サイレンススズカとクリスマスにいちゃいちゃするお話   作:坂水木

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15. クリスマスの夜

 建物から出ると、空の青が遠ざかり、浮かぶ白雲は茜色に薄く色付いていた。

 沈みゆく太陽により建物の影は増え、スズカと風男が出た場所も影となって冬の寒さが押し寄せてきていた。

 

 冷たい空気に肺が冷やされ、これまで押し込められていたものが解放されたような、不思議な爽快感があった。それも数分後には寒さで消え去ると思うと何とも言えないが、今だけは気分がよかった。二人して深呼吸し、お互いに見合って笑い合って、落ち着いたところでゆったりと歩き出す。

 

「んー、いやはや、もう夕方だよ。スズカ、時間はわかる?」

「少し待って?……ん、十六時半過ぎといったところね」

 

 腕時計は風男しかしていないので、スズカは彼と繋いだ手を持ち上げてじっと見た。時刻は夕方らしくもうすぐ十七時。ショッピングで二時間以上使ってしまったらしい。

 長いようで短いなぁと、そんな感想を抱く男女である。

 

「帰ろうかー。なんか疲れたし」

「ふふっ、フウくん疲れたの?」

「そりゃー疲れるよ。色々買ったしさ」

 

 と、右手に持った杖に引っ掛かる袋を揺らす。中には今日の成果が色々と入っている。次いで隣のウマ娘の左手にも目を向け、流して彼女と目を合わせた。ね?とでも言いたげな男に、スズカはくすりと笑った。

 

「ふふ、ええ。色々買ったわね。帰りましょう?」

「うん。帰ろ帰ろー。それからクリスマスパーティーだ」

 

 買い物を終え後は帰るだけとなり、気分も楽になった風男はずいぶんとゆるっとした空気を纏っていた。頭も緩く、スズカが意識的に距離を詰めていることにも気づかずぽやぽやとしていた。

 いかにもクリスマスデートを楽しむカップルといった風体の二人は、当たり前のように手を繋いで帰りの途につく。

 

 電車に乗り、十数分揺られ、電車を降り、トレセン学園に戻る。

 

 ぼんやりしながら会話をし、トレセン学園の敷地内に入ったところで風男が気づく。

 あれ、そういえばクリスマスプレゼント俺の部屋じゃね?と。

 

「……」

 

 無言で緩まり切った頭を動かし始める男の隣で、少女もまた気づいたことがあった。

 あれ、そういえばフウくんへのクリスマスプレゼント、部屋に置いたままかも……。と。

 

「……」

 

 まったく同じように思考を巡らせているとは露知らず、スズカはスズカで、風男は風男で頭を回す。

 最初はこのままトレーナー室に行ってパーティーだーとかなんとか考えていた二人だが、これはよくない。食べ物は買ったし、飲み物はトレーナー室に常備されている。量も二人分にしては十分以上だ。それでもよくない。クリスマスプレゼントがないのはとってもよくない。取りに行かなくては。

 

「フウくん」

「スズカ」

 

 名前を呼び合い、見つめ合って笑みをこぼす。何を考えているのか伝わってきた。どうにも、相手は自分と同じことを考えていたらしい。

 

「はは、はー。うん。よし、いったん別れようか。トレーナー室集合ね」

「ふふ、ええ、そうしましょう。また後でね」

「うん。後で」

 

 ちょっぴりの名残惜しはありつつも、マフラーを解き手も解き、それぞれの住まいへと向かう。スズカは寮へ、風男はトレーナー宿舎へ。

 

 

 常宮風男が宿舎で他のトレーナーに遭遇したり、サイレンススズカが栗東寮で他のウマ娘に遭遇したりとあったが、それぞれ笑顔でかわして逃げてきた。

 彼と彼女の仲睦まじさは学園在籍中の多くのトレーナーとウマ娘に知られているので、誰もが察した。

 

 トレーナ室へと着いたのはスズカが先だった。足の速さを考えれば当たり前であり、彼女は慣れた手つきで鍵を開けて部屋に入る。電気をつけ、暖房を入れ、荷物を机に置き、カーテンを閉めて、プレゼントは胸に抱いてソファーに座る。

 

「……ふぅ」

 

 息を吐き、柔らかなソファーに背を預ける。沈み込む身体が心地よくて、気が抜けて疲れが押し寄せてきた。

 どうやってプレゼントを渡そう。きっとフウくんもプレゼントを持ってきているから、普通に渡せばいいのかな。交換すればそれで。今日は楽しかった。疲れたけれど、それ以上に楽しかった。あとはケーキを食べて、ニンジンを食べて、たくさんお話をして……それから……それから…………――。

 

 

