サイレンススズカとクリスマスにいちゃいちゃするお話 作:坂水木
ショッピングモール二階を一通り流し見て、サイレンススズカと常宮風男の二人は三階へと上がっていった。二階の化粧品売り場でスズカが少々立ち止まり、風男に色々と意見を求める一幕もあったが、それはさておき。
三階は建物の全体案内図にもあった通りライフスタイル――生活用品が売っている場所だ。風男の目的であるカレンダーがあるかどうかはともかく、見て回って損はない。ライフスタイルというだけあって、風男もスズカも一階二階よりもちゃんと見ようという意識があった。
入っているお店の中では家具や衣服を全般的に扱うチェーン店があり、他には専門店が小さく立ち並んでいる。ゆっくりと歩きながら、二人が最初に――というより風男が目を留めたのは寝具専門店だった。
「おー、枕売ってるんだ」
「?枕を買いたいの?」
多種多様な素材で寝心地を演出する枕が売りで、個々人に合わせたオーダーメイドも行っている。風男は布団や枕への関心が強く、前々から良い物ほしいなぁと思っていた。思っているだけで一切買う行動には移っていないが。
「買いたい気持ちはある。でもまだ時期じゃないんだ」
「ふふっ、じゃあいつか買うのね」
気取った言い回しにくすりと笑い、スズカは遠慮する風男の手を引く。
せっかくだからとお店の中に入り、店員に会釈だけしてあれこれと寝具を見ていく。
「フウくんが今使っている枕はどんなものなの?」
「どんなって、普通のだよ」
ほら、布のやつとそれっぽいジェスチャーで説明する。
スズカの頭にぼんやりと絵が浮かぶが、ジェスチャーの意味がなさすぎて変におかしかった。くすくすと笑ってしまい、憮然とした様子でいじける風男をなだめる。
「ごめんね。普通のよね、普通の。きっと私も似たようなものを使っているわ」
「そうなんだ」
「ええ。こういうのは全然。遠くのレース場でホテルに泊まったときくらいかしら」
お試しとして置かれているいくつかの枕の一つに指を沈ませる。スズカのしなやかな指がふんわりと沈み込み、その柔らかさに自然と頬が緩む。風男と違い興味は薄かったが、これはなかなか悪くない触り心地だった。
「フウくんも触る?」
「触る」
ということで、各種枕の感触を試していくことにした。それぞれの感想はというと。
ホテルによくあるふわふわの。
「ふわふわね」
「ふわふわだね」
「私の使っているものより寝心地が良さそうよ」
「俺の使ってるのよりも。でも変えるほどじゃないかな」
「ふふっ、フウくん枕変わったらなかなか寝られないものね」
「いやそうだけどさ。なんで知ってるのよ……というかスズカもでしょ?」
「ふふ、ええ、一緒ね」
プラスチックパイプ。
「これ、ばあちゃん家にあったんだよね」
「そうなの?」
「昔はそうだったのか知らないけど、全部これ系の枕だったんだ」
「ふーん……私の祖父母の家は普段と変わらない枕だったわ」
「……ねえスズカ」
「なに?」
「スズカってばあちゃんじいちゃんのこと何て呼んでるの?」
「え?……おばあちゃん、おじいちゃん、だけど……おかしいかしら」
「いや、ふふ、ううん。おばあちゃまとかおじいちゃまって言ってるのかと思って」
「もう、そんな言い方しないわ」
「そうだよね」
「ええ。それで、肝心の使い心地はどうだったの?」
「えー、まあまあ?割と眠れる感じ」
「……曖昧じゃない」
「俺が眠れるってだけで察してほしいぜ」
「ふふっ、そうね」
低反発枕。
「あんまり沈むものじゃないのね」
「だね。思ったより反発力感じるんだよ、これ」
「?使ったことあるの?」
「一時期買って使ってみたことある。すぐにやめたけど」
「どうして?」
「寝つき悪くなって……」
「ふふふ、フウくんらしいわ」
低反発ひえひえ枕。
「……冬に売るものじゃないわね」
「それはどうかな?」
「どういう意味?」
「首とか頭って血管多いし熱溜まるじゃん?それを冷やすことで眠りやすくするって寸法よ」
「ふーん……よく知っているのね」
「前に調べたからね」
「買おうとは思わなかったの?」
「……まだ時期じゃないのさ」
「ふふっ、そうだったわね」
高反発枕。
「いやこれは固いって」
「床布団のようね」
「俺やスズカはだめだけど、誰か使ってそうな人いるかな」
「そうね……グラスちゃんとか」
「……グラスワンダーはそば殻の方がありそうじゃない?」
「あぁ、言われればそうね。なら会長さんは?」
「……ルドルフさん、座ってること多そうだからなぁ。頭より腰に敷いてそう」
「……今度、エアグルーヴに聞いてみようかしら」
「エアグルーヴの負担になるからやめようね」
そば殻枕。
「個人的にはこれ好きだけどね」
「私もパイプより好きよ」
「でもちゃんと干したりしないと虫が湧くらしいから」
「フウくん、枕干してる?」
「……ほどほどに」
「ふふ、私が干しに行ってあげるわね」
「トレーナー宿舎へのウマ娘の進入は禁止です」
「そんな事実はないわね。結構皆入ってるじゃない」
「……そういえば俺もいろんな人に来てもらったなぁ」
「最近はどう?」
「割と落ち着いたし、スズカ以外は他のトレーナーの方が多いかな」
「……女の人?」
「ふふふ、ジェラシー?」
「もう、からかわないでっ」
