サイレンススズカとクリスマスにいちゃいちゃするお話   作:坂水木

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14. クリスマスケーキ他色々

 ショッピングモールの地下一階を散策するスズカと風男は、人の流れに乗りながらゆったりと周囲を見回していた。

 和洋折衷に加え中華料理から北欧に東南アジアと思われる料理まで、さすがに種類が豊富だった。見ているだけで涎が出てきてしまいそうで――こくりとスズカが喉を鳴らす。

 

 距離が近いだけあり、少女の些細な物音を耳にした風男は聞かなかったフリをした。羞恥に頬を染める姿も可愛らしいが、今はそれより周囲の食べ物たちに釣られている男である。色気より食い気。いくら食の細い男だとしても、食欲がなくなったわけではない。そういうこともある。

 

 スズカと風男、二人が歩いている通りにはお弁当屋が並んでいた。同時に総菜も多く、完成した料理が様々置かれている。

 風男は色々とあれこれ見て、それぞれ一口ずつ食べてみたいなぁと贅沢なことを考えていたが、スズカはまた別のところを見ていた。一点、ただ一か所だけを見つめている。

 

「フウくん」

「うん?」

「ニンジンカツが置かれているわ」

「え、なにそれ本当?」

「私が噓をつくわけないじゃない。本当よ。見て?」

 

 手を引かれ促され、ニンジンカツの下へと歩いていく。お店としては"カツ"と聞いた段階で予想できていたことだが、やはりカツ屋であった。トンカツを基本としたお店で、店内の商品を見る限り野菜類も多く取り扱っているようだ。

 

 スズカの言う"ニンジンカツ"は店中心から数歩横にずれたところに置いてあった。

 驚いたことに、人参が丸ごと一本揚げられ、縦にざくざくと切られている。スーパーでよく見るトンカツのニンジンバージョンだった。断面がニンジン色で綺麗に染まっている。いや人参なのだから当たり前か。

 

 ね?と喜色満面に意思を伝えてくるスズカに、風男は参ったとばかりに肩をすくめて微笑んだ。

 

「本物だね。で、これを見つけたスズカはどうしたいのよ」

「?食べてみたいわ」

「そりゃそうか。じゃあ買おうか」

「ええ、ふふ、いくつ買う?」

「えー……」

 

 スズカの期待に満ちた眼差しに戸惑う。

 いくつ買うか、と問われニンジンカツの入ったパックを見つめる。数は多い。限定品といった様子はなく、この場に見えるだけでも十はあるだろう。さすがに十は買わないとしても、自分が一口もらうとして、スズカには二つ。スペシャルウィーク、もといチームスピカにおすそ分けするなら一人一本……だとさすがに多すぎる。おすそ分けはなしだ。この後クリスマスニンジンもクリスマスケーキもあるのだし、これ以上嵩張るのはさすがによくない。

 それに、スピカの方はスピカの方でパーティーでもなんでもしているだろう。

 

「とりあえず二本でいいんじゃない?」

「そうね。たくさん買っても食べ切れないもの」

「そうそう」

 

 というわけで、ニンジンカツのパックを二つ買って店を出る。袋に入ったニンジンカツを芽キャベツの入ったエコバッグにするりと入れた。エコバッグの持ち手は風男である。

 

 再び人の流れに乗り、多くの弁当を見ていく中で風男があるものを見つけた。

 

「おおー、だし巻き卵あるじゃん」

「フウくん、卵料理好きだったものね」

「うん。こういうの見ると、つい食べたくなっちゃうんだよね」

 

 大きなだし巻き卵がまるまる一本置かれていた。値段もお手頃、サイズもほどほどで買って持って帰ってもいいくらいだ。でも。と、風男は隣のスズカと目を合わせる。

 

 スズカは風男の視線を受け、彼の優しい眼差しに考えを察する。だてに何年間も一緒に過ごしていない。特にこの一年は濃い日々で、トレーナーの、常宮風男という人間についてよく学んだ。

 好きなものがどうとか何気に話していないことも多いけれど、全部を全部話していないなんてことはない。むしろきっと、知らないことの方が少ないくらいだ。だから、卵料理を、だし巻き卵を見てこの人が思ったことはわかる。

