サイレンススズカとクリスマスにいちゃいちゃするお話 作:坂水木
肌寒い風が吹き、露出した肌が一段と冬の冷気を感じる。
橙色の長い髪が靡き、切り揃えた前髪の下で眉が寄せられる。
普段走って身体に熱が溜まっているだけに、じっと静かに寒空の下立っているだけでより一層寒いと感じてしまうのだろうか。
そんなことを思いながら、橙髪の少女――サイレンススズカはマフラーを口元まで引き上げた。
駅から少しばかり遠い場所であるため、人通りはそう多くない。彼女がサイレンススズカであると気づいた人も、色々なことを察し、気遣い通り過ぎていく。ピンと立ったウマ耳自体は多くの人々には見慣れたもので、わざわざ声をかける人もいなかった。
じっと待っているスズカは、クリーム色の明るい厚手のコートに身を包み、濃緑色の長いスカートをコートの裾から覗かせていた。黒いタイツに包まれた足は細く、これがあの力強く速い走りを見せるものだとは到底思えまい。
とはいえ、そんな走りも今しばらくは衆目が目にすることのないものであるが。
可愛らしく外気の冷たさに頬を赤くし、じっと駅のある方向を見つめている少女を待たせている罪な男が一人、いそいそと脚をもたつかせながら足早にやってきた。
「っ!!」
サイレンススズカは驚きに目を丸くし、声を出すのも惜しいとばかりに男へ駆け寄る。
「どうして走っているのよ!」
「いやーはは、遅れちゃったから?」
「……べつに、遅れるくらい気にしないわ。それよりフウくん。脚は……」
「まあ大丈夫大丈夫。そんな気にしないでよ。順調だからさ。それはスズカが一番知ってるでしょ?」
「ええ……知っているわ」
曖昧に笑うスズカに対し、男――サイレンススズカのトレーナーである
一年と少し前。
サイレンススズカはレース中、左脚に骨折を負った。レースにもよるが平均で時速60km程度を出すウマ娘が骨折し転倒するとなると、それだけで命にかかわる事故となってしまう。
スズカもまた、あわや命の危機かと思われたが、彼女の危難に誰よりも早く気づき足を動かしていた男がいた。それがサイレンススズカのトレーナー、常宮風男である。スズカからはフウくんと呼ばれている。
ただの人間である風男がウマ娘へ、骨折で速度が落ちているとはいえ走っているウマ娘に追いつくはずがないと、誰もがそう思うだろう。
だが、彼は違った。誰もが彼の、風男の走る姿を見て目を疑った。
常宮風男という男はトレーナである一方、一人の天才であった。
天才という名では生温いほどに、技術革新の一端を担っていると言ってもいい。そんな大天才の一人であったのだ。
彼の研究は、ざっくりと近年発見された反重力粒子への物であった。重力に対抗するかのごとく力場を形成する粒子のエネルギー形成となる原因、方向性、量。多くの研究を重ね、閃きと発想の転換により反重力エネルギーへある程度の指向性を持たせることに成功したのだ。
それはまだ発見からの日の浅い物質だからこそ成し得たことかもしれないし、彼の師であり共同研究者である教授が風男の自由な発想を現実に落とし込む能力に長けていたからかもしれない。
どちらにせよ、常宮風男は天才であった。
若干十五歳にして未来を切り拓く技術開発に寄与し、十六歳には最年少となる中央トレーニングセンター学園、通称トレセン学園のトレーナ免許を取得することに成功した。
技術研究・開発者であったこととトレーナー免許の取得に因果関係などないと考えられるが、そもそも風男はウマ娘に走りで追いつきたくて研究を始めたのだ。ある程度見通しができたので、改めてウマ娘の走りを最も近くで見られるトレーナーになろうと思った。
思った、というよりもともとその予定であったのだが。
紆余曲折あり、サイレンススズカの担当トレーナーとなった風男はウマ娘との二人三脚でなんとかかんとかレースに勝ったり負けたりしてきたのである。
そして、運命の天皇賞秋。11月1日。空は染み渡るような晴天で、なんとも目を奪われる蒼の美しさに満ちていた。
風男は十九歳、スズカは十八歳と未だ若く、世間では若輩者と言われても仕方のない年齢ではあった。積み上げてきた時間は濃くとも、未来は、先はまだ長い。そんな時分。
端的に、スズカは骨折し、トレーナーである風男は彼女に追いつき支え、二人同時に病院送りとなったのである。
人間である風男がウマ娘であるサイレンススズカに追いつけた理由は、彼の研究にあった。反重力粒子を利用した装置を使い、超加速したのである。俗に言うパワードスーツ、それも脚に着用するような小型サイズのもの。
ただし、それは未完成であり試験品であり、大きな副作用があった。
超加速に対する防護機能がなかったのだ。ある程度までなら機械そのものがクッションともなるが、リミッターを超えて使用した場合その限りではない。
筋肉断裂、神経の損傷、脚骨の骨折。裂傷から内部組織の損傷まで、風男の脚は大きなダメージを負った。脚だけでなく、それは心肺機能にも及び、サイレンススズカよりも常宮風男の方がよっぽど重傷であった。
幸いにも心肺機能はウマ娘への研究の進みにより開発された薬で治癒したが、脚に関してはどうにもならなかった。それはもう、完全な回復は不可能と言えるほどのもので……。
一年後。現在。
進んだ医療技術により、風男の肉体はある程度の回復が進んでいた。
骨は完全とは言わずとも元の形を取り戻し、細り切った脚もある程度の肉を取り戻した。足の指が言うことを聞かないことがあるなど、些細な問題だろう。
動けるようになり、杖ありきとは言えど歩けるようになっただけでも奇跡としか言いようがない。リハビリを重ねた結果、今では一人で出歩くことも可能となっている。
ただまあ、今のように少し足を速めただけで脚が言うことを聞かなくなるのだが。
「フウくん。無理はしないと言ったでしょう?」
「だから無理はしてないって……」
「……」
「……ごめんって。もう無理しないから」
「……そう、ね。ええ、そうしてね。これ以上私を心配させないで」
「わかったよ。……それじゃあ、行こうか。暗い顔は止めてさ。明るく行こうぜ」
「……はぁ、まったく。フウくんは本当に……ふふっ、しょうがない人」
お互いに支え合うようにして、ゆっくりと脚を動かしていく。
今日はクリスマスだ。記念すべき――と言えるような状況ではないけれど、それでも二人にとっては大事な時間だった。当たり前に歩けて、当たり前に話せる。それがどれほど大きなことなのか、今の二人は身に染みて知っているから。