 風男はトレーナ室までやってくるも、ドアから漏れる明かりがあるのに一切音が聞こえないことを不思議がっていた。数秒考え、もしかして、と思う。

 できるだけ音を立てないように戸を開き、そっと部屋に足を踏み入れる。

 

 案の定と言うべきか。

 部屋ではスズカがお休み中だった。すぅすぅと小さく寝息を立て、ソファーの背もたれに身体を預けて静かに眠っている。

 

 耳の良いウマ娘である彼女が、人が部屋に入ってきて気づかないなんてよほど疲れていたのだろうか。そう思って、買い物から持ち帰りそのまま杖に掛けていたエコバッグと、トレーナー宿舎の自室から持ってきたプレゼントを机に置く。

 

 そっと、静かにスズカの隣に腰かけ、彼女の頭を撫でる。さらさらとした橙色の髪が指をくすぐるように揺れ動く。

 ぴくりと動くウマ耳は浅い眠りを示しているのか、一瞬眉間に寄せられた皴も、撫で続けていると次第に消えて表情が和らいでいった。

 

 リラックスした様子のスズカを見つめ撫でながら、風男は優しく微笑む。

 思うことは色々ある。来年から復帰だとか、こんな自分によく着いてきてくれたとか。今年のことも、来年のことも。考えればきりがない。

 

 骨折だとか復帰だとか、そういう話は正直もう数え切れないほどして、お互い泣きながら叫び合うような、そんな青春っぽいこともした。それがまさかこの一年以内のこととは到底思えない。遠い昔のことのようだ。

 二人で競走したのも、風男が自転車を使ったのも、電動自転車を使って生徒会に怒られたのも、今となっては懐かしい。ほんの数年前の出来事だなんて、まったく思えない。

 

 スズカは、ずいぶんと成長した。

 見た目はそう変わっていなくても、心が大きく成長した。おおらかになった、とでも言えばいいのか。物事を受け入れて吞み込んで、自らの糧とできるようになった。

 単純に大人になった、と言えばそれで終わりではあるけれど。人として成長し、諦めない心や立ち上がる勇気、人とのかかわりで生まれる多くのものを認め手に取り、心にしまえるようになった。

 

 もう、一端の大人だ。

 こうして寝顔を見ていると、出会った頃とそう変わらない、可愛らしい少女にしか見えないのに。大きな苦難を乗り越えてここにいるとは思えないような、そんな寝顔をしている。

 

 まあでも、スズカがそうなら俺もそうかと。風男は胸の内で苦笑する。

 

 だって、まだ二十歳なんだぜ。よく考えてみれば、世間の二十歳なんてまだまだ学生も多い年頃だ。自分がやりたいことだったからって、他のこと全部放り投げて重力実験ばかりして、いや正確には地球の自転も入ってくるから違うんだけどさ。海外行って研究して、帰ってきてトレーナーになって、それで大怪我だ。なんとか治ったけど、脚はボロボロ。脚だけじゃない。心肺組織も弱ったまま。しょうがないけど、二十歳って考えると、本当に俺頑張ってるわ。

 

 苦い思い出を自画自賛して。そうでもしないと羅列したらあんまり受け入れたくなかったからだけど、それでも、やっぱり風男自身よくやったと思う。

 

 人生、まだ先は長い。

 今日が終わって、明日が終わって。クリスマスの翌日は有記念だ。黄金世代の皆に綺羅星世代の皆も走ると聞いた。クラシック級の綺羅星世代がどこまで食らいつけるのかわからないが、面白いレースになるのは間違いないだろう。

 

 そんな有記念が終われば年末で、年越しだ。新年になって、そろそろスズカの復帰レースが見えてきて。春にもなればまた色々変わっているだろう。夏、秋、冬と過ぎていき、その頃どんな生活をしているのか。スズカはいろんなレースに出て、また勝ったり負けたり一喜一憂しているんだろうなと、少女の移り変わる表情が思い浮かんで小さく笑う。

 

「本当に、先は長いよなぁ……」

 

 つい口を衝いて出てしまった言葉に、慌てて健やかに眠っているウマ娘へと目を向ける。

 

「ん……すぅ……」

 

 起こさずに済んだようだ。ほっと息を吐く。

 

 考え事を振り払って、どうしようかと時計を見る。トレーナー室の壁掛け時計は十七時を過ぎて少し経ったところ。

 特にやることもなく、このままスズカの頭を撫でているのも悪くない。腕が疲れてきたのも彼女の安眠のためだと思えばなんてことはない。

 

 でも、今日クリスマスだし。と心で呟き、どうせならサンタクロースの真似事をするのもいいかと思った。

 静かに立ち上がり、プレゼントとして買っておいたものを机の上から持ってくる。スズカの枕元――はソファーなので無理なので、置くのはクッションの上だ。贅沢を言えば大きな赤の靴下にでも入れたかったが、そこまでのものは持っていない。部屋の飾りつけもしていないし、あっさりしたものだ。

