな俺の休憩時間を叩き壊した時のこの子の熱量はライターの火よりも熱かったのだって覚えている。
今にして思えばどれもいい思い出だ。少なくとも今日まで腐らずにいられたのは「熱意あるサッカー部の顧問」という役職を受け入れたからだろう。
レン自身も天才だったから。恵まれすぎた身体能力と不器用なセンスは叩けば響く、磨けば光る。それほどの原石の面倒を見て面白くないはずがない。
だから、俺だって言いたくはない。
けど言わねばならない。
「……FF大会の参加資格は、
「で、でもボクはちゃんと全員集めました! なぁみんな!?」
そうだ、彼は部活として認められる数を集めた。今日までついてきた彼らにレンは振り返って同意を求めた。
何も言うことはない。お前のやりたいようにやればいい、そんな信頼にも似た思いが言葉もなしにレンへと伝わっていく。
これが絆。
「──いや、流石にヤギとか犬の単位は『人』じゃないぞレン」
「そこをなんとか~!!」
正確には意思の疎通もできておらず「またなんか叫んでるよ子の人間の子供」そんな雰囲気でゆったりとしている家畜たち。
いや、正確にはこの家畜も生徒なのだ。
「ほら、みんなも一応は生徒じゃないですか」
「名誉生徒、な。うちの中でだけなら頭数として認めてやったけど」
自然豊かな学び舎では動物もまた生徒である。そんな校風により名誉生徒として認められた彼らを職員室に連れてきて、「この子たちがサッカー部に入ってくれます!!」と狂った目で熱弁したのは鮮明に記憶に植え付けられている。
逃げだそうとする牛すらも引き止めていた。
正直怖かった。
でもまあ、そんな熱意があるならそのうち誰か入るかもしれない。
ここまで必死になっている生徒の頑張りを無下にするのは。
というか断ったら何をされるかわからない。
三時間にも及ぶ職員会議の末認めてあげたのがここまで彼を苦しめることになるとは思っていなかった。
「公式大会は無理に決まってるだろお前」
「書類として出してみたら意外と通るかもしれないじゃないですか! ……ほら、ザッシュだってこんなに滾っているんです!」
「単にサッカーボールで遊んでるだけだろ」
背番号二番、その辺を歩いていたというだけで手懐け加え入れられた元野良犬。ザッシュがレンからボールを奪い取り、ひとりでに遊び始める。
そろそろ散歩の時間じゃないか? 連れて行ってあげないと拗ねるぞ。
「ああこら、ボールに歯を立てちゃダメだって! あれ、ミーケはどこへ……」
「今さっき、ネズ太郎を追いかけて校門から出て行ったぞ。喧嘩するからケージに入れとけって言っただろ俺」
「うわーまたかー。今度こそ食べられてないといいけど」
背番号3番の三毛猫、ミーケ。一番、ハムスターのネズ太郎は犬猿の仲……というか猫鼠の仲。
しょっちゅう追いかけっこをしている。仲良く喧嘩してほしいものだ。
他にもたまに突進してくる羊に二足歩行で踊りだす馬など、まともな部員は一人たりともいないのだ。こんなのはどう考えても大会に出られるわけがないのだ。
「……ともあれ、例え書類が万が一通っちまったらそれこそやばいだろうが。十一分の二しか人間いないんだぞこの部活。一人は幽霊部員だしよ」
「い、いやなんとかなりますって。それに幽霊部員ちゃんももしかしたら試合の日ぐらいは……無理か」
「試合日程組まれて蓋開けたら、お前ひとりしかいませんでしたってなって……ただで済むわけないだろ常識的に考えて」
まずそんなことを認めた大会運営、そして学校、そんなバカげたことをしたこいつに批判は免れられない。それを俺が許可するわけもない。
しかし俺がいくら諭そうとレンがあきらめる気配はない。
「じゃ、じゃあその日までに人間を集め──」
「書類の締め切りは明後日だ。一学年二桁もいないこの学校でどうやって集める気だ」
「いっそ教師の方々に変装してもらって」
「いろいろと無理があるし協力はしてくれないよ」
「……ほかの学校からスカウトしてうちへ転入」
「転入が二日で終わるかよ、それに誰がここへ越してくれるんだ」
フルボッコ。もういい加減あきらめてくれ。俺もつらいんだよ。
