様々な感情が渦を巻き、さながら樹海のような様相を呈していた。今見たことを理解している反面で、理解を拒否している自分がいた。初陣を勝利で飾ったという高揚感も今はなく、むしろ暗鬱な気分でさえあった。
ーー真実を確かめたいと好奇心が手を引いた。
ーー真実を知ることが怖いと足が竦んだ。
海未は穂乃果のもとへと行くべきか悩んだ。海未の思考は二十日鼠のようにくるくると回っている。
胸の鼓動が嫌な速さで鼓動を刻んでいた。
「ちょっとええかな」
不意に、背後から呼び止められて海未は振り返った。
振り返った先に立っていたのは、生徒会長と副会長の二人。どうやら、同行を断れるような雰囲気ではないと察した海未は、怪訝な表情を浮かべながらも、導かれるままに二人の後を追った。
「どのような御用でしょうか?」
警戒心をあらわにして海未は尋ねた。いまこの二人が学生として海未に会いに来たわけでないことは明白で、ピリピリとした空気を纏っていた。
「まずは初勝利おめでとうやな」
剣吞な空気をなだめるように、落ち着いた声音で希が言う。
だが、この状況でおめでとうと言われても素直に喜べるはずもない。
「まさかそれを伝えるために呼び出したわけではないでしょう?」
敵意を隠そうともしない海未に、やれやれといった様子で肩を竦める希。
「いいわ、単刀直入に言いましょう」
「えりち……」
「あなたたちが学院で提出したあのふざけた名前の部活動のことよ。あなたの友人が考えたのでしょうけど、あなただって『勇者』の言葉の重さを知らないわけではないでしょう?」
「ふざけてなどいません。穂乃果はいつだって本気です」
向けられた鋭い視線を真っ向から受け止めて海未は反論した。
確かに海未たち勇者のお役目を持つ者からすれば、『勇者』という言葉には神聖な重みがあるのは事実だ。海未も決して軽んじているわけではなく、穂乃果が勇者という言葉に込めた想いの強さを知っているからだ。
「やってよ、えりち」
こんな状況でもにこにことした笑みを絶やさない希が絵里に向かって言う。隣り合う二人の温度の違いに海未は違和感を覚えたが、それを指摘するような場面でもない。
「たとえ、どんなに真剣に考えていたとしても、私は絶対に『勇者部』なんて認めない」
ぎりっと奥歯をかみしめ、吐き出すように絵里は言う。絵里にとって、それほどまでに『勇者』は特別なものだった。
「私にもあなたが『勇者』という言葉に強い思いを抱いているのはわかります。ですが、だからといって穂乃果がふざけてつけた名前なのだと言われるのは心外です。穂乃果は穂乃果なりに、誰かを助けたいという気持ちを持ってこの名前を付けたんです。重さは違えど、想いは同じだと思えませんか?」
「……ふざけないで!」
絵里の叫びが鼓膜を震わせた。
「想いは同じ? 誰かを助けたい? 私たちは世界の命運を背負っているのよ! ただのボランティアじゃない、命を懸けて私たちは戦っているの! 今日、初めて戦場に立っただけで何をわかった気になっているのか知らないけど、あなたと一緒にしないで!」
絵里の目には涙が滲んでいた。
「何故そこまで『勇者』に拘るんです……?」
いくらなんでも絵里の『勇者』に対する拘り方は異常だった。勇者たちはそれぞれが味方というわけではないが、決して敵でもない。それぞれの思惑はあれど、バーテックスから人類を守るという目的では一致している。家同士の交流がないわけではない。海未もお姉とともに他家の勇者と会ったことも、言葉を交わしたこともある。少なくともその中に、これほどまでに『勇者』というお役目に固執した人を海未は知らなかった。
「理由を聞いたら……あなたはーー私のために死んでくれる?」
絵里に見つめられた時、海未は一瞬、死を予感した。背筋が凍るような、全身から一瞬で熱を奪われたような、そんな感覚。生きているという実感さえ失うそんな目を、絵里は向けていた。
「っ……それはどういうーー」
言いかけて、海未は一つの答えに至る。勇者にとっての究極の目標。大赦に連なるすべての家が目指す悲願。
「究極の勇者……あなたは本気であんなものを目指しているんですか」
大赦の老人たちや家々の長達は本気で目指しているようだが、海未の知る限り、究極の勇者になりたいと思う『勇者』はいない。実際に命を懸けて世界を守る勇者たちは、他の勇者が死ぬことを許容したりしない。共に戦うわけではないが、少なくとも同じように命を懸けて戦う者同士、言葉にできない繋がりがあった。いつ死ぬかわからない身である以上、自分が死んだ際には他の勇者に託すほかにない。言葉はなくとも、勇者たちは散っていった勇者の想いを受け継ぎ、今日まで戦ってきた。だからこそ、絵里の考えに驚きを隠せなかった。
「あんなもの……ですってーー」
声を震わせて、絵里は言葉を絞り出す。
「私には叶えたい、叶えるべき願いがある。その為にはどんなことだってするわ、叶えるために必要なら私は手を汚しても構わない。あなたのいうあんなものにだって私はなるの!」