 

 元の場所に戻り、スズカと同じくソファーに身を預ける。部屋の暖かさとソファーの柔らかさが心地よかった。

 

「――フウくん」

「う……いつから起きてた?」

「……私のこと撫でるのやめたとき?」

「……そっか」

 

 意外と驚きは少なくて。隣から聞こえてきた声に自然と返事をすることができた。

 

「スズカ、それプレゼントね」

「……ありがとう。フウくん、私からもプレゼントがあるの」

「ありがとうね。開けていい?」

「ええ」

 

 私も開けていい?との言にダメって言ったらどうすると返し、むんむんとほんのり頬を膨らませるスズカに頬を緩める。ごめんと謝りながらいつでも開けてと伝え、風男はもらったプレゼントを開けていく。袋を開け、中身を取り出す。

 

「これ、マフラー?」

 

 スズカから渡されたクリスマスプレゼントはマフラーだった。彼女の髪と同じ、甘やかなオレンジ色のマフラー。触り心地よくふわふわとしている。頬に当てるとふんわり甘い香りが鼻に届いた。

 

「ええ。フウくんあんまりマフラー持ってないでしょ?だから今度はそれで今日みたいに……一緒に」

 

 頬を赤くする少女に、男は微笑んで頷いた。

 

「うん。ありがとう」

 

 触れて、どこにもタグや縫い付けがないことに気づく。おや、と思うと同時にまさか、とも思う。

 目前の少女を見て、耳をぴこぴこと動かしている照れ屋なスズカを見つめる。

 

「もしかしてこれ、スズカが編んだ?」

「……うん」

「…………そりゃすごい」

 

 出ない言葉をどうにか絞り出した結果がこれだ。稚拙な言葉で、だからこそ風男の心が鮮明に反映されている。

 

「ふ、フウくん。私も開けるわね」

「う、うん」

 

 手作りだなんて思わなくて、時間をかけて作ってくれたことが嬉しくて感謝が募る。

 すぐに気づいてくれたことが嬉しくて、にこにこと笑顔でこっちを見てくるのが嬉しいのに恥ずかしい。

 

 部屋の暖かさに負けず劣らず、二人とも心の中は温かさでいっぱいだった。

 

 風男からもらったクリスマスプレゼントの袋を開けて中身を取り出すと、そこにはふわふわとした一揃いの手袋があった。

 色は冬雲のようなホワイトグレー。落ち着いた色合いの、どんな場所でも身に着けられる汎用性の高い手袋だった。

 

「これ……」

 

 触り心地の良さはさすがというべきか。外側からだけでも結構なお値段を感じる。それはいいとして、まだ続く羞恥を紛らわせるためにスズカには思いついたことがあった。

 

「これ、もしかしてフウくんの手作り?」

「そんなわけあるかい」

「ふふっ、そうよね。知ってるわ」

「俺にそのレベルが作れたらもっと前からプレゼントしてるよ。……というか、このマフラーだけどさ。スズカって編み物得意だったっけ」

「いいえ。クリークさんに教えてもらったの」

「あぁ……」

 

 納得の声がこぼれる。

 風男はスーパークリークとあまり面識がないが、それでも話を耳に挟んだことはある。トレーナーを逆スカウトしたとか、母性の塊だとか、多くのウマ娘を子供扱いするとか。その中に、編み物が得意という話もあった。スズカがこれだけのものを作れるということは、少なくとも編み物に関しての噂は本物だったのだろう。

 

 教える人が上手くても、教わる側が真面目に本気で取り組まないと意味がないので、スズカがどれだけ心を込めて作ってくれたのかがより伝わってくる。

 このマフラーは、一生の宝物だ。

 

「……スズカ、俺、このマフラー一生使わないで部屋に飾っておくよ」

「だめ。ちゃんと使ってもらわないと困るわ」

「そう?」

「そう」

「そっか」

「その……またいつでも編むから、ちゃんと使ってね」

「ふふ、うん。わかった」

 

 いじらしく目を逸らす少女に、風男は柔らかく笑って答えた。

 

 

 そうして。

 クリスマスプレゼントを交換し、互いにもらったものは大事にしまって二人のクリスマスパーティーが始まった。

 

 ニンジンカツを食べたり、クリスマスニンジンを食べたり、クリスマスケーキを食べたり。食べてばかりなのもなんだかなぁということで、食べさせ合いっこをしてみたり。羞恥が大きすぎて話にならなかったり、途中でスペシャルウィークが部屋に入ってきて空気が固まったりと。

