最期に残った勇者には特権があった。それは、これまでに累積された全ての勇者たちの歴史を受け継ぐと同時に神樹のーー神の元に行くことが出来、その際に一つだけ神様に直接願い事を伝え、叶えてもらうことが出来るというものだ。この伝承を信じているものは多くはないが、それに対して究極の勇者が人類を救うという伝承は信じる者は多い。
「わかっているんですか!? 勇者同士が争えば世界を守ることも出来なくなるんですよ!」
「守れるわ、私と希がいれば、どんな敵だって倒せる」
「希は……希はそれでいいんですか?」
「ええんよ、それで。うちはえりちに救われたんよ。だから、えりちのためになら死んでもええ」
希は優し気な瞳を絵里へと向けた。希にとって、絵里の願いを叶えることが戦う理由だった。そのまま絵里の隣へと歩み寄り、涙をこらえる絵里の背中を撫でる。
「うちは一回死んだようなもんなんよ。だから、今は人生のロスタイムみたいなものだと思ってる。その時間をえりちの為に使うことに躊躇うことなんてない。それにな、海未ちゃんも一度死んでるやん?」
いたずらな笑みを浮かべて海未を見た希の眼は笑っていなかった。
「さっきの戦いの最後。まさか本当に奇跡的な確率で残骸がそれた、なんて思ってないやん?」
「あなたの仕業というわけですか」
「別に恩を売ろうとか、そういうんじゃないんよ。あれはうちの気まぐれみたいなもん。えりちはむしろ止めてたんよ?」
「だから私にも絵里の為に死ねと?」
「違う違う。勇者だって簡単に死ぬってことを知って欲しいんよ」
「そんなこと……」
知っている。と答えようとして、海未の脳裏に浮かんだのは六年前の惨劇の記憶。剣聖とさえ言われた姉の無惨な最期。あれほどの勇者でも勝てなかった相手に、自分は何が出来るのだろうか……。
「確かにえりちの願いの先には海未ちゃんは居ない。でも、海未の願いはえりちが引き継ぐ。そうすれば少なくとも海未ちゃんの願いは叶うはずやで?」
「あなたの言う通りなのかもしれません」
「なら……」
「でも、私はやはり絵里の願いの為に死ぬことは出来ません。たとえ、明日死ぬことになるとしても、それが私の選んだ結果なら構いません。そのあとは絵里や希の好きにしてもらって構いませんが、少なくとも私が生きている間は私が自分で守ります」
「今ここで死ぬことになっても?」
「簡単にはやられませんよ。私は往生際が悪いんです。どんなに無様でも、最後まであきらめない。たとえ刺し違えても、絵里を止めてみせますよ」
海未は逆立ちしてもこの二人に勝てないことは分かっている。それは絵里や希もそうだ。しかし、この時の海未には、なぜか今は殺されないという確信があった。
「そっかそれは残念やな」
ふふふ、と少しも残念そうな顔をしていない希が大げさな身振りで肩を落として見せる。
「希、話は終わったようね」
落ち着きを取り戻した絵里の目に涙はもうなかった。
「そやね。ふられてもーた」
「だから言ったじゃない。助ける必要ないって」
「そうでもないよ。少しだけ海未ちゃんのこともわかったしな」
「まぁいいわ。今日のところは帰りましょう」
踵を返して立ち去っていく二人。希などは振り返って手まで振っている。
「なめられたものですね」
この瞬間、海未が背後から襲わないとも限らないという状況で、簡単に背中を見せられるということは、仮に海未に襲われたとして、退けられる自信があるということなのだろう。
明日から鍛錬のメニューを変更しなければならないな、と海未は考えながら改めて校舎の方を向いた。沈みかかった日の所為か陰になった学院を見て、海未は思う。
校舎前のアレを思い返すと胸の奥が痛んだ。もし、海未の考えている通りなら、自分はそれを祝福出来るのだろうか。
今から学院に行ってももう穂乃果は帰った後だろう。
それに、今日は色々なことが起きすぎた所為か、先ほどまでの高揚感も薄れてずっしりと重くなった身体を引きずるように、海未は家路についた。