「真姫ちゃんのすごい音だね。びっくりしちゃった」
「えっ……?」
驚きのあまり持っていたスマホを落としてしまう真姫。なぜここに穂乃果がいるのか、そんなことを考える間もなく、穂乃果に声をかけられて真姫は我に返った。
「真姫ちゃんどうし……え、なにあれ……」
穂乃果はおびえた様子で窓の外を指差している。
真姫も穂乃果の指差す方向へと視線を向けると、やはり音楽室から映る風景は7色に染まっていた。
不気味さと幻想的な風景が織り交ざった景色の奥に、気味の悪い化け物が見える。大きさから考えてもそれがバーテックスであることは明白だった。
――やっぱり。でも、なぜ結界の中に穂乃果が?
高坂という苗字に覚えがなかったことを考えても、穂乃果が大赦の関係者であるということは考えいにくい。それに、関係者ならこの状況で慌てたりおびえたりする理由がない。
「真姫……ちゃん?」
「え、あぁごめんなさい」
穂乃果に呼ばれていたことに気が付いて、真姫は慌てて穂乃果の方を向き直した。
「真姫ちゃんはなんか平気そうだね。もしかして、なにか知ってるの?」
怯えた様子で尋ねてくる穂乃果に、一瞬気づかれたのかとも思ったが様子からしてそうではないと判断して、「わたしにも何が何だか……」と言って誤魔化した。
穂乃果が樹海に紛れ込んでしまった原因はわからないが、いつまでも取り乱している場合ではないと、真姫は思考を切り替えた。今はまずバーテックスを何とかしなければならない。
今が完全下校時刻という時間でなければ他の勇者も学院にいただろうが、この時間まで学院に残っている可能性は低い。
先ほど窓から見たバーテックスの位置と他の勇者の家の場所から考えて、現状では真姫が一番近い可能性が高い。スマートフォンのアプリを使えばもっと詳しい状況も分かったのだが、あまり怪しまれたくはない。この短時間で分かったことだが、穂乃果は他人との距離が近い傾向がある。適当な理由をつけてスマートフォンを引けたとして、画面を覗き込まれないとは言い切れなかった。
無論、バーテックス襲来は他の勇者たちにも伝わっているはずだが、勇者の間には古からの風習で、他の勇者が戦っているときに介入はしないというものがあった。
――こんなくだらないルールなんて。
勇者を排出する各家々は自分の家こそが最高のであるという自負があり、横槍を入れられるのを好まない。
勇者であれば、たった一人でもバーテックスを倒して当たり前であるという風潮さえあるほどだ。
一部の同盟関係にある家同士であれば、手を組んで対応するということもある。その実、同盟とは名ばかりの主従関係であり、上位の家に当たる勇者を下位の者が補佐するというものだ。
最強の勇者。それは、古の時代から大赦に連なる家々が目指す究極の勇者。
それを生み出すために、大赦に連なる家々は日々研鑽を重ねている。
勇者の力の源は神樹。根源をたどれば全て同じものだ。どの勇者がバーテックスと戦ったとしても、その情報は勇者システムを通して累積され神樹のなかに蒐集されていく。これを繰り返していくことで勇者はより強くなっていく。
しかし、神樹に累積された力を受け継げるのはたった一人。
正確に表現するならば、最期の一人。
究極の勇者を生み出すため必要な条件には他のすべての勇者が死ぬことも含まれている。
現代では協定によって勇者同士の戦闘は禁じられている。必要以上に勇者が損耗すれば、対バーテックスへの守りに支障が出てしまうからだ。
内輪揉めで世界が滅ぶなどあってはならない。
その代替として生まれたのが一人ずつで戦うという取り決めだ。
だから勇者たちは常に一人で戦わなければならない。
勇者は、最期まで孤独なのだ。
真姫自身も西木野家の名を背負っているという自負はある、だが真姫はこのシステムが嫌いだった。
真姫はずっと一人だった。兄弟も姉妹もおらず、両親の愛を一身に受けて育ってきた。忙しいながらも、両親は精一杯真姫のことを見てくれた。