可能性にすらならない思い付きをつぶして、空を眺める。雲が一面を覆った、なんとも言えない薄暗い空だ。
ずっと掬われたまま手から次第に力が抜けていくのがわかる。いい兆候であり、悲しくもあった。
「……先生、クローンの作り方とか」
「人を何だと思ってる。というか知ってたとしても教えねぇよ。人道から外れたことをさせるわけがないって」
それを最後に、力が抜けきる。脱力しきったレンの体からはいつも感じ取れるほどの豪の気はない。
だから俺は「ようやく諦めてくれたんだな」と思い一度手を離した。支えが消えた腕がプラプラ、彼の肩を支点に揺れる。
……。
「……お前はよくやったよ。俺もサッカー部は一応残しておくし、来年新入生がいたらちゃんとさそってみたりもするさ。
本当にサッカーがしたいっていうんなら、親御さんを説得してでも別の学校への転入だって応援する」
「……ボクは、この学校で」
全部本音だった。少なくとも俺が子供の時に部活を作ろうだなんて思わなかったし、ましてやそれを無理やり先生たちに認めさせるなんてことはできなかった。
だから、報われるためにはそれぐらいだったしてやる。そう励ましていた。
「えーとほら、戦国伊賀島とかってどうだ? 俺の出身校なんだがそこならFF大会の常連だ。お前は身体能力もいいし……忍者学校なんて呼ばれてるけどいいとこだぞ」
「……忍者」
「そう! ほら、火遁の術とか水の上歩く方法とか分身の術とか……とにかくいろんな忍者っぽいことを学ばせられるんだけど──」
反応した単語に合わせて押し売りしてみた。当時嫌がっていた授業もセールスポイントになるかと思って口にしてしまった。
「分身、の……術?」
それが、いけなかった。
揺れていた腕に力が入る。
「……ちなみに先生、分身の術とかってアレ。どうやってるんですか?」
「え、そりゃ……なんでも特定の位置の時だけ速度を調整する……高速移動による残像現象とかなんとか」
なにかがまずいと雰囲気で直観が告げていたが、それが何かは気が付けなかった。
膝を軽く折り曲げ始める。明らかに何かを準備している。
「……部員のみんなの苗字を、みんなボクと同じにできますか。それで書類を運営に送っていただけませんか」
「……なにを、言っている? だからいくら書類が通ったところで、一人しかいないなら──」
腕が、ブレた。
姿が一瞬消えた。
一瞬の後に、俺は絶対に認めてはならない光景を目の当たりにしてしまう。
「「一人じゃないなら、大丈夫ですよね……!」」
「なっ……!?」
二人いたんだ、確かに。残像だなんてチャチなものじゃない。いや原理はそうであるはずなのに、頭で理解しているはずなのに。
レンが少し息を切らして二人いる。間違いなく高速で移動することで二人に増えている。
ありえない。ここまで完成度が高い分身の術なんて俺は卒業間近でようやく一回成功しただけだというのに。
目の前のこいつは、もともとの身体能力があったとしても、この場で完成させた……!?
唖然としている俺をよそに、また二人の姿がぶれる。
今度はつらそうな顔を浮かべた、四人のレンが現れた。
「ボクが、ボクが十一人分になります。明後日までに、十一人まで分身出来たら……書類をお願いします」
出来たら、と言葉にしていたが彼にとっては「出来るから」という意味だなんて俺にはわかっていた。
分身をしながら頭を下げるレン四人を見下ろした俺は、ただ考える。
無性に吸いたくなったタバコ、箱ごと握りつぶして考えた。
「(……大会規則、もう一回見直しておくかぁ)」
しばらくして「十一つ子が出てはいけない」なんて規則がないことを確認。
三時間の間に分身をさらに一人増やしたレンを尻目に、俺は書類の用意を始めたのだった。
つづかない
思いついたら続く
・オリキャラ紹介
-レン 人間 11番
鍛錬のレンと名付けられた少年は子供のころより特訓を怠らなかった。それはひとえに、夢をかなえるため。
理解のある先生を捕まえたからもう問題ないと思っている節がある。
-先生 人間 初犯
まあ最悪クビと賠償金だろうけどいいか、というあきらめに近い気持ちで書類を作っている。
元戦国伊賀島でありそれなりの人類。