サイレンススズカとクリスマスにいちゃいちゃするお話 作:坂水木
四階から五階に移り、サイレンススズカと常宮風男はぶらぶらと散歩をしながら辺りを見回っていた。100円ショップに家電量販店、それと本屋。本命の本屋は後で寄るとして、ショッピングモールともなれば100円ショップの規模も大きい。さすがに建物丸ごと使った家電量販店の支店には負けるため、そちらは先に回って流し見してしまった。
高価なマッサージ椅子やちょっとした新作製品に興味惹かれることはあっても、特に購入には至らず100円均一ショップに入っていく。
基本的に置いてある製品は変わらず、購買意欲を促すものはない。ウインドショッピングらしく、のんびりと見て回っていった。
カレンダーコーナーで一度足を止めるも、百均のカレンダーじゃちょっとなぁという風男の経験則から避けさせてもらった。
100円ショップを抜けると、次は本屋だ。お目当てはカレンダー。来年のカレンダーである。スズカは特に興味がない――ということもなく、トレーナー室に置くものであるため割と興味津々だった。
本屋特有の、インクとも紙の匂いとも取れる空気に身を浸しながら、二人は歩いて道を抜けていく。人の通りはそれなりに多く、本屋の中を通るとすれ違うのも大変そうだからと店舗の外を歩いていた。開放感あふれる本屋で助かった。ショッピングモール様様である。
「……うーん」
風男が小さくうなるのは、店舗の一角に作られた新年コーナーだった。クリスマス当日だからかクリスマスコーナーはまた別途設けられ、そちらにはクリスマスに最適なブックセレクションや小物が置かれている。対して新年コーナーには真新しい日記や家計簿といった来年から始めるようのものが多く、カレンダーの種類も豊富であった。
隣で悩むトレーナーに頬を緩め、自分も考えようとスズカはゆるりと視線を巡らせる。
動物、花、無地、本、景色、城、世界遺産と、結構な数がある。その中でも風景シリーズの数が最も多いだろうか。世界遺産もそこに含まれるし、一番選びやすい無難な選択肢なのかもしれない。
正直どれがいいかなんてわからないし、スズカ個人の意見としては風景シリーズの星空集がよかった。
屋内でも屋外でも色々と走ってはきたものだが、やはり走るのに良いのは屋外だと思う。それも遮るもののない場所。綺麗で透き通って、風が気持ちよくてずっと走っていられる。そんな場所がいい。
最近は特に、星空というものが好きだった。満天の星の下、きらきら光る星々に照らされた道をひた走る。風はちょっぴり冷たくて、それでもあふれる体温の熱で心地いいくらいで、見上げなくても視界に映る夜空が綺麗で。走っていて楽しいのに、世界まるごと独り占めしているみたいな気分になれるから。
だからスズカは、"星の見える場所"というタイトルのカレンダーがいいなと思っていた。
季節なんて一切関係ないし、風男が見ていて楽しいかもわからない。でも、一緒に想い馳せて、いつか二人でカレンダーの場所に行って走れたら……なんて思う。
夢だけど、フウくんの脚のことは知っているから難しいかもしれないけど。でも、その時は私がフウくんをお姫様みたいに抱き上げて走ればいいだけだし……。
我ながら名案だと、サイレンススズカは隣の風男に目を向ける。
そこにはこちらを見つめる一対の瞳があった。ぴくりとウマ耳が跳ねる。
担当ウマ娘のちょっとした動揺を見抜き、彼女の頭を撫でる。ほんのりと頬に朱色が差すスズカに微笑みながら、風男は口を開けた。
「欲しいものあった?」
「どうしてわかるの……」
「スズカのこと見てたし」
「も、もう……」
抗議の目を向けてくる少女に笑いかけつつも、スズカが見ていたカレンダーを見やる。
そこに置いてあるのは星空特集のカレンダーだった。表紙が天上見渡す限りの星空で、誰もいない草原の丘から空を眺めるワンシーンが飾られていた。ずいぶんとロマンチックで、綺麗な一枚だった。
照れるスズカに肩をすくめ、風男はカレンダーを手に取る。来年のカレンダーは決まりだ。
「これにしよう」
「……いいの?」
「うん。俺
目を見開くスズカに軽く笑い、いつかどこかの遠い未来を見る。
自分は走れているだろうか――いや、走れていないだろう。医者にも散々言われた。回復はしても、以前と同じように走れることはないと。これがウマ娘ならもう引退だ。幸いトレーナーは脚が悪くてもできる。でも……常宮風男としては走れないとだめ
もう過去形だ。諦めて、認めて、受け入れて。それでも隣に立っていてくれるスズカがいるのだから、それ以上は望めない。スズカが走って、その先で待つ。走れなくても、立つことはできる。それで十分だ。
だからきっと、星空の下でも俺は走れていない。今日のように散歩をしているだろうか。別のどこかで待っている、というのはスズカの性格上ないだろう。一緒にいるとして、それならどうするか。スズカのことだ。もしかしたら、おんぶでもして――そこまで思って、ふっと笑う。
「フウくん?」
「いや、ちょっと面白くて」
「何が?」
「この写真見ててさ。もしここに俺たちがいたら、きっとスズカは俺のこと抱え上げて走るんだろうなって思っちゃって」
「――ふふっ」
「その笑いはもしかして?」
「ええ、ふふ、私もさっき同じことを考えたわ」
「そっか。はは」
二人で走って競走して、星空に見惚れるスズカを追い越して。負けず嫌いなスズカに負けて負けて。ハンデを付けて勝って、むくれるスズカに追いかけられて捕まって、二人で倒れて転がって。見上げる星空は綺麗で綺麗で、本当に綺麗で。見ているだけで息が止まってしまいそうなほどで。それでも、隣にある体温が今を実感させてくれるから、世界の美しさを心底楽しめる。
風男は一人、そんな夢のような未来を幻視した。
きっともうありえない未来で、本当に夢でしかない未来。
だけど、スズカに抱えられて走る未来もまた、悪くないものだと思う自分がいる。
「スズカ」
「ん」
「いつか、いつの日か。二人で夜空を見に行こう。ずっとずっと遠くまで続く星空をさ」
「――ええ。私とフウくんの二人で」
穏やかな風男の声に、サイレンススズカは彼との距離を少しだけ詰める。ちょっとだけ頭を傾けて、彼の肩に寄りかからせる。
現実に見えている世界は本屋の一角でしかないのに、二人の脳裏には同じ景色が、情景が思い浮かんでいた。
星々散りばめられた夜の下、風を切って走って、笑いながら柔らかな草の地面をじゃれ合い転げ回って。ずっと見ていたいと思うような景色を、手を繋いで二人眺める。
それはきっと、スズカと風男の二人ともが心の奥で一番に求めていた"景色"の一つだった。