 

 スペシャルウィークを追ってチームスピカの面々がやってきて、わいのわいのとパーティーっぽくなり、シルベリーミィスがダイワスカーレットとウオッカを呼んで、トレーナーが四人も集まることになったりと。少し騒がしいくらいのクリスマスになった。

 

 途中からさすがに人数が多いということでスピカの部屋に移り、飾り付けされているクリスマスっぽい部屋で色々と話をした。明日の有記念への抱負だったり、今日のスズカと風男が買い物行っててどうだったと根掘り葉掘り聞かれたりと。人混みが苦手なスズカも、この空間は楽しくて終始笑顔でいっぱいだった。

 

 早い時間に始めたパーティーはまだ終わらず、夜の二十時頃。二十一時には明日に備えて解散と考えていたが、その前にいったんとスズカと風男は部屋を出た。ゴールドシップが無言で親指を立てて見送ってきたが、すぐにメジロマックイーンに頭を引っ叩かれていた。

 

 

 部屋を出て、チームの部屋がある棟を抜け、外に出る。

 肌寒い中、空には満天とは言えずとも冬の星が広がっていた。

 

 息が白く染まる中、空を見上げ、手を繋いで風男は口を開く。

 

「スズカ」

「ん」

「今日は、スズカとこんな風にクリスマスを過ごせてよかったよ」

 

 彼の言葉には、去年はクリスマスどころじゃなかったからと、そんなニュアンスが小さく込められていた。

 隣から弱い風に乗って聞こえてくる声に、サイレンススズカは頷く。

 

「私も、フウくんと今日を過ごせてよかったわ」

 

 一時期はこんな平穏な時間を過ごせることは二度とないとすら思った。けど、今はそんなないと思ってしまった時間を過ごせている。

 だからだろうか。今、この言葉をこの人に伝えたくなったのは。

 

「ねえフウくん」

 

 風男の手を取ったまま、一歩前に進み、くるりと振り返る。繋いだ手が架け橋のように伸び、揺れた髪がふわりと闇夜に浮かんできらめく。

 

「来年も、また今日みたいに過ごせたらいいわね」

 

 澄んだ笑みを見せ、スズカは風男に笑いかける。

 その笑顔は、見惚れてしまうほどに綺麗で。数瞬意識を奪われ、それから彼女に負けないくらいの笑みを作って言った。

 

「過ごせ()()、じゃなくて過ご()、にしよう。来年もまた、今日みたいにさ」

 

 彼の言葉に、少女は驚きながらもくすくすと笑って頷く。

 クリスマスの夜に笑顔を交わす二人の姿を、天上の星々が静かに見守っていた。

 

 また、そんな彼と彼女、サイレンススズカと常宮風男の姿をこっそりと見守る――もとい覗き見るウマ娘とトレーナーたちの姿があったとかなかったとか。

 

 すぐに彼ら彼女らの声がスズカの耳に引っ掛かり、揃って呆れられる景色があったり、なかったりと。

 賑やかなクリスマスはもう少し続きそうだと、風男とスズカは見つめ合って明るく笑った。

 

 

 

 了。




あとがき。




余韻台無しなので、読みたくない人は飛ばして大丈夫です。ただのあとがきなので。




ひとまず。
これで「サイレンススズカとクリスマスにいちゃいちゃするお話」は終わりです。
なんとか2021年中に終わりました。クリスマスはとっくに終わって、タイトルも変えちゃって、作中も微妙に年末っぽい文章ありましたけど、しょうがないです。いいでしょう。投稿時間がスズカの誕生日にちなんだものに出来たのは我ながらよかったことかと。

長く書くのもあれなので、少しだけ。

まず、ここまで読んでくださった方々、ありがとうございました。脳内の構想とキャラ設定だけで書き始めた話が、気づけば5万文字を超えた中編になっていました。クリスマスにも終わらず、気づけば12月31日と。年の瀬も年の瀬、大晦日です。

最後は駆け足でなんとか書き終えましたが、それでも満足できる出来で終えられました。
サイレンススズカが可愛いと思って書き始めただけの本作ですが、気づけば真面目にちゃんとデートすることになってしまいました。ちゃんと終えられてよかったです。本当に。

ウマ娘の短編・中編はこれでいったん終わりで、この小説のサイレンススズカの前日談、というか数年間のお話は今のところ書く予定はないです。いつか書くかもわかりませんが。
私はただ、いちゃつきたかっただけなんですよね……。

というわけで、本当に今年中に書き終えられてよかったです。
よかったら高評価だったり感想くれると嬉しいです。

あと、ちょっとした人物紹介のようなものは最後に載せておきます。
以上です。また別の作品でお会いしましょう。それでは、よいお年を。
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