「ははは」
シルクの真綿枕。
「あー、これよこれ。平均的な感じ」
「たぶんこれ、フウくんが思っているより高いわよ」
「え、ほんと?」
「ほら、プレミアムシリーズと書いてあるじゃない」
「……俺が使ってるの、結構いいやつなのかな」
「どこで買ったの?」
「確か家具衣服含めた全般店」
「ならそれほど高くないわね」
「そうだよねぇ」
「ずっと使っているから愛着があるのよ、きっと」
見て触れて回り、あれがいいこれがいいと言いながら、改めていつか買おうとの結論を下した。
店としては迷惑だったかもしれないが、店員にちょろっと話を聞けばそういった客も多いとか。オーダーメイドで買う時は本当にしっかり考えて、一度寝心地を試してからにした方がいいとアドバイスをもらった。
寝具専門店ということなので、最近は枕や布団を選んで一泊できるホテルも増えてきているとか。そういった場所で本格的に寝て試してから買った方がいいとの話だった。
親切な店員にお礼を伝え、二人は店を出る。
いつかどこかで試したいねと、軽く言う風男にスズカは顔を赤らめてこくりと頷いた。
三階を見て回り、ちょっとした雑貨屋に入るも小物が中心でカレンダーは取り扱っていなかった。スズカの気を引くものもなく、ゆるゆると散策は進んでいく。
ランジェリーショップを通り過ぎるところで、ぐっと立ち止まり風男の手を引いたスズカがじぃっと隣の男の瞳を見つめる。
彼女の意図を察して焦りを覚える。
「いや、絶対入らないから」
「そう?どうして?」
「どうしてってそりゃ……さすがにあるじゃん。色々と」
「別にフウくんにならいいけど」
「よくない。俺の心によくないからだめ。下着選びならそれこそ他のウマ娘に付き合ってもらいな」
「例えば?」
「例えばって、スペシャルウィークとか?」
「スぺちゃんはだめよ」
「なんでよ」
「あの子はセンスがないってマヤとスカーレットが話しているのを聞いたの」
「ええ……。同室なんだし実際見てるんじゃないの?その辺は?」
「……フウくん、えっちよ」
「なっ!そ、そんなつもりないんだけど!」
「ふふふっ、わかってるわ」
短い会話を切り上げて、二人はもう一店舗だけ回っていく。アイコンタクトでエスカレーター付近にあったから最後に回ろうと決めていたお店。そう、靴下の専門店だ。
「いらっしゃいませ」
店員から挨拶を受け、どんな靴下があるのかを尋ねる。
相手は風男とスズカの首元を数瞬見つめ、それでもプロ意識かにっこりと微笑んで話を続けた。どのような靴下をお探しでしょうか。片方はこの人に似合いそうなものを、片方はこのウマ娘に似合いそうなものを、と揃って口を開き、ぱちぱちと互いを見合うことになった。
靴下屋を訪れたいという気持ちはあっても、互いに何を買いたいのかという思いはわかっていなかったのだ。
スズカの要望を先に聞き、それから風男の要望をと案内を受ける。成人男性用の靴下は数も多く、普段着として、ビジネス用として、ちょっとしたオシャレとして。用途別にいくつか置き場を教えてもらった。
ウマ娘用のもあるにはあるが、基本的には女性物と変わらない。足を大事にするために伸縮性に優れかつ強靭な繊維でできた靴下もあるが、そう数は多くない。需要の少なさが影響していた。代わって多いのが、足を温めるために特殊な素材で作られたものだった。
人間の女性にも人気があり、ウマ娘の多くにも愛用されているという。温めるということは血行促進にも繋がるので、身に着けているだけでも一定の効果はあるというわけだ。
「スズカ、どれがいい?」
「……うぅん」
悩ましい。専門店なだけあってデザインが豊富でどれを選べばいいかと悩む。
どうせ効果は変わらないのだからどれでもいいと言えばどれでもよく、それでも選ぶなら風男の気に入るものがいい。とそこまで思って、さっと顔を上げる。
「フウくん。フウくんが選んで?」
「俺が?」
「私に似合うのをフウくんが選べば完璧でしょう?」
「そう、かな」
「ええ」
「……まあ、スズカがそう言うなら」
名案とばかりに言うスズカに頷き、彼女に似合いそうなものをピックアップしていく。
最終的に選んだのは横に小さく三ツ星が描かれた二足の靴下だった。色はそれぞれ水色と橙色。星の色はどちらも白で、空と夕焼けをイメージした二つであった。
スズカが選んだ風男の靴下と合わせてレジで購入し(支払いはスズカ)、その場を後にする。
荷物持ちはスズカ、支払いもスズカと、担当ウマ娘に任せきりな状況をよく考えれば何とも言えなくなるが、もう慣れたものだ。
荷物持ちくらいやろうという気持ちはあるが、如何せん片手が杖で塞がっている。そのうえ定期的にスズカが手を繋いでくるので、そちらも使えない。というより、スズカ自身が手を繋ぎたいがために荷物を持たせないようにしてくる。申し訳なさもあれば、照れくささもあり。
少女の優しさと好意が嬉し恥ずかしい年頃の男である。
二人で並んで四階に向かう途中、なんとなくの気持ちで風男はスズカに声をかける。
「スズカ、ありがとう」
「?ふふ、どういたしまして」
わかっていなさそうな顔で、それでも目を見て伝わってきたことに言葉を返す。微笑んで、きゅっと風男の手を掴む。お互いに、なんともくすぐったい気持ちだった。