 

「今年中にでも、また作るわね」

「……うん。ありがとう」

「ふふ、どういたしまして」

 

 卵焼きは、スズカの得意料理の一つだ。

 

 ぽつぽつと話しながら総菜屋を離れ、次に二人が同時に見つけたのは求めていたものの一つだった。

 

「ついに見つけてしまったか。俺たちの――」

「フウくん、クリスマスニンジンよ?」

「あぁうん。知ってるから引っ張らないで。ちゃんと歩くから」

 

 ぐいぐいと風男の腕を掴んで進むスズカに、苦笑しながらもついていく。

 クリスマスニンジンを販売しているお店はいたって普通の総菜屋の一つだった。お弁当も色々と並べられていて、中にはクリスマスらしくローストチキンが一羽丸ごと、というものもある。おかずの一角に、風男の探し物であるクリスマスニンジンはあった。

 

 見た目は一本の人参そのままで、艶がありちょっとした焦げ目もあるのが特徴と言えば特徴だろう。葉の部分はしっかりと取られ、丸ごと食べられるようになっている。袋は一般的なプラスチックの袋で、ホイップクリームを絞る筒のような形状をしている。二重の袋に可愛らしく赤白のリボンが付けられたクリスマスニンジンが均等に並べられていた。

 

「何本買おうか?」

「ん……難しいわ」

 

 二年前はお試しで一本買っただけだったので、今年はもっと買ってもいいとは思っている。

 風男自身食べたいのもあるし、スズカが食べたいなら食べたい分だけ全部食べさせてあげたいという思いもある。そうは言っても、他にも色々買っているのだから買い過ぎても困る。明日食べればいいという話ではなく、単純に持って帰るのが難しくなるからだ。

 自分の杖に掛けているエコバッグも限界があり、杖を使っている分ぎりぎりまで詰めることはできない。できるだけ軽い状態にしておきたかった。

 

 クリスマスケーキはスズカに持ってもらうとして、何本買えばいいか。悩ましいところだ。

 

「これも二つ――いや三つにしようか」

「……四つ」

「……うん。四つね。わかった。それでいこう」

 

 それくらいならまあ、との判断で購入は四つにした。四本なら持てないこともないし今日中はともかく明日も含めれば食べ切れないこともないはず。

 

 ささっと買うだけ買い、他の食べ物に目移りしそうなのを抑えて店を出る。

 

 もう一つ買い物は残っているものの、一番に食べたいものを買えたのでスズカは満足だった。

 ニンジンカツにクリスマスニンジンと、肉や魚、野菜を含めて好き嫌いがあまりないとはいえ、サイレンススズカもやはりウマ娘。美味しい人参料理は好きだった。

 

 満足感に浸り、ふぅ、と息を吐く。隣にはお菓子屋がいくつか並ぶコーナーへ熱い視線を注ぐトレーナーの姿がある。その視線をいくらか私にも――思っている最中にちょうどスズカと風男の視線が絡まった。

 

 なに?とでも言うように表情だけで問いかけてくる男に、少女はふわりと微笑んで首を振った。緩く首をかしげる風男にくすりと笑いながら、足取り軽く手を引いて歩いていく。

 今度はケーキだ。クリスマスケーキ。二人で食べると話したクリスマスケーキが待っている。お腹はそんなに空いていないけれど、不思議と待ちきれない、そんな思いがある。今から楽しみでならなかった。

 

 胸を弾ませ――あくまでも比喩的表現であり、スズカの胸に弾むなにがしかがあるわけではない――歩き、途中から風男だけでなくスズカもまた目を輝かせる。

 

 二人の視線の先にあるのは、明るく照らされたショーケースの中でふんわりと彩られ光るケーキの数々であった。

 

 横に長いショーケースは途中で区切られており、どうやら半分のところでお店が変わっているらしい。どちらにもそれなりに人が並んでおり、どれを買おうか悩んでいる客の姿もよく見える。これからそこに自分も混ざるのだと思うと少し億劫な気分になるスズカだが、置かれているケーキを見ればそれも吹き飛ぶ。大事なのはケーキだ。どれもこれも綺麗で美味しそう。食べたい。

