黒澤家は静岡にある大赦に連なる名家の一つであり、園田家と同じ武家の家系である。流派こそ違えと、黒澤家も剣術に秀でた家系であり、数多くの勇者を輩出してきた。
似た境遇からか、園田家と黒澤家は交流を盛んに行っており、互いの弟子を一時的に預かったりするなど、研鑽に励んでいた。
「そういえば、黒澤家は今年度から当主が代替わりされたとお聞きしていましたが、どなたが後継者になられたのでしょうか」
今年度の始まりに黒澤家の当主は代替わりしたという話だけは海未も知っていたが、実際に誰が当主になったのかということについては、とんと聞きそびれていた。
「あら、海未さんはご存知なかったのですね。ならば――あえてここは秘密としておきましょう」
ふふふ、と上品ながらもどこか子どもじみた笑みをたたえた母にそう答えられて、海未はぱちぱちと目を瞬かせた。
「さぁ、もう時間ですよ」
母に促されるままに、釈然としないながらも海未は前日のうちに済ませていたカバンを手に取って「行ってきます」と告げて家を出ていった。
☆
初夏の朝。高坂穂乃果は眠そうにしながらも、どうにかもぞもぞとベッドから抜け出してあくびをこぼした。普段なら間違いなく二度寝に勤しむことだが、今日は違っていた。
寝ぼけた眼でスマホのアラームを解除したついでに、穂乃果は昨日知り合ったばかりの真姫に向けて、「おはよ」とメッセージを送った。
直ぐに既読アイコンが付き、「おはよう」と返事が表示される。
寝癖のついた髪のままに一回に降りて顔を洗うと、漂う香りに釣られて居間に顔を出した。
「ゆきほーおはよー」
「おはよーお姉ちゃ……ん!?」
居間には先客がいつもの位置に座っていた。ショートヘアに丸っとした瞳のかわいらしい少女。穂乃果の妹の雪穂だ。
反射的に返事をした雪穂だったが、挨拶をしてきたのが姉だと知るやバッと立ち上がると台所へとすっとんでいった。
「おかーさん! 大変、おねーちゃんが!」
「……自分で起きてきた!?」
家がひっくり返るような大声が台所から響き、母と妹は居間へと舞い戻ってくる。
「穂乃果どこか具合でも悪い?」
「きゅ、救急車呼ぶ?」
随分と酷い言われようだったが、普段の行いからすればそれも致し方ないというものだった。
慌ただしい朝食――ことあるごとに穂乃果の事を心配する二人をなだめながら――を終えて穂乃果はいつもより早く準備を整えた。
毎朝、待ち合わせをしている海未とことりにメッセージを入れてから、穂乃果は元気よく家を飛び出していった。
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