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図らずも抱きしめる格好となってしまった真姫は、本当は穂乃果の意識を奪うためであったなどと言えるはずもなく、妙な誤解を生んだまま音楽室に二人、隣り合って座り込んでいた。
ずっと抱き合ったままというわけにもいかず、離れようとした真姫であったが、かといって時折聞える爆音に身を震わせて不安がる穂乃果のことを放ってもおけず、手だけは繋いだままにしておくことにした。
どのくらいそうしていたのか、ふと気が付いた時には七色の世界は消え、爆音は鳴りを潜め放課後の学院には静けさが戻っていた。
「どうやら終わったみたいね」
真姫は雰囲気が変わったことに気が付いた様子で、立ち上がると繋いだ手を引いて穂乃果を立ち上がらせた。
「あれはなんだったのかな……?」
ぱたぱたとスカートについた埃を払いながら、きょろきょろとあたりを見渡して穂乃果が尋ねた。
「――わたしにもわからないわ」
自分でも不自然さを感じる間をおいて真姫は答えたが、穂乃果は気づいた様子もなく恐る恐る窓の外を眺めていた。
「夢だった、とか?」
「そう、かもしれないわね」
どう答えるか一瞬迷った真姫だったが、この場は同意しておくことにした。
真姫としては無関係な一般市民である穂乃果を巻き込んでしまったことに対する負い目があった。今更ではあるが、やはりあの時に穂乃果の意識を奪ってしまえば、本当に夢だったことにしてしまえばよかったと後悔した。今更意識を奪っても、ここまでの記憶が残る可能性が高く、夢だったと言い含められる保証もない。最悪の場合、真姫によって意識を奪われたという記憶が残ることになれば、より一層面倒なことになるのは明白だった。
――記憶を消す手段がないわけじゃないけど。
こういった不慮の事故を想定しているのかはわからないが、他者の記憶を操作する方法は確かに存在する。それが、医学に精通した西木野の家特有のものなのかは真姫にもわからなかったが、このままでは穂乃果に対してそうするほかに手段がない。真姫としても同年代の女の子にそのようなことはしたくないというのが本音だが、勇者やバーテックスについて知られるわけにはいかなかった。一人の勇者として、一時の感情で動くわけにはいかない。
内心で決意を固めた真姫はカバンを手に取ると、穂乃果にも帰るように促した。
「今のがなんだったのかわからないけど、今日はもう帰った方がいいでしょうね」
「でも……」
「あたり一面が変な色の植物に覆われた世界に行きましたって、誰が信じるのよ……」
「それはそうだけど……」
「何かわかるまでは私たちだけの秘密にしましょう? 穂乃果も変な人扱いされたくはないでしよ」
「うん」
音楽室を出て、下駄箱へと歩きながら真姫は記憶を改竄するための準備を進めていく。何気ない会話の中に心に繋がる言葉≪ワード≫を残し、改竄するために必要な鍵を作っておく。この場合は二人だけの秘密がそれにあたり、秘密を共有しているという認識が穂乃果と真姫の間に回路のようなものを作りだし、それを起点にして記憶領域に干渉して、記憶の一部を変換するというのが、真姫の知る記憶を改竄する方法だ。
方法が方法だけに、自分に対して警戒心を持っている相手には使えない。
「ねぇ穂乃果?」
不自然にならないように、真姫はスマホを片手に穂乃果のほうに歩み寄った。記念に連絡先でも交換しようと言えば、きっと快く承諾してくれるだろう。
――大丈夫……よね。
同年代の女の子と連絡先を交換したことがない真姫としては、もし断られたらどうしようかという不安が渦を巻く。
たかが連絡先を交換するだけでどうしてこんなに緊張しなければならないのか。こっちは世界の命運を背負った勇者なのに、と内心で悪態をつきながら、真姫はぎこちない笑顔を浮かべて見せた。
「どうかした?」
「よかったら、なんだけど……アドレスとか交換しないかなって」
「うんいいよ」
あっさりと即答され、真姫は思わず肩を落としそうになった。
画面に表示したバーコードを読み取ろうと近づいてきた穂乃果の目の前で、真姫は急に指をパチンと鳴らした。
その瞬間、穂乃果の目から意思が消え、立ったまま全身の力が抜けていった。背中を曲げ、肩はだらんと下がり、目はうつろになった穂乃果の耳元まで顔を寄せると、真姫は今回のことは夢だったという暗示を囁いた。