 

 ケーキ屋の前に着き、周囲からの好奇の視線にも負けず品定めを始める。

 

 ショートケーキ、チョコレートケーキ、モンブラン、ガトーショコラ、デコレーションケーキ、レアチーズケーキ、フルーツケーキ、シフォンケーキと、さすがはクリスマス。多種のホールケーキがずらりと並べられていた。見た目も華やかに、苺の赤さがよく目立つ。

 じーっとケーキの並びを眺めていて、ふとスズカは思うことがあった。

 

「フウくん」

「うん」

「今日、どんなケーキを買うか決めていたの?」

「え、全然考えてないけど」

「そう……。じゃあ、どうやって決めるの?」

「そりゃフィーリングで。俺たち二人で決めればいいんじゃないの?」

「そうね……。それもそうね」

 

 言われてみればその通りだった。

 せっかくケーキ屋さんの前にいるのだから、今から決めればいい。時間はあるのだし、じっくり考えて決めよう。

 納得と共に頷き、スズカは風男と話をしながらクリスマスケーキ選びを始めた。

 

 

「私は全部一口……いえ、一切れずつ食べたいわ」

「さっきの俺と同じこと考えてるじゃん。規模全然違うけど。一切れってあれでしょ。下の段に置いてあるやつ」

「そうね。全部あれでいいと思うの」

「……二十以上あるよ?」

「食べられるわ」

「そっかー。でもま、スズカがそうしたいなら真面目に全部買ってもいいよ?」

「……フウくんは時々私に甘すぎるわ」

「その分俺もスズカに甘やかされてるからプラスマイナスゼロだね」

「もう……。わかったわよ。ちゃんと選びましょう?フウくんが食べたいのは?」

「え、俺?うーん、とりあえずあれだね」

「ええと……洋梨タルト?」

「うん、それ」

「ふーん……じゃあ一つはそれで決まりね」

「ありがとう。ていうかいくつか買うのね……」

「大丈夫、二つしか買わないわ」

「おーけー。二つなら、そうだなぁ。片方タルトならもう片方はスポンジケーキにしよう」

「ふふ、そうね」

 

 

 色々悩みつつも、結局選んだのは苺のクリスマスショートケーキだった。それに洋梨のタルトを入れて二つ。二段重ねの入れ物に保冷剤と共に入れてもらい、丈夫な紙袋にも入れてもらって持ち帰る。

 これで当初の目標は買い終えた。クリスマスケーキとクリスマスニンジンとカレンダーと。靴下やニンジンカツなど、他にもいくつか買い物をしてはいても、ひとまずこれで終わりだ。思ったよりも長いショッピングになったなと、風男は心地よい疲れと達成感に身を浸す。

 

 そんなトレーナーの姿を見て、スズカは微笑む。

 歩き回るのも、食事をするのも、買い物をするのも。どれも楽しくて時間なんて一瞬で過ぎてしまった。

 フウくんと出会ってからの時間はとても早くて、毎日が夢のよう――とは言わないけど、時間の流れを感じないくらい記憶に鮮明に残っている。今日もまた、いつでも思い返せるような、そんな日になった。

 

 きっとこの人は、私のトレーナーは、フウくんは私が今こんな風に考えているなんて知りもしないんでしょうね。無自覚に他人(ひと)のこと幸せいっぱいにしちゃうなんて、本当ずるい人だわ。でも、そんな人だから私は今、こうしていられる。フウくんの隣で、明るく笑顔でいられる。そう思うと、ちょっぴり照れくさくて、でもやっぱり嬉しくもあって――。

 

「スズカー、いったん外出ようぜー」

「ふふっ、ええ、いいわよ」

 

 のんびりとした風男の声に頷き、サイレンススズカは脚を動かす。考え事を振り払い、すごい楽しそうだけどどうかした?なんて尋ねてくるトレーナーに、悪戯っぽく笑って秘密とだけ答えた。

 

 一切の重みを感じさせない足取りで、橙色のウマ娘は自身のトレーナーとじゃれ合いながら歩いていく。今日も彼女の脚は、迷いなく羽のように軽やかに前へと進んでいた。

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