海未の長い説教の後、罰として追加された課題を海未の監視の下で、なんとか終わらせた穂乃果は、この世の終わりだとでも言わんばかりの表情で机に突っ伏していた。
「うぇぇぇ、終わったぁ……」
「自業自得です。だいたい、普段からちゃんとやる週間を……」
「まぁまぁ、海未ちゃん。早くいかないと時間なくなっちゃうよ?」
ことりになだめられて、海未はため息をこぼしながらも、その続きの言葉を飲み込んだ。
「今日は疲れたし明日にでも……」
「自分が言い出しておいてなんですか! だいたいいつもあなたはなんでも後回しに……」
「海未ちゃん」
ことりに窘められて、海未は再び言葉を飲み込んだ。
海未が職員室から貰ってきた、部の活動許可申請書に、三人の名前と必要な事項を書き込んでいく。
最初は勇者部に否定的な海未であったが、穂乃果の熱意に負けて、部長は穂乃果という条件でしぶしぶ承諾した格好だ。
申請書を書き終えた三人は、提出のために生徒会室へと向かった。
放課後は部活動や各種委員会、そして生徒会の活動のために割り当てられており、校庭や体育館では運動系の部活が汗を流している。活気ある運動部とは対照的に校舎内は閑散として、静まり返っていた。
文科系の部活動もあるが、運動部のように大きな声で活動する部は少ない。意外なことに音ノ木坂には、軽音部や合唱部といった音楽系の部活動が存在しなかった。
「うぅ、緊張するよぉ」
「穂乃果ちゃん大丈夫?」
「あんまり大丈夫じゃないかも……」
三人は生徒会室の扉の前に立っていた。
この学院では、部活動や委員会などの申請や活動に関する書類等は一度生徒会を通す決まりになっていた。決して、生徒会が大きな権限を持っているというわけでなく、生徒同士による精査できる環境を作り、生徒たちが自ら考えることを促すための仕組みで、最終的な判断は教師たちによって行われている。
「悪いことして呼ばれたわけでもないのですから、堂々としていればいいんです」
「海未ちゃんもことりちゃんも平気そうだね」
「むしろ、このくらいで緊張しているほうがおかしいんです」
街でも有数の家柄である園田家の娘と、この学院の理事長の娘である二人に比べて、圧倒的に人前に立つという経験の足りない穂乃果は最後まで駄々をこねていたが、海未はそれを無視して生徒会室のドアをノックした。
「どうぞ」
直ぐに部屋の中から応答があり、三人は「失礼します」と断ってから、生徒会室へと足を踏み入れた。
「どうしたん?」
三人を出迎えたのは、おっとりした雰囲気を持った女性。同世代とは思えない落ち着きのある雰囲気を湛えたその女性は、柔らかな笑みを浮かべて訪れた三人の前に立っていた。
女性の顔を見た海未の眉が一瞬、ぴくっと動いたが、そのことに気づいた者はいなかった。
「部活動の申請と許可をもらいに来ました。申請書もここに」
「なら生徒会長に直接渡すとええよ」
そう言って彼女が振り向いた先には、ノートPCの画面とにらみ合っている鮮やかな金髪の女性の姿があった。
「絵里ち、お客さんよ」
「ん、何かしら?」
海未は前に出ると、申請書を絵里と呼ばれた女性へと手渡した。
「これはなに?」
申請書を一瞥してから、絵里は海未へと鋭い視線を向けて問いただした。
「部設立の申請書ですが」
「それは見れば分かるわ。聞きたいのはこの勇者部というふざけているとしか思えない内容と名前よ」
申請書には部の名称として【勇者部】、活動内容には【人助け等】と書かれていた。確かにそんな内容の申請書を提出されれば、このような反応になるのも無理はないとも思ったが、これは決してふざけているわけではない。少なくとも、悪ふざけで人助けをしようなどと穂乃果が言わないことを海未は知っている。
「ふざけてなんていません!」
そう答えたのは、穂乃果だった。
「そう、だとしても認めるわけにはいかないわ」
突き放すように、申請書を海未へと差し出しながらはっきりと言う。
「どうしてですか?」
「そもそもね、同好会であっても最低五人の部員が必要なの」
「ですが、現在五人以下でも活動している部もあると聞いています」
負けじと海未が反論する。だが、絵里の表情は仮面のように微動だにしない。
「そうね。でも、設立時にはどの部も五人以上いたはずよ」
冷たく、淡々と答える絵里。しかし、そのどれもが等しく正論だった。言葉に詰まる海未。
「あと二人……あと二人いればいいんですよね?」
確認するように、穂乃果が尋ねる。
「あくまで申請できる最低というだけよ。当然、先生方による審査もあるわ。活動目的や活動の内容によっては却下されることもあるし、顧問を引き受けて下さる先生がいるかどうかもわからないのよ」
諦めろという強い意志の籠った瞳だった。射貫くような、鋭い視線を受けてなお穂乃果は全く動じた様子もなく、一言「わかりました」と告げて軽く頭を下げると、海未とことりを促して生徒会室を後にした。