西木野の家の人間とはあまりかかわらない方がいい。そんな話が出始めたのは最近のことではない。
大きな家でああるが故、特に製薬会社の会長を務める祖父の影響力は財界や政界にまで及ぶ。当然、根も葉もない噂だって増えていく。中でもいい噂より、悪い噂のほうが広まるのも早く、広まるにつれて尾ひれがつくこともある。
西木野の家に睨まれたら最後、子供の進学にも影響が出たり、父親が急に転勤を命じられたり、仕事を失ったりするなどというのはその最たるものだ。
そんな噂の所為か、西木野家はいつしか敬遠されるようになった。
真姫はそんな事をかいつまんで話した。
「どうせあなただって西木野の家の子には近づくなって言われてるんでしょ?」
告げて、真姫は穂乃果に背を向けて、机の上に置いていたカバンを手に取った。
「言われてないよ」
「なにが?」
「うちは真姫ちゃんに近づくなって言われてない」
「ふーん。あっそ」
「私、頭悪いからさっきまで忘れてたけど、お母さんに聞いたことがある。西木野さんの病院はとってもいい人なんだって」
「え?」
「詳しくは覚えてないんだけどね。でも、お母さんは悪くなんて言ってなかった。むしろ感謝してるみたいなこと言ってた気がする」
「あっそ」
「でも、そんなことは関係なく私は真姫ちゃんと仲良くなりたいって思うよ」
「はぁ? 私の話聞いてた? 私に近づくとあなたも変な噂たてられるかもしれないのよ?」
「でも、真姫ちゃんがその噂は嘘だって言ったでしょ。なら、私は真姫ちゃんを信じる!」
「意味わかんない」
西木野の名を知ってなお、穂乃果の行動は真姫にとって理解の範疇を超えていた。
これまでも声をかけてきた同年代の子は何人もいた。しかし、それも最初だけだった。毎回、最初だけは近づいてくるが西木野の名を知った途端にすぐに距離を置かれてしまうのが常だった。
「それにね。真姫ちゃんが言うようにさ、真姫ちゃんのおじいちゃんはすごい人なんだと思うよ。真姫ちゃんのお父さんもお母さんも病院の経営なんてしてるなんてすごい事だと思う。でも、さっきの真姫ちゃんの演奏が素敵だと思ったのは、真紀ちゃんのおじいちゃんやお父さんお母さんがすごい事とは関係ないもん。私は、あんな素敵な演奏ができる真姫ちゃんと仲良くなりたいの! ……それじゃだめ?」
向けられた眼差しには、畏れも、侮蔑も、哀れみもない単純で無邪気な感情が込められていた。
「……なにそれ……イミワカンナイ」
本当に意味が分からなかった。
初対面だというのにどんどん距離を詰めてくる。しかも、西木野という名前を告げ、少し脅かしたその上でもだ。
「あなたみたいな人始めてだわ」
「やっぱり迷惑かな……」
「そんなこと言ってないでしょ」
もしかすると本当にこの子は違うのかもしれない。なんて、ふと真姫の脳裏に浮かび、思わず頬が緩みそうになるのをぐっとこらえて真姫は振り返った。
「ほら、もうじき完全下校時刻なんだから、ぼーっとしてないで帰るわよ……穂乃果」
「え?」
ぽかんとしていたのは一瞬、ぱあっと笑顔を浮かべると両腕をばっと広げ真姫へと抱き着いた。
「ヴぇぇぇぇぇぇぇ」
まさかいきなり抱き着かれるとは思っていなかった真姫はあわあわとしていると、真姫のカバンからやかましいメロディが鳴り響いた。
「っ!?」
「うわっ! 何の音?」
驚いた穂乃果が真姫から離れた瞬間、世界が静止し、樹海と呼ばれる結界が世界を覆いつくす。それでもなお、真姫のカバンからメロディは止まることなく鳴り続けている。耳障りなその音を止めようと真姫はカバンの中からスマホを取り出すと、画面に映る警告画面をタップした。